ギフトイーター
ジリリリリリリリリリリリリリリリリー
夏の真っ白な朝の日差しがカーテンの隙間から差し込み、うっすらと明るくなった部屋の中で、目覚まし時計が鳴り響いている。
悠馬はいつもとは違い、そっと時計を止める。
実のところ、時計が鳴るだいぶ前から悠馬の目は覚めていた。
「夢……じゃねーよな」
時計を見ながらひとり呟く。
2日前の出来事が頭の中でありありと蘇る。
「神島……さん?」
悠馬は自分の目に映っている光景が信じられず、思わず口から言葉が漏れる。
「な、なんでアンタがこんなとこにいるのよ? もしかして水使いの仲間? 正直にしゃべらないと脳みそ燃やすわよ!!」
動揺しているのか、神島が持った炎の刀が一瞬、風に吹かれた蝋燭の炎のように大きくゆらぐ。
「水使い? 仲間? ……つーか神島さん……だよな?」
悠馬の動揺は神島の比ではない。
いきなり自業自得とはいえ、とんでもない事件に巻き込まれ、しかも現れたのがいつもは消え入りそうな雰囲気を纏っていた筈の少女だ。
ところが今、眼前にいる少女はいつも無表情だったはずの瞳に強い意志の光を宿している。
おまけに右手にはなんだか炎で出来たような理解不能の刀まで持っているという念の入れようだ。
もはやキャラが違うとか、そういう次元の話じゃない。
何がなんだか訳が判らなかったが、悠馬は自分がかなりヤバイ状況にあることだけは肌で感じていた。
「どーやら誤魔化とるような感じやないな。つーか、知り合いなん?」
「さっきコンビニで会ったって言ってたクラスメイトよ」
ヘリコプターの音らしきものがだんだん近づいて来る中、彩音と浮島がやや緊張感に欠けた会話を交わす。
何だよお前ら?
怪しい、怪しすぎるぜ!
悠馬の頭は係わり合いにならないほうがいい、という警告を発していたが、もう手遅れのような気がする。
それに自分の横で倒れている警備員のことを放置しておく訳にもいかない。
「そ、そうだ! この人なんかやばそうなんだよ。救急車よばねーと!」
「大丈夫よ。もうすぐ私達の組織の救護班がやってくるから」
神島はさも当たり前の様に言う。
「組織? ……お前ら一体、何者なんだよ!」
状況がまったく掴めない苛立ちから、思わず大きな声になる。
「私たち? 私たちは宮内庁内部部局、特殊能力対策室、通称、賜物喰い。れっきとした公務員よ」
上空から降りてきたヘリのライトに照らされ、沸き起こった風圧で髪をなびかせながら神島が言い放った。
「宮内庁? ギフトイーター? なんだよそれ! 聞いたことねーぞ!」
「うるさいわね。よく聴きなさい。これ以上説明する気はないし、質問も禁止。アンタはこちらの質問にただ答えるだけでいいの。オーケー?」
悠馬の喉元に炎刀を突きつけながら、神島がにっこり微笑む。
「オ、オーケー」
「それじゃ質問。なんでこんなところにいるの?」
刀は喉元に突きつけられたままだ。
本当に炎で出来ているようでひしひしと熱気が伝わってくる。
「ええと、何と言うか、……カルキ臭かったから、かな?」
額に脂汗を浮かべながら答える。
「はあ? カルキ臭いとなんでここに来ることになるのよ?」
心底、訳がわからないという表情を神島が浮かべる。
「いつもより風呂の水がカルキ臭かったんだよ。それで浄水場で事件が起こっているのかもって思って……」
自分で説明しながら、よくもまあこんな理由で行動したものだと、改めて自分にあきれる悠馬。
「それだけの理由でここまできたの!? アンタは頭脳だけ大人のどこぞの小学生探偵? それとも人生を思いっ切り無駄に使うと決めてるバカ?」
「どっちもちげーよ。まあ、自分でも馬鹿らしい事をしている自覚はあったけどな」
「ちょっとええか?」
浮島が尋問に加わる。
「そないにカルキ臭かったん?」
「え? ああ、明らかにいつもの匂いじゃなかったけど……」
その時、神島達の後ろから聞き覚えの無い声が響いた。
「忌々しい。俺としたことがあんな攻撃を食らってしまうとは」
廃墟の入り口のようになった扉から、やたらボロボロになったジョシュアが肩を押さえながらやっと出てきた。
また変なのが増えた、という視線で見つめる悠馬。
「なにゆうとんねん。あんな攻撃を食らうからこそのジョシュやん」
「一度お前とはじっくり話し合う必要がありそうだな」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した2人。
それをあきれながら神島が見ていたが、すっかり蚊帳の外になって、そわそわし始めていた悠馬に気づき、再び話しかける。
「確認するけどアンタはただカルキの匂いが気になって、ここまで来ただけって事で、今夜の事件とは無関係ってこと?」
「……ああそうだよ。悪かったなバカみたいで」
「どう思う?」
神島が視線と問いを、浮島に投げかける。
「嘘やなさそうやな。水使いの動きからして、おそらく奴は単独犯やろうし」
ジョシュアのそういえばこいつ誰?
という視線を完璧に無視して結論がでた。
「分かったわ。とりあえずアンタの言うことを信じてあげる」
少し穏やかな表情になった神島が、右手に持った炎の刀を手放す。
主を失った刀は陽炎のように揺らめきながら消えていった。
「それじゃこれから君が、これからも平穏な人生を歩むための注意事項を言うから良く覚えておきなさい。まず、今日見たり、聞いたりしたことは絶対に口外しないこと。もし、しゃべったら君だけでなくそれを聞いた人間も処分することになるわ。もちろん脅しじゃないわよ。それと、学校で会ったとき今までと同じ態度を取ること。変によそよそしくしたりとか、とにかく私に注目が集まる行動を取らないように……そんなところかな」
そう言うと神島は周りを一瞥してから、再び口を開いた。
「まあ、今晩の出来事は夢だったと思いなさい。そうすればあなたは元の世界に戻ることができる」
最後の言葉を述べたときの神島の表情はとても優しく、それでいて自分には手に入らない、眩しいものを見るかのような、そんな顔をしていた。
その後、ヘリから降りてきた40代ぐらいのスーツを着た女性に悠馬は頭を触られた。
バチン!
と頭の中でスイッチが入るかのような音が響く。
説明によると、悠馬が今後、今夜の事件に関する会話をすると、この女性に警報として伝わるらしい。
神島の持っていた剣や、この人の力といい、明らかに普通ではない。
いろいろ聞きたいことはあったが、神島の最後の表情を思い出すと、自分が興味本位でこれ以上、係わるべきではない気がして何も聞くことが出来なかった。
その後は拍子抜けするほどあっさり悠馬は開放された。




