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国際通りの夜、翡翠とGPSと恭子の影

 その夜、アキラと涼子は国際通りにあるイタリアンレストランにいた。酒に弱いアキラはジンジャエール、涼子は赤ワインと二人で食べれる前菜をオーダーした。ジャズが流れる薄暗い店内は、南国沖縄で恋に落ちたであろうカップルたち人種でとても賑わっていた。

「涼子さん。さきほど、元宮のお母さんからメールが届きました」

「へぇ。なんてメッセージきたの?」

「無理言って探してもらって申し訳ないけど、もう彼のことは探さなくて良いです。みたいな内容でした」

「じゃあ、お母さまのところには無事に連絡が来たのかしら?」

「いや、たぶん気を使っているのだと思います。まぁ元宮のことだったらはじめから心配してませんけど、恭子さんのことは気になりますからね」

「恭子は………そうだね、ちょっとやばいかもしれない」

「だからと言って、ここまで来たのだから引き下がるのも気が引けます」

「そうだね。ちゃんと生きて再会できるまでは、このまま探し続けましょう。ところで、恭子はね、片親が亡くなっていて、家もそんなに裕福じゃ家柄じゃないのよ」

「そうなんですか?涼子さんと同じ学校だと言ってたから、てっきり裕福な家系の方かと思っていました」

「恭子の母親って水商売の人なの」

「そうだったんですね」

「だから、スポンサー次第の波乱万丈な人生だよ」

「人生色々ですものね。まぁ身体を売ってないだけ、賢い人だと思いますよ」

「まぁね」

「おかぁさまが人気商売だったら、恭子さんが控えめな美人なのも頷けます」

「恭子はどちらかというと可愛い系だけどね」

「元宮って品がある女性がタイプなんですよ」

「恭子はいちおうお嬢様学校の出身だからね。それに看護師だし、趣味も上品だよ」

「でも不思議だなぁ」

「何が?」

「恭子さんとはまだお会いしたこともないのに、なんとなく元宮が惚れた理由が解る気がするんです」

「ひょっとしてアキラ君も恭子みたいなのがタイプ?」

「いえ、タイプとかそういうのじゃなくて。実は、元宮と僕って誕生日が一日違いなんですよ。しかも、実家が近かったから、小学生の頃は、毎日通学を共にしてたし。だからという訳でもないんですけど、趣味が真反対だから滅多に遊ばないですけども、心で繋がっている。そんな気がするんです」

「そっかぁ。それってソウルメイトってやつなのかな」

「占術のメンターに言わせればそうなります」

「私と恭子はどうかな?」

「ソウルメイトだと思いますよ。ただ、強烈に惹かれあう関係でありながら、最後には離れていくような不思議なめぐり合わせだと思っています」

「確かにね。初対面の時も強烈なインパクトあったなぁ。だいぶ喧嘩もしたし………」

「それでも、離れられない。腐れ縁と言えば聞こえは悪いですけど、涼子さんだってこれから繁忙期って時に恭子さんが失踪して、なんの科学的根拠もなくはるばる沖縄まで探しにいく羽目になりましたからね」

「恭子は同じ年だけど、私からしたら妹って感じなのよ。放っておけないというか、目を離すと悪い人について行ってしまうんじゃないかって、心配になるの」

「まぁ、パワーバランス的にもそうでしょうね。涼子さんは姉御肌みたいな一面がありますから。天性のリーダー気質を持って生まれてきてますよ」

 アキラはそこまで話すと、そろそろメインディッシュをオーダーしましょうと言って、パスタとメインディッシュを決めることにした。丸鶏の悪魔焼きと石垣島胡椒のカチョ・エ・ぺぺというパスタ料理をオーダーした。

「アキラ君タバコは大丈夫?」

 涼子が気を使って尋ねる。アキラは話に夢中になっていて、ニコチン切れの症状を忘れていた。

「お気遣いありがとうございます。食事の時は我慢できますから」

「アキラ君って顔に似合わずヘビースモーカーよね。ホテルのお風呂場でも吸ってたし」

「風呂場で吸ったのバレてましたか。申し訳ないです。タバコはいずれやめるつもりでいるのですが、どうしても小説を執筆してると筆が進まなくて、タバコに逃げちゃうんです。だから、締め切り前にはタバコの本数ばかり増えて、喉も痛くて大変ですよ」

「詩音と付き合ってるならば、ボーカリストだからタバコは嫌がるんじゃない?」

「それがそうでもないんですよ。詩音はタバコの香りが好きみたいでして。お酒も弱いくせに、ウイスキーの薫りやタバコの匂いは、昭和を感じるから好きって言ってました」

「あ。今は詩音のことは禁句だったかな」

「いえ、もう半分終わったような関係ですから……」

 アキラがそう言っていると、ウエイトレスがジンジャエールのお替りとパスタを運びにやってきた。丸鶏はもう少し時間がかかるとのことだったので、食後にコーヒーとティラミスを追加オーダーした。

「さぁ。美味しいもの食べて嫌なことは忘れよ」

 涼子は不思議な女性だ。ステージ上では華やかに振舞っているというのに、男の前では母親のような母性で優しく包み込む。それはアキラにとって、はじめて体感することであった。大抵の場合はアキラの方が面倒役で、友人やお客さんたちの悩みに耳を傾けてアドバイスをする。面倒を観るという役割において、涼子だって恭子のような看護師に向いているのではないかと思う。

 元宮は若くして音楽の世界で成功した。しかし、意外に寂しがり屋な彼のことを看護師である恭子が献身的にお世話をしてる様子が浮かんでくる。人は誰しも弱っている時に異性に優しくされたら、見た目以上に素敵に見えるものである。

 『心』

 全ては相手を思いやる真心から始まるのだ。

 元宮のママさんから探さなくて良いと言われてしまったが、なんの根拠もなく沖縄に来てしまった以上、最低でも元宮の経営する店を見て回ろうと思う。

 それは元宮のためではない、彼の恋人である恭子のためだけでもない、言葉にはならない神秘的な何かがアキラと元宮勇気を呼んでいる気がするのだ。強いご縁があって思いもよらない場所で再会できる気がしている。元宮と恋人が失踪したというのは勘違いだったかもしれない。それでも、今は詩音の事を忘れて、涼子との旅を楽しみたい。

 アキラはいつの間にか涼子の愛の中で、愛に溺れかけていた。

 大財閥の令嬢である詩音のヒモ男に成り下がり、飼い犬が主人に噛みつくような形で二人は別れた。大切に思えば思うほど、暗く長いトンネルの中を走るように、走っても走っても、未だ出口さえみえない。小説家になるという夢なんか見るもんじゃない。ましてや、その世界で有名になって億を稼ごうなんて馬鹿げている。

 アキラは目の前でパスタを美味しそうに上品に食べる涼子との出会いの意味を考えていた。ふと涼子がそれに気づき、「食欲ないの?」と尋ねてくる。我に返ったアキラは丸鶏の美味しそうな匂いにつられて、パスタを取り皿に盛り、ラーメンを啜るように食べ始めた。自分でも行儀が悪いことは心のどこかで解っている。ズズズと音を出して食べることは、世界的に最低の食事マナーだ。涼子は目を細めながら見ている。まるで、最愛の我が子が、はじめて離乳食を口にした時のように。涼子には子供を産む願望はないのかもしれないが、この美貌と才気溢れるDNAを後世に残せないのはもったいないと、みな、そう思うのであろう。

    

 食事を済ませて店を出ると、そういえば、昨日は終戦記念日だったなとふと思い出していた。アキラの地元大田区では、毎年終戦記念日に、多摩川で花火大会が開催される。でも、今年もコロナの影響で中止だろうなと思い、もうここ数年間くらいは、悪天候やコロナの影響で花火大会は中止となり、最後に花火を観たのは、いつだったかも思いだせないほど、遠い過去の話に思えるのである。

 那覇の国際通りには無数のパワーストーン屋が軒を構えていて、占いなどの看板も多くみかける。沖縄には本物のパワーストーンが集まってくる。それはなぜかというと、世界中のパワーストーンの原石の9割以は中国に運ばれてくる。中国にはパワーストーンを加工する工場が数えきれないほどある。古より中国とご縁が深い琉球王国は、貿易で栄えた歴史が長いので、パワーストーンを販売するお店がたくさんある。なぜ中国が独占販売しないのかというと、古来中国は、貿易をして金を儲けるのは、悪いことだという考え方が主流だったためだ。中国では安値で売っている物を他の国へ持っていけば高く売れる。今でこそ当たり前の考え方は、古代中国では卑しいこととされていた。そのため、中国と縁が深い沖縄は今でも、中国人観光客や本土の日本人相手に沖縄土産としてパワーストーンを売って経済を回している。そもそも、琉球王朝時代には、神の声が聴ける女性の方が国王よりも偉いとされていた。なぜならば、神の声をもとにして国造りをしてきた歴史があるからだ。

 アキラは先ほどから通り沿いにあるパワーストーン屋が気になって仕方なくて、ついに涼子に声をかけて、パワーストーン屋を物色することにした。

 ピンからキリまであるパワーストーンを目にしてついついエキサイトする。東京では絶対に買えないクオリティーの高いパワーストーンや希少価値の高い珍しい天然石が低価格で売られている。

 店先には色とりどりのパワーストーンのブレスレットが飾られていて、通りゆく人たちの視線を集めている。店の奥にはショウケースに入っている高級な天然石が眩いくらいに光り輝いている。きっと数十万円以上するであろう。

 先ほどから店先で外国人相手に占いをしている女性店員とのやりとりが店の奥まで聞こえてきて、語学堪能な涼子が、アメリカ人も買いにくるのねと言って、簡単に通訳してくれた。

 涼子が言うには、アメリカ本土から沖縄に観光に来たアメリカ人で、自分の誕生石は何か?と店員に尋ねたところ、12月生まれのいて座だからターコーイズが良いでしょうと話しているという。アキラの琉球占術鑑定をもとにしたパワーストーンセレクトからしたら、子供騙しのような話だ。乙女座だったら、自分も元宮も涼子も詩音だって同じ乙女座だからだ。

 しかし、置いてあるパワーストーンは、東京では滅多に見かけない希少価値が高いパワーストーンが低価格から置いてある。まぁ、沖縄だからこそ色んなパワーストーン屋を巡り巡って、たった一つのパートナーストーンに出会える瞬間こそが、アキラにとって、沖縄旅の一番の楽しみなのだ。

 涼子はピアニストだからか、あまりパワーストーンには興味関心が向かないと思っていた。

 アキラが血眼になりながら、必死にパワーストーンを物色していると、涼子は翡翠(ひすい)を手に取って腕に着けて鏡で覗きだした。アキラがそれに気づくと、

「ねぇアキラ君。この石って翡翠かなぁ?」と尋ねてきたので

「たぶん純国産の糸魚川産、天然翡翠だと思います」

 とアキラは産地までを言い当ててみせた。

「アキラ君のカラーって緑でしょ?」

「マジカルカラーが緑でラッキーカラーが赤です」

「私これ買おうかなぁ」

「え?涼子さんは赤と黒ですよ」

「いや、わたし最近、緑が気になって仕方ないのよ」

「そうなんですね。悪くないと思いますよ。ピアニストだから直感が冴えた時に選んだ物は、とても縁起が良いと思います」

「そうだよね」

「でも、高いですよ。かなりクオリティ高い国産の天然翡翠なので、東京だと数十万円以上はしますよ」

「お金のことならいいのよ。人生一度キリですもの。本当に自分が気に入ったものなら、生涯大切にするし」

「そうですか。でも、本当にその通りですよね」

 涼子が店の奥で会計を済ませている間、アキラは翡翠の価格を観て、衝撃を受けた。本当に50万円以上する翡翠だったからだ。大財閥のご令嬢である詩音ですら30万円弱のスーパーセブンをパートナーストーンに選択した。幾ら人気ジャズピアニストとはいえ、衝動買いにしては高額すぎる。

 涼子はカードを差し出し「腕に着けて帰るので袋は要らないです」と店員に告げた。

 アキラは詩音や涼子との経済的格差に愕然としていた。しかし、アキラだって占いやパワーストーンに数百万円も出資している。TOYOTAのプリウスを新車で一台は悠に買えそうなほどだ。彼は貧乏だなんて言いながらも、好きな物のためならば、ちゃんと貯金をして買えるだけの経済力があることに、自分自身では気づいていた。

 国際通りを県庁前まで歩いて帰る最中も、涼子は嬉しさを噛みしめるような表情を浮かべていた。彼女はマジカルカラーが赤だから、思っていることが表面に出てきて解りやすい。一方で、アキラはマジカルカラーが緑だから、思っていることが表面には出てこないので、他者からしたら何を考えているのかがいまいち解りにくいと言われる。

 マジカルカラーは護ってくれる色であると同時に無意識の行動を表す。人間には必ず個人特有の周波数を持っている。色も波動であるために周波数で表すことができる。ゆえに、その人がもともと持っている周波数から色を算出して、マジカルカラーとラッキーカラーを導き出し、特に普段は魔よけの意味でマジカルカラーを衣服に見に纏うことで簡単に運気があがる仕組みになっている。面接などの勝負時にはラッキーカラーを見に纏うことで幸運がもたらされる。他の色は着てはいけないとまでは言わないが、誰にだって、いちばん似合う色というものは必ずあるものであり、それは決して多くはない。

 例えば、モノトーンは誰にでも似合う前提として、そこに黄色であったり、オレンジであったり、紫など、個人特有のカラーがあることを一般人は知らない。アニメキャラクターだって基本的には、同じ色の服しか着ていないのだ。

 県庁前まで戻ってくると、インスタントコーヒーを買うため、コンビニに立ち寄ることにした。

 アキラはUCCのインスタントコーヒーとミルクを籠に入れる。ついでに紅茶でも飲むかもしれないと、スティックタイプのミルクティーを買うことにした。涼子はせっかく沖縄まで来たのだからと、ここでしかないものを探していた。スパムおにぎりやミミガーや沖縄そばのカップ麺など、籠はすぐにいっぱいになった。涼子は最後にチキンとレモンサワーを購入した。

 店を出ると、夜風が吹いて涼しくて気持ちいい。『真夏の夜の夢』とは、松任谷由美の代表曲。彼女自身長いキャリアの中で、一番売れたシングルだが、涼子が魅せるアラビアの夜のような熱帯夜には、BGMとして、真夏の夜の夢が流れてきそうだった。もっとも、昭和や平成の歌謡曲が若い世代にまで愛される理由というのも、昔はスマホやインターネットがなかった時代だったので、本物のアーティストだけが、テレビの前で歌うことを許されていたからだろう。本物というのは、時代に翻弄されずに生き残ることをいう。

 アキラは思う。元宮だって間違いなく本物のアーティストだ。彼が歌う(リリック)には、間違いなく仏法思想が反映されている。困っている人を救いたいというのは彼のライフワークそのものなのだ。だから、ダブテックの二人が歌う曲は、リスナーの深い心の闇の部分までを太陽の日差しで優しく照らすパワーが込められている。

 涼子といる時間は、詩音とはじめて会った時のような甘い時間ではないが、前世からの深い繋がりのようなものを感じる。とめどなく優しくて淡い春の唄みたいにほのぼのしていて、一緒にいることがまるで苦にならない。前世では夫婦だったのかもしれない。そう錯覚させるほど、運命的な何かを感じるし、恋愛のトキメキ以上の幸福を与えてくれる。お互いアラフォー世代とあって、大人の付き合いというのが非常に楽ではある。

 詩音は13歳年下の29歳。子供を産むには最適な年齢に差し掛かって、それでもまだ、子供のような考え方が抜け切れていない年ごろではある。

 涼子だったら浮気の一つや二つくらい、過去の過ち、一時の気の迷いとして寛大に許してくれそうだ。

 コンフォートホテルの2階まで帰ってくると、狭い部屋の中で、お互いに夢を語り合った。涼子は世界的なジャズピアニストになるために、英語力を磨くことを目標にかかげ、アキラはプロの小説家として、一円でも多くお金を稼ぐことと世界一の小説家になりたいという、中二病みたいな壮大な夢を語った。

 ふとリラックスしきったアキラが、良いアイデアを思い付いた。GPS機能を使えば、恭子の居場所が解るのではないだろうか、という子供じみた発想だった。

 しかし、涼子は「それナイスアイデア」と言って馬鹿にはしなかった。

「しかし、ハッカーじゃあるまいし、どうやってGPS機能をハッキングすれば良いのか」

 アキラはパソコンやGPSには詳しくない。スマホで調べてもそんな都合よく簡単には見つからないだろう。もしもGPS機能がハッキングできて、居場所が瞬時に解るのならば、この世の浮気や不倫など、簡単にバレてしまうからだ。

「アキラ君はインターネットやってるくせに最近のGPS機能を使っての浮気調査の事情を知らないのね。今時のスマホなんて、プロならば簡単にハッキングできるのよ」 

「でも、仮にスマホをハッキングしたとして、恭子さんがスマホの電源を落としていたら、追跡できないじゃないですか」

「大丈夫。任せといて。探偵事務所で働いている大学時代の友人がいるから」

「そんな簡単にいきますかね」

「まぁちょっち、法に触れるけどうまくやってくれるでしょ。そんなことよりも、なんで今まで、その事実に気づかなかったのかってことが問題よね」

「灯台下暗し……まさか冗談で言ったことが、本当に実現できる世界に生きていたなんて」

「テクノロジーが創った光と影。まぁ、自殺考えるような病気になったかもしれないのに、社会の方がまるで恭子に対して無関心みたいでさ。頭にくるから意地でも居場所を突き止めてやる」

 涼子はそういうと、電話で大事な話があるから、30分ほど外に出ていてくださいとアキラに言って、紙とペンを用意して、カバンからボイスレコーダーを取り出した。アキラはその様子が少し怖く感じて、タバコとスマホ財布をハーフパンツのポケットに突っ込んで、万が一のため、サマーカーディガンを腰に巻き付けて外に出た。



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