Aクラス
悠馬の気づいた違和感それは、
「……あいつ触れていない」
ぼそっと呟いた悠馬の言葉に神島が怪訝そうな顔を浮かべる。
「なんの事?」
今度は顔を上げて力強く叫ぶ。
「触れていないんだよ! 水使いがペットボトルごと投げ込んで爆発させてたろ!? あの時、キャップは閉まっていたんだ! 懐から出して直ぐに投げていたから中の水に触れる暇はなかったはずだ!」
『──!!』
神島とジョシュアの表情も引き締まる。
「ホントに閉まってた? 見間違いじゃなく?」
「間違いない。回転していたのに中の水は全く漏れていなかった」
めずらしくジョシュアが先に口を開いた。
「遅延操作じゃないのか? 予め触れてからキャップを閉めたとか。遅延操作そのものはそんなに珍しい付加能力でもないぞ」
「私もそう思うわ。遅延操作なら予め触れておけば5分くらいなら軽く支配下に置き続けることができるもの」
インカム越しでも緊張が伝わる声で浮島が通信してきた。
『いんや、なんかおかしい。ワイらと戦っとった時は1回も遅延操作なんぞ使っとらんかったで。それどころかこれ見よがしに水に直接触れて戦っとった』
「どういう事? 水に直接触れなければギフトが使えないってイメージさせたかったって事? なんの為に?」
『…………前提がまちごうとったんかもしれん。ワイらは皆盛のことを水を操るギフトホルダー、Bクラスやと思うとった』
浮島が一呼吸入れて話を続けた。
『……せやけどホンマは複数能力保持者やったとしたら?』
神島がごくりと唾を飲み込む。
「……Aクラス」
「だとしたら何の能力なんだ?」
ジョシュアの声にも焦りの色が見える。
『遅延操作は使えん、でもキャップの閉まったペットボトルの中の水には干渉でけた、この二つから考えたら奴の隠しとる能力はおそらく……物質透過』
「つまりペットボトルを突き抜けて直接水に触ったって事ね。確かに筋は通っているわ」
話をずっと聞いていた悠馬が恐る恐る自分の達した結論を述べた。
「な、なあ。それって水道管も突き抜けて直接水に触れれるって事じゃ? だとしたら此処を護っているのって……」
『ああ、ワイらはすっかりハメられたっちゅう事や。皆盛の目的はワイらの目を此処に向けて事をやりやすいようにする事や』
「最悪の結論ね」
神島が髪を掻き揚げながら片目をつぶってため息をついた。
「だとしたら本命はどこだ?」
普通の体勢に戻ったジョシュアが悔しそうに叫んだ。
「物をすり抜けられるなら何処でもできるって事じゃねえか?」
そう言った悠馬は自分の語った言葉の意味に気づいて体に雷が落ちたような衝撃を感じた。
それはつまり皆盛のテロを食い止める方法が無くなったという事だ。
そしてそれは母親や妹のちせり、クラスメイトの皆の命が失われる事を意味している。
『大丈夫や。それはないわ。おそらく奴は体全体を透過させることはできんはずや。もし出来るんやったらわざわざ演技までして自分の能力を隠して、ワイらの目を此処に引き付ける必要なんかあらへん。せやから透過できるいうのも体の一部分だけのはずや。今から管理棟の端末つこてちょいと調べてみるさかい駐車場で待機しといてんか』
「了解」
浮島との通信を終えて直ぐに3人は浄水池から勢いよく飛び出して行った。
ジョシュアの車に戻った直後にタイミングよく3人の元へ浮島からの通信が入る。
『わかったでぇ! すぐ合流するわ。ジョシュ! チャリの準備しといてんか』
「わかった」
そう答えるとジョシュアが車のトランクを開けて、中から折りたたみ式の自転車を取り出し組み立て始めた。
その様子を眺めていた悠馬の頭上を影が掠めていく。
なんだろう?
と思う暇もなく次の瞬間、悠馬の目の前に文字通り空を飛んできた浮島が着地を決めていた。
「それで? 水使いは何処でテロを起こそうとしているの?」
浮島が到着するや否や神島が質問を浴びせる。
その声にはあせりの色が滲んでいた。
無理も無い。
すでに此処に来てからでさえ2時間以上無駄にしているのだ。
次の瞬間に街が吹き飛んでも全くおかしくない状況に追い込まれている。
「奴の透過能力はおそらく地中深くに埋まっとる水道管にまでは届かん。せやから水道管が露出しとる所を狙うはずや」
「そんな所あるかしら?」
「普通はあらへん。せやけど例外が一個だけある。工事現場や。そこなら水道管がむき出しになっとる。そう思って調べたらビンゴやった。今日から始まった工事で水道管がむき出しになる工事があったんや」
「それじゃ急いでいかなきゃ!」
慌てて車に乗ろうとした悠馬を浮島が呼び止める。
「話は最後まで聞きや少年。その工事現場やねんけどうっとおしい事に三ヶ所あるんや。しかもご丁寧に全部方角も違うときとる。せやからこっちも三手に分かれる。ワイ、ジョシュ、彩音と少年チームや。ワイとジョシュは単独で高速移動できるさかい遠い二ケ所に向かう。彩音達は一番近いポイントをたのむでぇ」
「え? でも俺たちはどうやって移動するんだ? ……まさか」
ちょうどジョシュアが自転車を組み立て終わった所だった。
サドルの高さがどう見ても悠馬に合わせてあるのは気のせいではないだろう。
「でもこんなので間に合うのか?」
浮島が悠馬においでおいでをしている。
「少年。さっきファミレスでなんかできる事ないかって言っとったよな?」
「ああ」
近づいてきた悠馬の両肩に浮島がポンっと両手を乗せる。
「おめでとう! 今から大活躍できるでぇ!」
浮島が叫んだ瞬間、悠馬は両肩に凄まじい熱を感じた。
その熱は一気に全身に広がり、まるで体中の細胞が活性化していく様な、特に足の筋肉が強力なバネでも仕込まれたかのように今まで感じた事のない力を持ち始めた。
「こ、これは一体?」
「ワイのギフトな、実は他人の体も一時的やけど強化できるねん。まあ加減が難しいのんと後遺症がえらい事になるんで滅多に使わんねんけどな。今の少年やったらチャリでも7、80キロくらいは出せるはずやでえ」
「……今の説明の中ですげえ気になる単語が出てたんだけど……」
「悠馬! 今はそんな事言ってる場合じゃないわ。ウッキー地図データを頂戴!」
確かにその通りだ。
後遺症というのは気になるが、そんな事は大切な人が暮らす街を守ってからゆっくり考えればいい。
ジョシュアから自転車を受け取り、ペダルを強く踏み込んで感触を確かめる。
地図を受け取った神島が自転車の後ろに乗り込む。
「それじゃいくでー」
「健闘をいにょる」
それぞれの言葉を残してギフトによって常識を超えた2人の体が闇に消えていった。
「私達もいくわよ」
「おう」
力強くペダルを踏み込むと、これまでに経験した事のない加速でタイヤが地面を蹴り飛ばし、想定されたスピードを遥かに超える勢いで自転車は駐車場を飛び出していった。
女の子を後ろに乗せて自転車を漕ぐ、と字面だけを見ればなにやら甘酸っぱい雰囲気になるが、実際は70キロを軽く超えるスピードで爆走している中、後ろの女の子は間違ったら殺すといわんばかりのナビゲートをしてくる。
しかも今にも分解しそうな不気味な音を自転車が先ほどからたてているというオマケ付だ。
こうなるとジェットコースター、いやもうすでに罰ゲームの域に達している。
だけど、と悠馬は折れそうになる心に喝をいれる。
ここで手を抜いたら母親が、妹が、友達が死ぬかもしれない。
大切な人達の顔を思い浮かべながら、悠馬はペダルを漕ぐ足にさらに力を込めた。




