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『ネオ・ストレフォ24』セカンドライフ  作者: Hulanes
第一章:やり直しの春
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12/12

第12話:リメンバー

 カーテンの隙間から、まだ薄暗い朝の光が差し込んでいる。

「……起きるか」

『眠すぎる』

「五時起きは、さすがにきついか」

布団から這い出ると、廊下の床が冷たかった。階段を下りると、キッチンから味噌汁の匂いが漂ってくる。


「おはよう、圻」

「おはよう。早いね」

母がコンロの前で振り返った。テーブルには焼き鮭、白米、味噌汁。


「今日から旅行なんでしょ。ちゃんと食べていきなさい」

「旅行じゃなくて、グリーンスクール」


肩につくくらいの焦げ茶色の髪がリビングから見えた。顔を出したのは制服姿の栞だった。


「行ってらっしゃいって言おうと思ったのに」

「別に言わなくていい」

「言うか言わないか、私が決めるんだけど」

栞はそう言いながら、椅子に腰かけて自分のトーストを齧った。


「五日もいないと、静かになるね」

「静かでいいだろ」

「よくないよ。うるさい兄がいないと調子狂う」

「うるさくない」

「うるさいよ、ブツブツ独り言いってるし」

その一言に僕は箸を止めた。母が横で「あら」と小さく笑う。


「圻って、一人で二人分喋るから面白いわね」

「……そういう性格なんだよ」

『バレてるじゃねえか』

「うるさい」

声に出してしまってから、しまったと思った。


「ほら、今も」

父がその様子を見て、静かに笑っていた。何も言わず、ただ味噌汁をすする。

「気をつけて行きなよ」


玄関で靴を履いていると、栞が後ろから声をかけてきた。

「バス酔いすんなよ、圻」

「するわけない」

「したら笑うから」

「するなよ」

栞は笑って、玄関のドアを開けてくれた。朝の空気はまだ少しひんやりとしていた。


 学校までの道を歩きながら、僕は前方に見覚えのある背中を見つけた。


「柊」

振り返った柊は、リュックを背負い直しながら小さく笑った。


「おはよう」

「おはよう」

「今日は静かだね」

言われてみれば、いつもより人通りが少ない。校門をくぐると上級生の姿はどこにもなかった。


「今日、休校らしいよ。私たちの学年だけ」

「そうなんだ」

「グリーンスクールのためにね」

昇降口も、廊下も、いつもより広く感じた。人気のない校舎に、自分たちの上履きの音だけが響く。


「なんか、変な感じ」

「わかる」

教室に着くと、いつものメンバーが揃っていた。文矢が窓際で本を読んでいる。石川が、その隣でノートを見せてもらっている。飯野が少し離れた席で友達と喋っていた。目が合うと、彼女は小さく会釈をしてきた。あの日以来、まだ少しだけぎこちない距離感が続いていた。



***



 「ホームルーム終わります。忘れ物ないか、もう一度確認してから並んでください」

 

佐々木先生の声で、教室が一斉に動き出した。荷物を持って廊下に並ぶ。バスは正門の前に、三台並んで停まっていた。


「じゃあ、決めてた席順で乗ってください」

僕はリュックを背負い直し、バスのステップを上がった。車内は独特の匂いがした。座席の合皮と、消毒液が混ざったような匂い。窓側の席に既に誰かが座っている。


「……あ」

「よろしく」

隣の席には、飯野のどかが座っていた。彼女は目を逸らし、膝の上でスマホを握りしめた。僕も何を話せばいいのか分からず、通路側の席に腰を下ろす。


『気まず過ぎるな』

「言うなよ」

バスのエンジン音が響き、窓の外の景色がゆっくりと動き始めた。隣の席では、のどかが窓に額をつけて、外を見るふりをしていた。


 五時間の旅の始まりは、思っていたよりずっと静かだった。

バスが走り出してしばらく、車内は妙な静けさに包まれていた。エンジンの低い振動音だけが、座席の下から伝わってくる。


「……あの」

のどかが、窓の外を見たまま、小さく口を開いた。


「何」

「まだ、怒ってる?」

「怒ってない」

「本当に?」

「本当に」

のどかは、少しだけこちらを窺うように視線を寄越した。膝の上のスマホを、意味もなく握ったり離したりしている。


『気まずいなら、天気の話でもしとけよ』

「話題なら他にあるだろ」

「え?」

「あ、いや……こっちの話」


のどかが目を丸くする。

「もしかして、また一人で喋ってた?」

「……たまに、そういう癖がある」

「変なの」

そう言いながらも、口元が少しだけ緩んでいた。数日ぶりに見る、彼女らしい表情だった。


『ほら見ろ、機嫌直ってきたじゃねえか』

「……お前のおかげじゃない」

「え、今度は何て言ったの?」

「独り言」

「気になるんだけど」

「気にするな」

のどかは唇を尖らせたが、それ以上追及してはこなかった。窓の外を流れる街並みを眺めながら、ぽつりと呟く。

「私、まだ少し心臓バクバクしてる」

「なんで」

「隣、……圻くんだから」


その一言に、こちらが返答に詰まった。


『尻軽女め。俺こいつ嫌いだ』

「そうか?」

のどかは、それに気づかないふりをするように話題を変えた。


「ねえ、あの雲、なんか形おもしろくない?」

「……犬にしか見えない」

「わかる! 私も犬だと思った」

他愛のない会話が、少しずつ増えていく。緊張していた空気がほどけていった。


前方の座席では、何人かの男子が大声で騒いでいた。


「ちょっと、うるさい」

「まだ出発して十分だぞ」

「ゲームやろうぜゲーム」


佐々木先生の「静かにしなさーい」という間延びした声が車内に響く。バス全体が校外学習特有の高揚感に包まれはじめた。


通路を挟んだ数列前、美桜がこちらを振り返った。目が合うと小さく手を振ってくる。僕も控えめに手を上げて返した。隣で、のどかがそれに気づいて、少しだけ複雑そうな顔をしたが何も言わなかった。


もう少し前の席では、文矢が窓際で静かに文庫本を開いていた。バスの揺れなど気にも留めない様子で、ページをめくっている。


さらに後方に目をやると、茂原藍が、隣の田と何やら楽しそうに話しているのが見えた。田が身振り手振りで何かを説明し、藍がゆっくりと頷きながら笑っている。誰かを急かすことも、無理に話を合わせることもなく、ただ自然体でそこにいる。


『茂原、本当にいい奴だよな』

「……だな」


 バスが高速道路の入り口に差し掛かる頃には、車内の熱気も少し落ち着いていた。エンジン音が変わり、窓の外の景色が加速していく。


「……眠い」

隣で、のどかが小さく欠伸をした。


「昨日、緊張して眠れなかったから」

「寝れば」

「隣の人がいると、寝にくいんだよね」

「気にせず寝ろ」

「……うん、じゃあ」

のどかは、窓に頭をもたれさせた。数分もしないうちに、規則正しい寝息が聞こえ始める。


『お前も寝ろよ、ギン』

「そうするよ」

目を閉じるとタイヤが路面を擦る音と、遠くで誰かが小さく笑う声が、次第に遠のいていった。

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