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発現

「おや? 君は意味もなく試練を乗り越えたゴミ虫君じゃないか」


 苦しそうに肩で息をしている神島を庇う様に悠馬が皆盛の前に立ちはだかった。


「そんな棒切れで戦うつもりかい? 全くこれだから現実を知らないガキは始末が悪い」

「……なんで……出てきたのよ? ……逃げなさいって言ったでしょ?」


 こんな状況でも自分ではなく悠馬のことを心配している。


「そんな事が出来るわけないじゃねえか」


 そして皆盛をにらめ付け、棒切れを正眼に構える。


「彩音は俺が守る!」


 その姿をみて皆盛の表情が苦虫を潰したように歪む。


「そういうのが一番むかつくんだよ! なんの力もないゴミ虫風情が!」


 皆盛の手にした水剣が鞭のように形を変え、悠馬に向かって振り出される。

 それは狙いを違わず悠馬の手にした棒切れに巻きつき、次の瞬間、何かの芸の様に乱切りにされた木がぽろぽろとこぼれ落ちて行く。


 その間、悠馬は微動だにすることが出来なかった。


「これが力だ! ……ん? おいおい足が震えているじゃねえか」


 そういわれて初めて悠馬は自分が震えている事に気が付いた。


 恐ろしかった。

 これまで生きてきて明確な殺意をぶつけられた事など無かった。


 当たり前だ。

 悠馬はごく普通の家庭で育ったごく普通の高校生に過ぎないのだから。


 自分の後ろには守りたい人がいる。

 しかし脳の奥深い所から純粋な恐怖が沸き起こり、それは死に至る病魔のごとく体全体を蝕んでいく。


(殺される)


 悠馬の中で死というものが初めて実体を持ち始める。

 それはまさに圧倒的な恐怖そのものだった。

 悠馬にはその恐怖を抑える術がない。


 そんな悠馬の様子をみて皆盛の表情が再び邪悪な微笑で満たされていく。


「理不尽だよなぁ。そいつと一緒にいるって事は俺の事情をオマエも知っているんだろ? だったらこの世界は本当に理不尽だと思わないか? 俺はこれまで出来る事は精一杯やってきた。しかしいつもその努力は理不尽に打ち壊された。だから俺は力を欲した。そして選ばれたんだよ。理不尽を受ける側から理不尽を与える側に俺はなった。いわば俺は神になったんだ。そして今、神となった俺がお前に二つの選択肢を与えてやる。一つは俺に無残に殺された後、その女も殺されるという選択肢」


 言葉をきって皆盛は手にした水を氷の短剣に変えて悠馬の足元に投げた。

 綺麗な弧を描いて飛んできた短剣はぐさりと悠馬の足元に突き刺さる。


「もう一つはそれでお前が女の止めを刺すという選択肢だ。そうすればお前の命だけは助けてやる。どうだ? どっちにしても女は死ぬんだ。だったら答えはきまっているよなぁ。仲間に裏切られて殺されるっていう理不尽をその女に与えてやるんだよ」


 皆盛の悪魔のような言葉が悠馬の頭を駆け巡る。


 殺す? 

 俺が? 

 彩音を?


 おもわず神島の方を振り返る。

 神島は苦しそうにしながらもそれでも微笑んでいた。

 その目は私を殺して逃げなさい、と語っている。

 彩音を殺せば俺は助かる。

 たった一度、裏切るだけで……





 裏切る?


 その時、悠馬の脳裏に幼い頃の母の記憶が蘇った。

 信じていたパートナーに裏切られた母の姿を。

 悠馬は見た。

 裏切られた者がどんな表情を浮かべるのかを。

 悠馬は知った。

 裏切られた者がどんな風に夜を過ごし朝を迎えるのかを。

 そして悠馬は忘れる事ができない。

 裏切られた者がどんな顔で笑うのかを。


 だから誓った。

 自分は大切な人を絶対に裏切らないと。


 だから……


 だから!!


「……俺は絶対に裏切らない。たとえ世界の全てを敵にまわす事になってもあんな悲しそうな微笑は二度と見たくないんだ!」


 その時、悠馬の頭でなにかが弾け飛ぶ音が響いた。

 そして熱くたぎっていた脳がまるで液体窒素を流しこまれたかのように急激に冷却されていく。


 それと共に瞳孔が大きく開き、顔から表情が消えていった。

 今まで感じていた怒りや恐怖といった感情がすべて消え去っていき、次に行うべき指示だけが頭の中に明確に表示される。


(足元の短剣を蹴り飛ばせ。そしてそのまま敵に向かって突進せよ)


 悠馬はなんのためらいも無くその指示に従い、短剣を蹴り飛ばし、皆盛に向かって突進していった。


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