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かすかな違和感

 期末テストも終わり、もう少しで夏休みということもあり、夏の朝の強い日差しに照らされた通学路を、緩んだ表情の学生がたくさん歩いている。


 悠馬は特に知り合いに出会うこともなくそのまま学校に到着し、自分のクラスである2-Bの教室の後ろのドアをガラっと開ける。

 効きはあまり良くなかったが、それでもクーラーが送る涼しい風に一息つきながら、クラスメイトと挨拶をかわして窓際の一番後ろの自分の席に座る。


 そして悠馬としては自然なつもりで前の席に座っている女の子に声をかけた。


「お、おはよう神島さん」


 声をかけられた女の子は半分だけ振り返る。


「……おはよう。片瀬君」


 腰まで伸びている綺麗な髪が印象的な可愛らしい女の子だった。


 彼女の名前は神島彩音(かみしまあやね)

 すこし大きめの澄んだ目をしていたがほとんど表情が無く、静かな口調と相まって、野原にポツンと咲くユリの様な、いつのまにか消えてしまいそうな儚げな雰囲気を纏っている。


 悠馬はこの少女のことが好きだ。


 入学してすぐ一目惚れしてしまい、2年になって同じクラスになり、2学期の席替えで後ろの席になった時は、なにこれ? なんかステキな事がおきるんじゃないの? とか思ったりしていたが、3ヶ月経過した今も、特にステキなことは一切おこっていない。


「おはよう。片瀬君」


 にやにやしながら、悠馬の横の席に座りつつ、わざとらしく君付けで友人の石川充(いしかわみつる)が話しかけてきた。いや、からかいにきたのか。


「なんだその意味深な笑い顔は」

「べっつにー」


 石川と悠馬は1年の時から同じクラスだった。

 悠馬が神島に惚れていることもばっちりばれていたりする。


「もっと積極的に行かないと伝わらないと思うけどなー」

「な、なんのことかな?」


 目の前に神島がいる状況でこの手の話題を展開することに気まずさを感じまくっていた悠馬は全力で誤魔化しに入った。


「まあいいけどね。俺としては親友の悠馬が幸せになる手伝いをしたいわけなのだよ」


 今度は茶化すような視線ではなかった。気のせいか、口元が緩んでいる様にも見えるが。


「充、お前……いいやつだな」


 だが、と悠馬は石川の両肩に手を置きながら続ける。


「余計なお世話という日本語を今日は覚えて帰ろう。お兄さんとの約束だ」


 結局、その日も石川や他の友達と、昨日もしたような話をして何事もなく放課後を迎えた。

 ちなみに神島との関係も1ミリも縮まっていない。


 いつもの様に学校の帰りにコンビニで雑誌を立ち読みして帰宅し、晩御飯を食べて、見ていたバラエティ番組にも飽きたのでそろそろ風呂にでも入るか、とリビングを後にする。

 脱衣所で手早く服を脱いで浴室のドアを開けた時、悠馬はそこでかすかな違和感を感じた。


「……なんかプールみたいな匂いがするな」


 まあ、体調によっても嗅覚がかわるって話だし、気のせいか、と考えつつ湯船につかる。

 悠馬は湯気でかすむ天井を、ぼーっと見つめながら朝、電車の中で考えたことを思い出していた。


(予想通り昨日と変わらない1日だったな。やっぱり俺の人生こんなものなのかな?)


 天井を見つめ続けるが、もちろん天井が悠馬の問いに答えるわけもない。


(非日常世界への扉か。普通に考えればあるわけねーよな)


 そんなことを考えていると悠馬の鼻に先ほどの違和感がまた蘇った。

 悠馬は視線をゆっくりと天井から湯船に移す。

 そこには当然、いっぱいのお湯があった。

 両手でお湯をすくい鼻に近づける。


「……やっぱり匂う」


 日本の水道水には消毒のため塩素が入れられている。

 そのためいわゆるカルキ臭という独特のにおいがするのだが実際はほとんど感じられない。 

 だが今日は明らかにその存在を感じる。


 だからなんだ? とも思う。

 だが些細なことが扉になっているのではないか、と考えていた矢先だったので悠馬はなんだか見過ごせなくなっていた。


(……普通に考えれば浄水場の人が量を変えたってことだよな。でもなんで? 量を変える必要がなぜ生まれたんだ? まあ、普通に考えればただのテストとかだろうけど。……でも、もし想像もつかないような事態がおこっているとしたら?)


 そう考えると悠馬はじっとしていられなくなり、何かに追い立てられるかの様に風呂からあがった。

 急いで部屋に戻った悠馬は、スマホの検索画面で浄水場について調べ始める。


 悠馬の家に水を送っている浄水場は家から5キロほどの所にあるようだ。


「自転車で30分ってとこか」


 自分でもバカなことをしようとしている自覚はあった。

 結局、浄水場に行ったところで何もないことを確認するだけに終わるのだろう。


 だけど、ここで動かなければ何かが変わる可能性はゼロのままだ。

 それに、悠馬は物事をすぐに決められず行動に出れない自分を変えたかった。


 ちょうど明日は土曜日、学校も休みだ。

 人生の中で一度くらい、ばかばかしい事をやってみるのも何かの役に立つに違いない。


 少々強引に自分を納得させると家族に出かけてくると伝え、悠馬は自転車に跨り夜の街に飛び出していった。


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