決着
「あーそうかい。それじゃ2人とも仲良く殺してやるよ」
再び右手に宿した水剣で飛んできた短剣を打ち払い、突撃してくる悠馬の首を刎ねるために水剣を水平に構える。
そして悠馬が間合いに入った瞬間、ためらい無く首目掛けて剣を奔らせた。
悠馬はなんの策も講じずただ突進しているだけだった。
普通に考えれば無謀でしかない。
皆盛もそう考えたに違いない。
しかし剣を振るいだした瞬間、先ほどはじいた短剣が水道官にぶち当たり、砕けた刃が自分目掛けて飛んでくるのが目に入った。
だが透過を使えば問題ないレベルだ。
皆盛の剣は速度を鈍らせる事なく悠馬の首に届き、その無防備な皮膚を切り裂こうとしたまさにその時、
悠馬がコケた。
足元に出っ張っていた石に蹴躓いて、悠馬の体が前のめりになる。
これ以上ないタイミングでかわされた刃は、髪の毛を数本だけ切り取りむなしく悠馬の頭の上を通過していく。
(ふみこめ!)
バランスを崩したまま、体を支えるために出した右足に渾身の力を込めて踏み込む。
頭目掛けて飛んできた短剣の破片が透過によってすり抜けるのと同時に、悠馬の頭突きが皆盛のわき腹に見事に命中した。
「ごふぅ!」
突然の衝撃によって肺の中の空気が強制的に吐き出されながら、皆盛の体が宙を舞った。
一度の着地では勢いが殺しきれず、皆盛の体はもう一度バウンドしてむき出しの水道官に当たって止まった。
その時、
「少年ナイスや!」
「遅れてすまない」
空から聞こえてくる聞き慣れた声と共に、金髪とにやけ面の男達が悠馬の目の前に降り立った。
「彩音……」
苦しそうにうずくまっている神島をみて、浮島の表情が怒りに歪む。
「ワレ、彩音になにしよるねん。殺すくらいじゃすまさへんで」
「悠馬、後は俺たちがやる。彩音の事を見ていてくれ」
サングラスで表情は良く分からないが、ジョシュアの言葉にも怒りがにじみ出ていた。
言われたとおり悠馬が神島の下へ駆け寄ろうとした時、皆盛の狂気じみた怒声が響く。
「ふざけるなよゴミ虫がぁ! そんなまぐれの攻撃が当たったくらいで調子にのってんじぇねえよ。街を吹っ飛ばす前にお前ら全員、理不尽にぶち殺してやる!」
そして皆盛が手にした水剣で水道官を切りつけた。
思わぬ出口を見つけた高圧の水が一気に噴出し、軽く10メートルはある水柱を打ち立てる。
「こらあかん。ジョシュ! たのむでぇ」
集中豪雨のように降り注ぐ水道水の中を、水使いに向かって2人が突進していく。
浮島は腰の鎖を外し、水道官から引き離すべく皆盛に攻撃を加える。
その隙に水が噴出しているポイントに到着したジョシュアが能力を開放する。
下向きに加えられた重力によって、逆再生を見るかのように水が管の中に戻っていき、見えない管でつなげられたように元通りの流れに戻る。
なんとか現場全体が水没して水使いに有利なフィールドになることは回避できたが、同時にジョシュアも戦闘そのものには参加できなくなった。
現場を水没させる事には失敗したが、それでもすでに吹き出していた大量の水によって文字通り水を得た魚となった水使いが、手にした水剣を振るい、地面から氷のトゲを生えさせ、時折、ミサイルを放って浮島にあらゆる角度から攻撃を加えていく。
浮島も手にした鎖を器用に操って攻撃をしのぎ、皆盛に反撃を仕掛けるがそれも透過によって簡単にかわされてしまい、ダメージを与える事が出来ない。
「さすがAクラス様はやることなすこと可愛げがあらへんな」
軽口を叩いてはいるが、言葉尻から余裕の無さが滲み出ていた。
「Аクラス? くだらんな。この世界には俺か俺以外のカスっていう2つのクラスしかないんだよ」
一方、悠馬は言われたとおり神島の様子を見ていた。
まだ少し苦しそうな息遣いだが、大分落ち着いてきたようだ。
だがとても戦える様子ではない。
「無茶しすぎだよ悠馬。大体アンタが私を守ったら本末転倒じゃない。どんだけ死に掛けるのが好きなのよ。……でも、ありがとう」
ほんの少し顔を赤らめる神島。
だが悠馬はそんな神島ではなく、戦いの様子をじっと見つめていた。
「……ない」
「え?」
「このままじゃ勝てない」
その時、再び悠馬の脳裏に行うべき行動が表示される。
(ジョシュアのところへ向かえ)
「悠馬?」
明らかに様子のおかしい悠馬に怪訝な表情を浮かべる。
神島の問いを無視して悠馬が戦いの中に、ためらい無く走り出す。
「ちょ! 駄目よ悠馬! あんなラッキーなんて二度と起こらない! 今度こそ本当に死ぬわよ!!」
神島の悲痛な叫びを背に受けながら、大量に降り注いだ水でぬかるみ、水溜りだらけになった地面を力強く走りぬける。
「悠馬! 此処は危険だ。彩音の所へ戻っていろ!」
水道の漏れを止めるために掛かりっきりになっているジョシュアが叫んだ。
(能力を解除させて、ジョシュアも戦闘に参加させよ)
再び頭の中に指令が表示される。
「ジョシュ。ここはもういいから戦闘に参加してくれ」
「馬鹿な事を。水が増えれば増えるだけ水使いが有利になるんだぞ!?」
「じゃあ、このまま頌さん1人で勝てるのか?」
サングラスではっきりとは分からないが、ジョシュアが視線をそらす。
「そ、それは……」
「頼む! 絶対悪いようにはならない。俺を信じてくれ」
再びジョシュアが悠馬の目に視線を合わせる。
冗談やパニックになっている目ではない。
どんな強風にも決して折れない、深く根を張った巨木のような絶対の自信に溢れた目をしていた。
「悠馬、お前……」
ただの高校生だった。
少し前まで、戦いなど漫画やゲームの世界の話だと思っていたはずだ。
そして重要な点としてなんの能力も持っていない。
信じる根拠など何処にもない。
だが、
「わかった。確かにこのままじゃジリ貧だからな。だが悠馬。なにを考えているか知らんが無茶はするなよ?」
「ああ、わかってる。それとアイツの透過は一箇所しか使えねえ。だから同時に攻撃する必要があるんだ」
「なるほどな」
覚悟を決めるためか、ジョシュアが深呼吸する。
「それじゃ、いくぞ!」
掛け声と共に、切り裂かれた水道管にかけられていた不自然な重力が消え去る。
再び巨大な水柱が立ち上るのを背にしながら、ジョシュアが皆盛と浮島の戦いに馳せ参じていく。
その間、悠馬は立ち上る水柱と、その脇から見える戦闘の様子をじっと静かに見つめていた。
「1人じゃ敵わないってやっと分かったのかよ。でもいいのか? 水が溢れてるぜぇ。まさに理不尽に、暴虐的に俺様を強くする水がよぅ」
すでに降り注ぐ水によって、現場はくるぶしが浸かるほどの水深になっていた。
ジュシュアの重力制御によって2人はなんとか水に浸からずにいるが、現場全体を己のテリトリーとした水使いの攻撃は文字通り、ありとあらゆる方向から絶え間なく襲ってくる。
「なんでこっちきたんや、あほかジョシュ!」
「お前こそ1人で負けそうになっていたじゃないか!」
「しゃーないやろ! 透過でぜんぶよけられてまうさかい、らちがあかんのや!」
「同時に攻撃をしたらいいらしい。透過できるのは一箇所だけだ」
「ナイス情報や!!」
そのやり取りを聞いて皆盛が皮肉そうな表情を浮かべる。
「確かにそれは正解だが、果たしてお前らごときに俺を同時に攻撃できるかな?」
その言葉通りだった。
どちらかが攻撃にまわると、水使いの攻撃がそちらに集中するので、もう一人がガードしなければならなくなる。
その繰り返しで、同時に攻撃する機会が生まれることなく、ただずるずると戦いの時間だけが経過し、ひたすら動き続けているジョシュアと浮島の体力だけが奪われていく。
2人して防御をせずに攻撃を加えればあるいは、とも思えたがそれも賭けるには分の悪すぎる思い付きだった。
その様子をじっと悠馬が見つめ続けている。
悠馬がジョシュアのところに移動したときは、皆盛も少しこちらを気にしていたようだが、役立たずが突っ立っているだけと判断したのか、今はこちらに背を向けている。
目の前では仲間が苦しい戦いを繰り広げているが、悠馬の心は写った月が全く揺らぐ事のない水面のように落ち着いていた。
何故だかは分からない。
分からないのだが悠馬は自分の行動が絶対に正しいという確信があった。
そしてついにその時が訪れる。
(水柱に突入せよ)
悠馬はなんのためらいも無く指示に従い、轟々と音を上げなら吹き出す水の塊に飛び込んだ。
全身を無数の拳で叩きつけられるような痛みが悠馬を襲う。
人工的にかけられた圧力の迸りは、標準的な男子高校生の体重など無いかのように、空高く悠馬の体を舞い上げた。
時間にすれば1秒掛かったかどうか、不意に悠馬は水の圧力も、地球の重力も何もかもが消え去り自分の体が宙に浮いているのを自覚した。
そして次の瞬間、再び重力が悠馬の体を絡めとり、慣性の法則と相まって悠馬の体が斜めに落下を始める。
(体をひねれ。右足を突き出せ)
体の自由が利かない空中で出た指示に、それでも忠実に従う。
その結果、綺麗なとび蹴りの姿勢を作り上げた悠馬の落下点には、今まさに浮島の鎖を透過で避けようとしていた水使いの姿があった。
バキィ!!
骨の軋む鈍い音をたてて悠馬のとび蹴りが皆盛の背中にめりこんだ。
重力加速度によって何倍にも増幅された悠馬の蹴りの威力によって吹き飛ばされた皆盛は、膝の下ぐらいまで溜まった水の上を派手な水しぶきを上げて転がっていった。
「ぐはぁ! おごっ! ……え? あ……」
呆然としながらよろよろと水使いが立ち上がる。
意識が朦朧として制御できないのか、皆盛の周りの水が意味もない動きを繰り返している。
「ねえ。飛んで火にいる夏の虫って知ってる?」
皆盛の背後から、感情の消えた、地獄の底から聞こえるような声が聞こえた。
「はひぃ?」
「アンタのことよ!!」
皆盛が飛ばされたのは、ちょうど神島が休んでいた目の前だった。
これまでの怒りや悔しさ、情けなさの全てが込められた神島の文字通り燃える右ストレートが振り返ろうとした水使いの顔面にカウンターぎみに叩きつけられる。
まるで糸の切れたマリオネットのように空を飛んだ後、盛大な水しぶきを上げて自からが築き上げた水の舞台に沈んでいく。
今度こそ間違いなく、水使い皆盛玲人の意識は完全に刈り取られていた。




