死闘
「──!!」
しかし先ほどまでとはあきらかに違う事があった。
まず彩音は体制を崩すことなく綺麗に着地を決めていた。
さらに今までとは距離が違う。
皆盛との距離が軽く10メートルは開いていた。
「お前、わざと弾き飛ばされて飛んだな?」
彩音は答えなかったが、その表情がその事実を肯定している。
「どうした? 逃げる気になったのか? こっちとしてはそろそろ本題に戻りたいのでな。逃げるならそれでいいし、時間稼ぎなら付き合う気はないぞ」
「あら奇遇ね。私もそろそろ終わりにしたいと思っていた所なのよ」
そういうと彩音は両手に持った炎刀を手放す。
手から離れた炎刀は霞のように消え去った。
「なんのつもりだ?」
彩音がにっと笑った。
「プレパレイション」
彩音の言葉を受けて、皆盛の周りに5つの小さな炎が生まれる。
よく見るとそれらは全て彩音の血が付いた地面から燃え出していた。
そして次の瞬間、それぞれの炎から燃える線が走り出し、5つの炎を繋いでいく。
それらはあっという間につながり、皆盛を中心に五芒星を描きその周りをそれぞれの炎を頂点とする円が形成されていた。
「こ、これは」
さすがに狼狽の色を見せる皆盛。
そして彩音が犯罪者に刑を宣告するかのように厳かに言い放つ。
「ヴェール・オブ・フレイム」
その言葉を受けて完成したまるで魔方陣を思わせる全ての線から炎が噴出し、皆盛を包み込むように中心に向かって炎の壁が形成されていく。
時間にすれば一秒もかからないうちに、皆盛を包み込むように炎のドームが完成した。
しかしごうごうと燃え盛る炎の中から意外なほど落ち着いた皆盛の声が響く。
「さすがにこれは驚いたよ。しかし全く熱くないんだが? まさか閉じ込めておくだけなのかい? さすがにこんな力の使い方は長続きしないだろう?」
左肩を抑えながら彩音が炎のドームに近づいていく。
「このままアンタを焼き殺す事もできるんだけどね。あいにく私の任務は逮捕であって処刑ではないの」
「手ぬるいな。しかしここからどうす……くっ、そういう事か」
突然、皆盛の声が苦しげになる。
「ようやく気づいた? 当たり前だけど火が燃えると酸素が消費される。そのドームは外気とは完全に遮断されているからそろそろ酸素が無くなる頃じゃないかしら?」
「くそう! こんな所で、ぐぅううう……」
そしてそのまま皆盛の声はしなくなった。
彩音はドームの炎に手を触れて、中の様子を脳内に直接映像として取り込む。
皆盛はうつ伏せに倒れていて、すでに意識を失っているようだ。
念の為、30秒ほど待ってから炎のドームを解除した。
そこには先ほどのイメージどおり、うつ伏せになった皆盛が横たわっている。
「全く、この技を使うとすごく疲れるのよ。怪我もしちゃったし割りに合わない仕事だったわねー」
その辺りに転がっていた電線を拾い上げて倒れている皆盛に近づいていく。
そして彩音が皆盛の両手を拘束しようとかがみこんだその瞬間──
ゴスッという鈍い音が響いた。
その音の正体を彩音が信じられない物を見たような表情で見つめている。
それは氷でできた大きな拳だった。
そしてそれが彩音のわき腹に突き刺さっている。
彩音が声を上げるよりも早く、氷の拳がロケットの様に水蒸気を上げながら彩音の体ごと空へと舞い上がる。
肋骨が砕ける音が彩音の体内を駆け抜けていった。
そしてそのまま玩具のように工事現場の端まで投げ飛ばされ、積み上げられていた土嚢に叩きつけられる。
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁ」
気を抜けば刈り取られそうな意識をなんとか繋ぎとめて、自分が飛ばされてきた方向をにらめつける。
そこには何事も無かったかの様に立ち上がった皆盛がいた。
「……ど、どういうこと……」
これ以上楽しい事は無いといった恍惚の表情で皆盛が答える。
「おいおい。俺の操る物がなんだか忘れたのか? 理科の問題だぜ? 水は水素と酸素で出来ているんだ。水がある限り俺が酸欠になる訳ないだろ、ばーか。……いやあしかし、やられる演技をするときに笑いをこらえるのが一番大変だったぜ」
「そ、そんな……」
ぼろぼろになった彩音の顔に絶望の色が広がっていく。
「さすがにもう動けないだろう。俺は甘くないからな。止めを刺してやる」
その光景を悠馬は隠れた藪の中から見ていた。
浮島達には無事連絡が取れたが、まだ現れる気配が無い。
戦いの素人の悠馬から見ても、神島の敗北は明らかだった。
(もし……万が一、私が倒されたらその時は全力で逃げなさい)
先ほどの神島の言葉が頭をよぎる。
「そんなことが……」
こっそり見つけておいた木の棒を握り締める。
「そんな事ができるかぁ!!」
雄叫びを上げながら悠馬は隠れていた藪を飛び出し、神島の下へと一気に駆け出した。




