終戦記念日の翌日、慶良間諸島に向かう月
真夜中の国際通りは、人通りこそ少ないものの、相変わらず賑やかで、主に居酒屋の美人店員やイケメン店員などの声掛けと、酔っぱらって歩く観光客とのやり取りの声や、路上アーティスト達のパフォーマンスする音が混じりあって、異次元の世界を作り上げていた。
海風が吹くと少しだけ肌寒く感じるが、サマーカーディガンを羽織るほどではない。
先ほどの涼子の小悪魔のような微笑み。それを思い返しては身震いする。まさか、ハリウッド映画じゃあるまいし、他人のスマホをハッキングすることになるなんて思いも寄らなかった。こんな殺伐とした時代に僕らは生まれてきて、老いて、病に倒れて死んでいく。
今でも心のひだに残る消せない、過去の過ちと実の兄の突然死。脳内に悪い予感が走る。
『自殺……』
人はこの世の中を楽しむためにうまれてきたのだとお釈迦様は言うけれど、それならば人はなぜ尊い命を自らの手で断ち切る。
アキラは発狂したい衝動に駆られた。サンドバッグがあれば思いっきり殴りたい。この衝動性がある限り、僕は看護師にもなれなければ介護士にもなれない。人の面倒をみるお仕事はできないんだ。だから、僕はこの内なる衝動性を昇華させるため、文章での芸術作品に打ち込んでいるんだ。でも、それがいったい世の中のためになっているんだろうか。
答えなんてない。この世の中には答えのない問題だらけだもの。でも、一つ確かなことは生きているもの必ず死が訪れるということだけだ。
人生百年時代に生きているというのに、ましてや日本という世界第3位の経済大国に生まれただけで、衣食住を約束されているというのに、人はなぜ自死を選ぶ。
きっとプライドが高すぎるんだ。いや、違う。本物のプライドがあるならば生きてこそ、生きて生きて生き抜いてこその人生じゃないか。
負けたんだ。僕も兄貴も、何もかも、誰もかもが。全ては魔という、一瞬ですべてを破壊する悪霊にそそのかされて。
アキラはたまらず、近くにあった自動販売機を力の限り全力で殴りつけた。
通りゆく人たちは、一瞬、驚きの表情を浮かべたが、何事もなかったかのように通りすぎていく。
(ざまぁみやがれ)
俺は生きている。アキラの右手から鮮血のような毒が流れていった。
アキラはその場に座り込んだ。傍からみれば単なる酔っ払いだろう。そうアキラは酔っぱらっているのだ。その症状は時折、彼の精神を蝕む。それゆえに、人から怖がられて、世間一般の仕事もできなくなって、全て中途半端だったけど、占いと文学とギターが彼を救ってくれた。
アキラはポケットに手を突っ込んで小銭をかき集めた。100円玉を取り出して缶コーヒーを買った。そして、また地べたに座り込んで、タバコに火をつけた。
愛なんて幻想だ。そんなファンタジーの世界は好きじゃない。人間はもっと泥臭い生き物だ。どんなに知識武装したっていずれはボケて全て忘れる。
だったら、人間はなんのために生きている。遊ぶために生きているとお釈迦様が言っているが。さぁ、笑えよ。哀れな俺を見て、汚い生き物だと、陰であざ笑っていろよ。
嫌いなんだよ。そういう奴。自分じゃ何もできない癖に、新しいことにチャレンジしている姿を陰で笑うだけの奴。人の悪口ばっかり言ってさ。成功したら今度は怒りだす。なんなんだよお前。生きてる価値なんてねぇよ。兄貴の代わりにお前が死にゃ良かったのに。
アキラはますます酔っぱらっていた。国際通りの入り口で車のヘッドライトはアキラを映しだしては、ほんの一瞬で走り抜けていく。そのお陰で、少し正気に戻った。
アキラは元宮との数奇な運命に考えを巡らせていた。誕生日が一日違いの幼馴染。同じB型。同じマンション。出席番号も一つ違い。
離れてみて解った。俺も元宮も仏法から逃げられやしない。それが幸せな人生なのかも解らない。けど、あいつは若くして成功した。疑う余地なんてあるわけないだろう。でも、俺はこんな社会不適合みたいに、生き恥を晒しながら、大した結果も出せずに地元でくすぶっている。蒲田に帰りてぇ。今すぐ蒲田の汚い空気に触れてぇ。5000ダウンロードがなんだよ。所詮インディーズ作家じゃないかよ。人と比べたって無駄だっていうけど、元宮、ここまで追いかけてきたんだよ、お前を。21歳の誓いから40歳を過ぎるまで、死ぬ思いで、ひとり。。
アキラの想いは祈りとなって元宮に届くのだろうか。それは誰にも解らない。ただ、地上と天を結ぶこの光だけが知っているように思えるのである。
ぼろぼろに汚れたアキラは、部屋に戻ると涼子にシャワーを浴びさせてくれと言って、おもむろに衣服を脱ぎ捨てて、風呂場に向かった。涼子はアキラの豹変ぶりにはさほど驚かなかった。
冷水が流れるシャワーを頭から浴びて、うつむいている間、なぜだか解らないが先ほどのことを思い出して、泣きそうになった。しかし、どんなに悲しくても涙は流せない。アキラの涙は、とっくの昔に枯れ果てたのだった。
顔をごしごしと洗い、ボディタオルに石鹸をこすりつけ、思い切り泡立ててから、身体の隅々の汚れを洗う。夏のシャワーはまるでオアシスだ。砂漠の旅の途中で、喉がカラカラになった時に見つけたオアシスは、この世のどんな金銀財宝よりも、価値が高いと思う。
水は全てを洗い流してくれる。過去の痛みも過ちも、何もかも。若い頃だったら、風呂もついていないアパートに住んでいたから、じっとしてても汗をかく真夏にもシャワーを浴びれない環境だったのだから、昔に比べりゃ天国だ。
アキラがシャワーを浴び終え、ナイトウエアに着替えて、風呂場から出てくると、涼子はいつもと違った様子で、うつむき加減にメモ帳を眺めていた。
「アキラ君。見つかったよ。恭子の居場所」
「え?そんなに早くに?」
「えぇ。詳しいことは軽犯罪になっちゃから言えないけど、事情を話したら友達が全面協力してくれたの」
「それで、どこにいるんですか」
「そんなに遠くない所よ」
「じゃあ沖縄県内に?」
「沖縄だけど、離島にいるみたい」
「もしかして、慶良間諸島じゃないですか?」
「え?なんで解ったの?」
「占術を観ていて、慶良間諸島が一番可能性が高いなぁと」
「占いってそんなことまで解るの?」
「いえ、あくまでも占術はヒントです」
「でも、生きているのか死んでいるのかは解らない」
「それでも、僕たちは見届ける権利があると思います」
「そうね。苦楽を共にした幼馴染ですからね」
「今夜は早く寝ましょう。お相手できなくてごめんね」
「……はい」
アキラは何を期待していたのか、また詩音を裏切ることを望んでいたのだろうかと、自分自身の意思の弱さをを恥じた。終戦記念日の翌日のお月様は、優しく包み込むようにして、二人を見守っていた。




