浄水場の戦い
倒れている警備員をその場に残し、3人は近くの扉に向かう。
そこは職員用の裏口なのか、味気の無い鉄のドアで出来ていた。
「鍵、かかっていないわね」
ドアノブをまわして中を窺うように慎重に開けていく。
浄水場は複数の建物で構成されている。
取り入れた水を沈殿させる巨大なプールや薬品を混ぜる薬品混和池、全体を管理する管理棟などいろいろあるが、彩音達が入ったのは電気、ポンプ、そして最終的に送り出される水が貯められている浄水池が据えられている施設だった。
「……誰もいないわね」
「ワイの耳にもなにも聞こえんわ」
ポンプに注されているものだろうか、油の匂いが漂う廊下が続いている。
廊下には両側にいくつかの扉が並んでいて、それぞれ配電室などと書かれたプレートが貼られている。
「さてさて、どの部屋が当りなのかしら」
「なにが目的なんかは知らんけど、電線やポンプのお手入れが趣味って奴には見えんかったなー」
「そうするとやっぱり」
3人は浄水池と書かれた扉の前で立ち止まる。
「ここね」
彩音の言葉に2人が頷く。
そして浮島がドアに耳をあてる。
「ポンプと水の流れる音しか……いや、かすかやけど人の呼吸音がきこえるわ」
「どういう作戦でいくんだ?」
久々にジョシュアが会話に加わる。
「もちろんファイヤーア……」
「お願いがある。……勘弁してください」
彩音が言い終わる前にジョシュアが懇願する。なにやらトラウマがあるようだ。
「仕方ないわね。じゃ、『バーンって入ってびっくりしている所をうりゃーっと問答無用で張り倒す作戦』でいきましょう」
「それを作戦と呼ぶんやったら、孔明もびっくりやで」
「ふふん」
「いやほめとらんし」
得意げに胸を張る彩音に思わずツッコむ浮島。
「とにかく、部屋に突入後、各自それぞれの判断で臨機応変に対応、目標を無力化した後、確保するわよ」
「……言葉が難しくなっただけで結局、内容は変わっていないんだが」
ジョシュアが軽くため息をつく。
だがいつもの事なのでそれ以上追及せず、目の前の扉に神経を集中させる。
「それじゃ、いくわよ!」
言葉と同時に彩音が扉を開け放つ。
「「「──!」」」
勢い良く飛び込んだ3人だったが思わず立ち止まる。
なぜなら彼らの足元が水びだしになっていたからだ。
浄水池といっても実際にプールのように水面が見えているわけではない。
貯水槽は地下にあり、ここはそこへつながっているパイプやバルブが設置されている部屋だ。
「やっぱりお前ら抜けているよな。ドアの前で相談したら聞こえるっつーの」
彩音達が声のした方に目をむけると、水が勢い良く噴き出しているバルブに手をかけた水使いが立っていた。
水使いはスーツ姿だった。
特に高級ではない、量販店などで大量に売られているタイプのものだ。
ただ、顔は仮面に隠されていた。
その仮面は顔の上半分を覆っていて水で出来ているのか、時折、表面が揺らいでいる。
足元が水に浸っている状況は、水使いの相手をするには危険すぎる。
バシャッ!
そう判断したのかジョシュアが屈みこみ水の中に両手を突っ込む。
その瞬間、彼を中心にまるで上流から下流に流れるかのように水が流れ、3メートル程の円を描いて水のない空間を生み出す。
「へー。それはいい対応だ」
水使いが小馬鹿にしたように呟く。
「一応言っておくけど、アンタがおとなしく投降するならこっちも手荒な事をしなくて済むわ。私たちの任務はアンタを確保して本部に連れて行くこと。もちろん命の保障はするわよ」
「これはこれは。魅力的なお誘いありがとう。でも残念、俺、ガキには興味ねーんだよ。もうちょっとイイ女になってから出直してきな」
仮面の奥で笑っているのが判った。
「交渉決裂ね。でも分かってる? この前とは違って出口は私達の後ろのドアただひとつ。この前みたいにかくれんぼで逃げることなんて出来ないわよ。それとも、ただ水を操る程度の能力で私たち3人に勝てると思ってるの? 脳みそ燃やすわよ」
右手に炎の刀を生み出し、水使いに切っ先を向けながら彩音が言い放つ。
一瞬の沈黙。
バルブから噴き出している水の音がバシャバシャとやけに大きく響く。
「試してみるか?」
水使いはあふれ出ている水をつかみ、3人に投げつける。
複数の氷のロケットと化したそれは彩音達を串刺しにしようと突き進む。
「はっ!」
気を発しつつ彩音が、舞を踊るかの様にすべての弾を炎刀で叩き落す。
「やるじゃん」
そう言った水使いの手元から白い煙が吹き出ていた。
「またそれ? よっぽどかくれんぼが好きなのね。……でも見えてるわよ」
彩音の言った通り部屋全体は白い霧に覆われていったが、蛍光灯に照らされ水使いのシルエットがしっかりと浮かび上がっている。
「抜けているのはアンタの方じゃないの?」
炎の刀を正眼に構えながら彩音が口の端を吊り上げて笑う。
「終わりにさせてもらおう」
チャンスと見たジョシュアが立ち上がり、そのままふわりと浮いて、水使いのシルエットに向かって空中を滑っていく。
「グラヴィティビャレット!」
大事なところで思いっきりかんだ。
『グラヴィティバレット』と言いたかったらしい。
(かんだわね)
(かんどるし……)
赤面しながらもジョシュアの体は水使いに近づくにつれスピードがあがっていく。
まるで敵に向かって落下しているかのようだ。
恥ずかしさとやるせない怒りを靴底にこめてジョシュアは蹴りを水使いに叩き込む。
(もらった!)
自分の脚から伝わってくる感触を感じジョシュアはニヤリとする。
が、次の瞬間、水使いの体はバラバラに砕け散った。
「は? ってうわああああ」
あっさり敵の体を貫通してしまったジョシュアは勢いを殺すことが出来ず、そのまま壁に腹の底に響くような衝突音を放ちながら激突した。
かなり痛そうだ。
「はっずれー」
楽しそうな水使いの声が響く中、彩音達の目の前で今度はシルエットが二つに分かれていく。
「分身の術? あいつ忍者だったの!?」
「どーやら水で自分のコピーを作っとるみたいやな。この霧ん中では見分けられんで」
攻撃しあぐねている2人を尻目に二つに分かれたシルエットは、それぞれまた二つに分かれてゆき、彩音達はあっという間に十数体のシルエットに囲まれる。
「なーんか嫌な予感しかしないんだけど」
炎刀を構え直し緊張を高めながらシルエットの群れを睨み付ける。
浮島も彩音と背中合わせになりつつ腰にやたらぶら下がっていた鎖を外す。
外されたそれは頭に金属のメダルのようなものが付いた三メートルほどの一本の鎖となった。半分位のところを掴み、先端をぐるぐると回して攻撃に備える。
そしてシルエット達の一斉攻撃が始まった。
彩音は正面から襲ってきたダミーを上段から豪快に真っ二つに切り裂く。そのまま切り上げる動作で右から襲ってきたダミーをなぎ払い、次の獲物へと向かっていく。
バラバラになったダミーの破片が雪のように宙を舞う。
浮島は鎖の端を持ち、常人では考えられないスピードで鎖を回す。
円錐状の回転する棍棒と化した鎖は、触れるもの全てを引きちぎっていく。
ダミーそのものにはたいした攻撃力はなく苦戦することはなかったが、とにかく倒しても倒しても湧いてくる。
(きりが無いわね。でも私たちが出口を固めている限り逃げることは出来ないはず)
飛び掛ってきた敵を粉砕し、ふと彩音の方を見た浮島はダミーの後ろから何かが飛んでくるのを見つけた。
「彩音! 避けろ!!」
考えるよりも先に体が動き、彩音は横へ飛び込むように転がる。
ちょうどダミーによって死角となっている角度から、一抱えもありそうな氷のミサイルが飛び込んできた。
それは目隠しになっていたダミーごと二人が直前まで立っていた空間を切り裂き、そのまま後ろにあった扉にぶちあたる。
ドゴン!!
バシュウゥゥゥ!
それは自らの質量で扉を吹き飛ばした後、水蒸気へと爆発的な変化を起こす。
すぐ近くにいた彩音達はたまったものではない。
かろうじて防御の姿勢は取ったが圧力をまともに受け、木の葉の様に吹き飛ばされてしまう。
何とか転倒しないようにバランスを取るのが精一杯だった彩音の視界に、門番のいなくなった扉に向かって、一体のシルエットが飛び出していく光景が映った。
「やられた! 追うわよ!!」
2人は慌てて廊下に飛び出す。
衝突のダメージから回復したジョシュアが少し遅れて後を追う。
前方で再び扉が吹き飛ばされる轟音が響き渡る。
「外に出られたらやっかいやで」
「絶対に追いついて脳みそ燃やしてやるわ!」
その時、ぽっかりと空いた前方の扉の外から丸い筒のような物が投げ込まれるのが見えた。
浮島が彩音の両肩を掴み、後ろに倒れこみながら、両足の踵を床にめり込ませ、急停止をかける。
その動きに呼応して彩音の両手から炎が噴き出し2人を包む盾を生み出す。
その横をジョシュアが結構な勢いで出口に向かって飛んで行った。
投げ込まれた丸い筒は彩音達の予想通り爆発を起こす。
そ の爆発に巻き込まれ、カウンターを食らったジョシュアは再びピンポン球のように彩音達の横を飛んで廊下の奥へと消えていった。
「……なにがしたいねん、あいつは」
「末代までの恥のエピソードでもつくってるんでしょ」
爆発をガードし終えるとすぐに水使いのを追って外に出たが、すでにスーツ姿の仮面男の姿はどこにも無かった。
が、その代わりに先ほどの負傷した警備員の傍らで、呆然と林の方を見ている少年の姿を見つけた。
再び彩音の手に炎の刀が生まれる。
「そこのアンタ、両手を後ろに組んでゆっくりとこっちを向きなさい」
同じ敵に二度も見事に逃げられた怒りと侵入者に対する警戒心とがあいまって、かなりキツイ口調になっている。
少年の肩がビクゥと跳ねてゆっくりとこちらを振り向く。
そして彩音の目が点になる。
振り返ったちょっと泣きそうになっている少年の顔は、少し前にコンビニで彩音を驚かせた少年のものだった。




