それから
あれから3日がたった。
今、悠馬は神島が入院している病院に向かっている。
結局あの後、連絡を受けてやって来た救護班のヘリに乗せられて神島は運ばれていった。
ジョシュアはとある事情で現場を動く事が出来なかったし、浮島のジャンプに耐える体力も残っていなかったので悠馬はジョシュアに借りた自転車で家まで帰った。
家に着くなり、すべてを成し遂げたと言わんばかりに自転車がバラバラになって壊れてしまったが、まだそのことはジョシュアには伝えていない。
というのも、悠馬はこの3日間ずっと家に引き篭もっていた。
原因は例の強制筋肉強化の後遺症だ。
厳密に言うと後遺症でもなんでもないのだが、過剰な負荷がかかった悠馬の筋肉は満遍なく毛細血管が引きちぎれ、鬼のような筋肉痛を引き起こしていた。
まさか筋肉痛を極めると、生死の境を行き来するレベルになるなんて!
そんな新しい発見(少々大袈裟だが)をする3日間を過ごしていたのだ。
ようやく体を動かせるレベルまで回復したので、神島のお見舞いに出かける事にしたのである。
神島の入院している病院は、学校と同じ駅の傍に建っていた。
いわゆる総合病院という奴だ。
大きなコの字型の建物で真ん中のスペースが緑化された、ちょっとした公園のようなスペースになっている。
最近、妙に嗅ぐ回数が多い気がする消毒薬の匂いに包まれながら、電話で浮島に教えてもらった病室を探していく。
しばらくして『神島彩音』というプレートの付いた部屋を見つけた。
「おじゃまします? でいいのかな?」
おっかなびっくり引き戸を開けた悠馬を浮島のにやけ声が迎える。
「おお少年。やっときたかー」
「あれ? 頌さんも来てたんだ。ジョシュもいるじゃん」
ベッドの傍で壁にもたれ掛かっていたジョシュアが右手を上げて答える。
「ちょうどええところに。食うか?」
器用に果物ナイフでうさぎの形に切られたりんごを差し出してくる。
一つ受け取りながら、此処にきた本来の目的を遂行する。
「どう? 体の具合は?」
神島はベッドの半分を起こして座っていた。
頭に巻かれた包帯が痛々しかったが、顔色はよさそうだ。
「ありがと。見た目は派手だけど、傷自体はたいした事ないのよ。肋骨が4本折れていたけど、内臓にダメージは行ってないみたいだし。あと1週間もすれば退院できるんじゃないかしら」
まるで晩御飯のメニューを語るかのような、軽い口調だった。
「肋骨4本って。俺からすれば十分大怪我だとおもうけどなぁ」
「まあ名誉の負傷ってやつかな」
神島が楽しそうに笑った。
「そういや、あの後、皆盛はどうなったんだ?」
浮島がいじめっ子の目でジョシュアを見て言った。
「どうなったんやっけ? ジョシュ」
「しるか! 俺はあの後、水道官のバイパスが出来るまでずっと穴を塞いでいたんだ! 結局完成したの夜明けだぞ!? その後は疲れでずっと寝ていたわ!」
あはははー、と笑いながら浮島が代わりに説明してくれた。
「今、アイツは本部の拘束室で監禁されとる。なんせ公式には存在せんはずの力を使った犯罪やから、普通の裁判所で捌くわけにもいかんからな。アイツがこの後どうなるかはワイらには与り知らんことや」
すこし口調が真面目になる。
「ただ、問題が全部解決したわけやあらへんねん。最大の問題は、アイツがどこでトライアルを手に入れたかっちゅうことや」
あっ、と悠馬がズボンのポケットからごそごそとメモ用紙を取り出す。
「言うのが遅くなったけど、これ皆盛の家の本に挟んであったんだ。なんかのアドレスみたいだけど……」
浮島がメモ用紙を受け取る。
「……調べてみる価値はありそうやな」
浮島がポケットに紙をしまいこんでいるのを見ながら、悠馬は全ての終わりを感じていた。
自分を付けねらっていた皆盛は拘束された。
もうこの街が狙われる危険は無くなった。
渡せていなかった手がかりも今、渡せた。
そしてやはり、自分には何の能力も無い。
「……やっぱりこれでお別れなのかな? 皆盛も摑まったし、場違いな俺が皆と一緒にいる理由はもうないもんな」
そういって俯き病院の床を見つめる。
(やばい! 俺ちょっと泣きそうになってる)
消毒液の匂いが漂う病室が一瞬の静寂に包まれる。
しかしそれは直ぐに破られた。
「はあ? なに言ってんの悠馬。もしかしてアンタ普通の生活に戻れるとでも思っているの?」
「はい?」
浮島がにやけ度マックスで話に加わる。
「かんがえてみー少年。ワイらギフトイーターは秘密組織やろ?」
なにが言いたいのか?
という視線を浮島に向ける。
「うん」
「ギフトの仕組み教えてもうたやろ?」
「うん」
「組織の人間の顔もいろいろ見たよなぁ?」
「……うん」
「ワイらの本部の場所、しっとるやろ?」
「……………うん」
「そないな人間を解放するわけあらへんやろー」
両手を上に上げて体をクネクネさせる浮島。
「え? え? どういうこと? 俺も監禁されるのか!?」
ジョシュアが〆は任せろとばかりに会話に加わる。
「違う違う。つまり悠馬は……」
「私達の仲間になるって事よ!」
全部、神島が持っていった。
「これは上層部からの正式な通達よ。まあでも悠馬はギフトホルダーじゃないから、本来はサイクロプスか後方支援に回されるはずなんだけど、なぜか通達では私達のチームに加わるように指示されていたの。だから今日から悠馬は私達の雑用係、パシリ壱号よ!!」
悠馬は話の展開に頭が付いていけず、軽く頭痛がしてきた。
「ちょっと待て。言っている意味がわからない。俺の意思は?」
神島がにっと笑う。
「もちろん選択権はあるわよ。私のパシリになるか、口封じに殺されるか。どっちでも好きなほうを選んでいいわよ」
「そんな理不尽な選択肢があるか! しかもどさくさにまぎれてなんかお前の専属パシリになってるし!?」
まあまあと神島がなだめる。
「もちろん給料もでるわよ。一応、公務員扱いになるからね」
「まじで? いくらもらえるの?」
自分でも現金だなぁとは思うが万年金欠の高校生、悠馬にとってはかなり心引かれる話題である。
「基本、月3万円。あとは危険手当とかがちょっと出るくらいかな」
「む……3万円か」
実際のところ、多いのか少ないのか判断が付かなかったが、高校生にとって月3万円はかなりデカイのは間違いない。
「ちなみに彩音も月3万なのか?」
さも意外そうな顔をして神島が答えた。
「え? 私は月80万よ」
「何じゃそらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「だって私、有能だもの。それじゃ、これからもよろしくね悠馬」
天使のような微笑を浮かべる神島。
「ちょっと待て。それでいいのか俺? なにげに人生決まりかけてるぞ!?」
窓の外はいつもと変わらぬ夏の明るい日差しで満ちていた。
病院内で大声を上げる不届きものを排除すべく、勤続40年の鬼婦長と呼ばれる新たな敵が、鼻息荒くこの病室に向かっている事を悠馬達はまだ知らない。
それは極端に明かりの少ない部屋だった。
かろうじて付いている照明も光度が下げられており、ほのかに部屋を照らす程度の働きしか果たしていない。
暗すぎて広さも良く分からないが、どうやらかなり広い部屋のようだ。
その部屋の真ん中に、会社ならそれなりのポストの人が使うような立派な机が置かれていた。
机の上には一台のモニターが置かれている。
この部屋で最も明かりとしての役割を果たしているのは間違いなくこのモニターであろう。
その机の主はモニターに映し出されている光景に見入っていた。
モニターの光に照らされて浮かび上がった顔からはなんの表情も読み取れない。
男がモニター越しに見ている光景は、先日、悠馬達が水使いと戦った時のものだった。
「重力使い、肉体強化、そして炎の女王。すべて素晴らしいギフトだ。しかし、注目すべきはやはりこの少年……」
画面には悠馬が水柱の裏からじっとこちらを見ている光景が映し出されている。
「実に面白い。発動条件が少々難ありだが、些細な問題だ」
男が手に持ったリモコンを操作する。
そして誰に話す訳でもなく呟く。
「果たして君が、私の理想とする世界への鍵となれるのか、もう少し見極めさせてもらうよ。片瀬悠馬君」
男の操作によって停止した画面には、何かの確信を得たように動き出そうとしている悠馬の姿がずっと映し出されていた。
文章化できているのはここまでとなります。
続きを書くことがあればまた掲載させていただきます。




