蒲田と風俗と占い師
アキラはシャワーを浴びている間、ほんの少し罪悪感が走った。ローションで濡れた自分のアソコをボディソープで落とす。初めましての関係で肉体関係を持ってしまった。店では自由恋愛とはいえ、アキラには可愛い彼女がいる。友達の付き合いとはいえ、なぜこんな店に来てしまったのだろうか。蒲田で飲む酒は高くつく。彼女である詩音のことを思い出しては、今日はなんて最悪の日だったのだろうか、と懺悔の気持ちでいっぱいだ。
シャワー室をでると、おつかれさまと言ってリエが身体を拭いてくれた。特に、股間をタオルで拭くときにリエは気持ちよかったね、と言ってアキラにキスをねだった。
「オニイサン、お茶飲む?」
「あぁ。冷たいお茶でお願いするよ」
アキラはスマホを取り出して、リエとの相性を調べることにした。1983年6月12日、マヤ暦で言えば、神秘KINと言われる恋人や夫婦に多い最高の相性だ。商売女だから年齢を詐称しているとも考えられたが、わざわざ自分の方からセックスに誘っておいて、嘘を言う必要はないようにも感じられた。リエは特別目を惹く美人というわけではないが、熟女特有の色気を感じる。
リエはお茶を持って部屋に戻ってきた。お茶をアキラに手渡すと、タバコ吸う?と尋ねてきたので、陶器の灰皿を受け取り、メビウス10ミリのロングに火をつけた。
「リエちゃんは、マヤ暦という占い知ってる?」
「占いのことはあまり詳しくないね」
「簡単に言えば、リエちゃんと僕は、占いでの相性が最高と出る。四柱推命というよく当たる占いでは、リエちゃんは辛といって宝石のように華やかなタイプだといえる」
「私、宝石大好き。うれしい。あなたは何歳?」
「今年で42歳になるよ。リエちゃんは今年で39歳か」
「もうおばさんの年齢ね。だけど、いつまでも若くありたい。だからジム通ってる」
リエは手にしたスマホからラインのQRコードを開いて
「ライン、交換しよ」とアキラに促した。アキラは迷うことなく、スマホでそれを読み取り、「また来るわ」といった。
店を出ると、友人の竹田が待っていた。竹田はアキラの中学からの同級生で建築業を営んでいる。夏真っ盛りだというのに、サーフ系のロングTシャツにジーパンという蒲田ならではの、ちぐはぐな格好をしている。建築会社の社長とは名ばかりで、実際には従業員が2名ほどに、家族を役員にしてどうにか株式会社という体裁を保っているが、実際には数千万円の借金の連帯保証人となっている。
6階からエレベーターに降りる時、お互いにどうだった?と感想を述べあった。
「俺の方はババァでさ。一気に酔いが覚めた。アキラは?」
竹田は先祖代々、肉体労働で生計を立てていたためか、口が悪い。アキラとは不思議なご縁で、共に建築のお仕事をしていた共通点があるので、占いの仕事がない時は、竹田の会社で現場作業をさせて貰っていた。
「俺の方は、なかなか良かったよ。やっぱり、若い女よりも40近い女の方が気立てが良いし、一夜妻には最高だよ」
「ヤッた?」
「そんなん初回からできる訳ねぇだろ」
アキラは嘘をついた。竹田はクールで口が固いように見えるが、陰では同級生たちにベラベラと秘密を喋る男だからだ。
「ここから、アキラの家近いだろ?」
「まぁ15分ちょいくらいかな」
「コンビニで酒でも買って飲みなおそうぜ」
竹田は蒲田西口駅前に自転車を置いたまま、アキラの後についてきた。いつもだったら、ことが終わればすぐ帰るはずの男が、今日に限っては飲みなおそうというので、悩みでもあるのか、とアキラは思った。
JR蒲田駅西口から京急蒲田駅まではけっこう距離がある。若者の足だったら15分で着くが、それはあくまでも道が空いているという前提である。羽田空港線への乗り換えが不便だということで、2つの駅を結ぶ、蒲蒲線が水面下で現実化しそうな話を鉄道オタクの友人から聞いた。京急蒲田駅近くに住むアキラとしてはどうでも良い話ではあるが、東急多摩川線ユーザーからしてみたら、ぜひ叶えて欲しい夢だったかもしれないのだ。
蒲田八幡宮まで来ると向かいにはコンビニがある。竹田はビールにつまみをかごの中へ放り込み、アキラは酒に強くないので、アルコール度数5パーセントのレモンサワー350ミリを一本だけ買った。
5階建てのボロいアパート。いちおう鉄筋コンクリートの仕様になっているが築50年も経っていて、階段はさび付いたまま放置されている。歩くたびにギシギシと音がするので、ゆっくり歩くようにと竹田にいう。
4階まで登り、部屋の前までたどり着くと、鉄の扉のメッキがかなり剥がれていて、とてもじゃないけれど、女を連れ込むのは難しいと感じている。
竹田を部屋へ招き入れると、アキラはすぐさま冷房を入れて、声をかき消すために、テレビの電源をいれた。
「まぁ、お疲れ」
竹田はレモンサワーを手渡す。アキラは礼をいい、つまみのポテトチップスと枝豆をパーティ開きにしてから、缶のふたを開けて乾杯といった。
「彼女、もう付き合って何年だ?」
「詩音のことか。かれこれ7年になるかなぁ」
「結婚はしないのか?」
「結婚はしたいけど、色々あって今はダメだ。」
「仕事うまくいってねぇもんな」
「まぁ、コロナがあって対面での鑑定がほぼなくなったからな」
「インターネット店だから関係ねぇんじゃないの?」
「うちは占いってよりパワーストーン販売の利益がでかいんだ。インターネットでの売り上げの方が高かったけど、所詮はリアルで金持ちにご縁しないと、パワーストーンの単価も低くなって利益が減る。薄利多売ではインセンティブもつかなくて、一人食ってくのが精いっぱいだよ」
「まぁ人生いろいろだな」
竹田は鬱憤を晴らすようにビールを豪快に飲んだ。
「ところで、竹の方はどうなんだ?いい人いないのか?」
「馬鹿か。女がいたら風俗なんて行ってねぇよ」
「まぁ、職業柄出会いも少ないしな」
アキラは枝豆を口にしてからレモンサワーで流し込んだ。
「ところで、いつまでうちのバイトこれるんだ?」
「今の現場、8月末くらいまではあるんだろ?8月27日が俺の誕生日なんだけど、その日までは稼がせてくれ 」
「解った」
「でも、迷惑だったら他にいくらでも仕事あるから大丈夫だ。他の従業員からは嫌われているみたいだしな」
アキラは視線を落として愚痴を漏らした。
「気のせいだよ。他の職人もアキラが来てくれて助かるって言ってるぞ」
「そうかな。足場はやったことないから足でまといになってると思うぞ」
「いや、現場作業やってた経験があるから、動きがいいよ」
「それならいいけど……」
アキラは竹田の会社の現場作業をするつもりはなかった。アキラのような頭脳労働者は、コロナ禍でリモートワーク中心のお仕事が中心となったが、アキラはプロの小説家になりたくて、占い師になったのだ。占い師ならば、他では聞けない面白い人生経験をたくさん知ることができる。だから、金のことならばなんとでもなるが、占いよりもパワーストーンの販売で売り上げをあげている以上は、小説家としてのネタにもならない。ゆえに、日頃のたまったストレスを肉体労働で発散した方が、心の健康に良いと思ったのだ。
「ところで、アキラの幼馴染の元宮が失踪したって噂きいたんだけど、本当か?」
「元宮が失踪?単純に引っ越したってわけじゃなくて?」
「いや、元宮が渋谷に引っ越したのは知っている。あいつミュージシャンじゃん?有名人だから裏サイトで検索かけると色々出てくる。突然ライブを中止したのは元宮が失踪して行方不明になったからじゃないかって噂が流れているぞ」
「去年までは元気だったのにな。まぁあいつのことだから、ハワイにでも雲隠れしてるんじゃないか?けど、ライブをバックレたのは知らなかった」
「ダブテックだって、一時期はすごい人気だったじゃん。ハイウエイがリバイバルヒットして動画サイトでもかなり再生数稼いでるみたいだしな」
「ハイウエイは、沖縄民謡がベースになってるんだよ。もともとは、地元の連中とバンド組んでデモテープも作ってたんだけど、ギターの奴が元宮の大学の卒業ライブ後に脱退したから、デビューアルバムは何曲か、バンドで作った曲が採用されているみたいだけどな」
「失踪したとしたら、そんなに気の弱い奴にも思えないから不思議でしかたないな」
「まぁ、相方の外人と喧嘩してヤケを起こしたか、それとも、意外と蒲田にいたりしてな」
竹田はスマホに目をやった。アキラは竹田の後ろから流れているテレビの音声を聴いていた。銀色の灰皿にはアキラが吸ったタバコの殻が山積みになっていて、ちょうどタバコもあと一本でなくなるところだった。この一本を吸いきったら禁煙しようと思うのである。
「もう2時近いな。そろそろ行くわ」
そう言って竹田はビールを飲み干して帰って行った。




