特殊能力対策室
昼食は20分ほど車を走らせた所にあったファミレスでとることになった。
夏休みに入っていたので名前通り家族連れで賑わっている。
きっちり4人掛けのテーブルに案内された面々は良く利いた冷房に癒されつつ、メニューと睨めっこをしていた。
「少年はなにたべるんや?」
早々とメニューを見るのを辞めたのが気になったのか浮島が聞いてきた。
「ええと……サラダバーのみ……」
「はあ? 少年ベジタリアンなんか? 肉とかくわな力でんで」
ちょっと気まずそうにする悠馬。
「いやそういう訳じゃないんだけど、小遣いが残り僅かでさ、とりあえずサラダバーで腹一杯にしようかなと思って」
「なんやそんなことかいな。金なんか出さんでええねんで。気にせんで好きなもん頼んだらええねん」
浮島の太っ腹発言にちょっと待ってという感じで手を出す。
「いやさすがにそれは。なんか悪いし」
メニューから目をあげる神島。
「本気で気にしなくていいのよ。作戦期間中の飲食なんかは経費で落とせるの。もちろん片瀬君の分もね。ほとんどこっちの都合で付き合ってもらってる訳だし、遠慮なく税金で飲み食い出来るんだから頼まないと損よ」
お前らその内事業仕分けされてもしらねーぞ、とか思いつつ、そういう事ならとばかりに先ほどはスルーした肉料理のページを隅から隅までじっくりと見直す作業に取り掛かった。
ほどなくして悠馬のオーダーした『胃袋の限界に挑戦!? 夏限定、ギャラクシーサイズハンバーグセット』がやってきた。
確かにでかいが銀河を感じるほどではない。
半分ほど食べたところで(少々、味に飽きてきた事もあって)ちょっとした疑問を口にしてみた。
「ギフトイーターってさ、ええと宮内庁内部?なんとか対策室だったっけ?」
「宮内庁内部部局、特殊能力対策室」
ドリアを食べる手を休めることなく神島が訂正する。
「そうそうそれ。なんで宮内庁なの? イメージ的には防衛省とかの方がしっくりくるんだけど?」
今度はドリアを食べる手を休め、スプーンで軽くつつきながら説明を始めてくれた。
「私も正確な所は知らないんだけどね、ギフトイーターの歴史って結構古くて、平安時代くらいまで遡るの。片瀬君、安倍晴明って知ってる?」
「映画とかで見たな。空飛んだり魔法みたいなのを使ってた」
「まあ大分、誇張されてるイメージだけどね。その安倍晴明もギフトホルダーだったみたいなの。当時は当然、量子力学なんて知らないからギフトが悪用されたら、たたりとか呪いとかと考えられて畏れられていたのよね。で、それを鎮めるつまり倒す力を持ったギフトホルダーが集められて陰陽寮が組織されたの。安倍晴明は所属していた陰陽師の代表格ってとこね。陰陽寮は朝廷がというか天皇が直接組織していたからその流れで今でも宮内庁管轄って事になってるらしいの」
あと、とドリンクバーに行くために立ち上がった浮島が補足する。
「宮内庁って存在そのものが内閣府の管轄やのに内閣府の外局やないっていう、おもろい立ち位置でな。世間様に内緒の組織置いとくには都合がええってのもあるらしい」
再びハンバークを切り分ける作業に取り掛かる悠馬。
「意外と壮大な理由があったんだな。まさか安倍晴明まで出てくるとは」
「付け加えると、ギフトイーターって呼び方になったのは戦後しばらくしてからみたいね」
一瞬へぇと思ったが、考えてみれば当然の話だ。
平安時代からギフトイーターなんて呼ばれていたら文明開化も真っ青である。
その後は、カッコつけてピザを食べていたジョシュアが、トッピングに乗っていたオリーブの実をどういう訳か飛ばしてしまい、これまたどういう訳か、サングラスと目の間にすっぽりと収まってしまった。
いつまでも焼き立てを、と言うコンセプトの元、焼けた鉄板の上に置かれていたピザ&オリーブの実は未だに高い熱量を誇っており、ジョシュアがかっこ悪くのた打ち回る。
もうここまで来ると難儀というより不憫だ。
「……普通に食べればいいのに」
「片瀬君。それは犬に匂いを嗅ぐなって言ってる様なものよ」
「本能レベルかよ……」
銀河サイズだったハンバーグも残すところ小惑星サイズ程になっていた。
正直、もう腹は一杯だったが残すのも勿体無かったので一気に口の中に放り込む。
「……さすがにこれは腹にくるな。……あれ? そういえば頌さんあれからずっといないな」
思い返せば陰陽師の説明の時にドリンクバーに行ったきり帰ってきていない。
神島を見ると、運ばれてきたデザートのプリンを、これまでに見たことがないほどの幸せそうな表情で食べている。
どうやら悠馬の声は届いていないようだ。
「トイレじゃないのか? 腹でも壊したのだろう」
何とかオリーブのダメージから回復してピザを完食したジョシュアが答えてきた。
「ちゃうわい! 勝手に人の腹をこわさすな」
隠れて聞いていたんじゃないか、というくらいのタイミングで浮島が戻ってきた。
手にはしっかりとジュースが入ったコップが握られていたが、どうやら何種類か混ぜられているらしく、えらく不気味な色彩になっている。
よっこいしょ、と自分の席に座って一口飲んだ浮島の表情が固まった。
どうやらブレンドを失敗したらしい。
「くっ、やはり最後に入れたコーヒーは冒険しすぎやったか……」
がっくりとうな垂れている。
「そんなものを作るためにあれほどの時間をかけたのか?」
ジョシュアがちょっと呆れている。
「ちゃうちゃう、調査部から連絡が入ってん」
ぱたぱたと手を振る浮島。
「何か分かったのか?」
「ああ、って彩音プリンタイムに入ってもてるやん。食い終わるまで話にならんがな。もっかいドリンクバー行ってくるわー」
結局、ドリンクバーから帰ってきた浮島が(今度はブレンドに成功したらしい)残りの料理を食べ終わった頃、ようやく神島のプリンタイムが終了した。
「さて調査部からの報告やねんけど、とりあえず水使いの名前がわかったで。奴の名前は皆盛玲人。歳は26。親和水道設備っていう会社に勤めとったみたいやけど2ヵ月前に不祥事を起こして首になっとる。住所もばっちり分かったから、このまま乗り込んで一気に決着つけるでぇ」
まるでこれから遊園地にでも行くかのような楽しそう&軽い調子だった。
水使いに間接的とは言え殺されかけている悠馬にしてみれば、とてもそんなテンションにはなれない。
「ちょっと待て。それっていわばラスボスの所に乗り込むって事だろ? そんな軽いノリでいいのかよ。なんかこう、もっとシリアスに作戦を練ったりとか覚悟を決めたりとかするシーンじゃないのか、普通」
浮島がにやーっと笑っている。
「なんや少年、怖いんか?」
ぶっちゃけ怖いのだが、悠馬も男の子、しかも見得を張りたいお年頃な訳で。
「別に怖い訳じゃねーけど……」
「もちろん戦うのは私達だけだから大丈夫よ。片瀬君は安全な所に隠れていてもらうから安心して」
神島が自分の事を本気で気遣って言ってくれていることが分かる。
だからこそ悠馬の胸に一抹の寂しさが生まれた。
「そう言われてもな。なんか俺にも出来る事はないのか?」
ギフトホルダー同士の戦いに、ただの高校生の自分が入り込む余地などない事は十分承知している。
だがすでに悠馬は自分だけ隠れている事を素直に受け入れることが出来なくなっていた。
確かに知り合ったのは数日前、しかも期限付きの仲間だ。
だが共に過ごした時間の長さと絆の深さは、常に比例するわけではない。
悠馬は目の前にいるちょっと変わった力を持った3人の事が好きになっていた。
その3人がその身を危険に晒そうとしている。
ただ隠れている事を良しとする事が出来ないほどに、3人の存在は悠馬の中でいつのまにか大きくなっていた。
悠馬の申し出を聞いて3人の表情が少し緩む。
悠馬の気持ちが伝わっているのだろう。
「忘れたの? 私達の任務は片瀬君を護衛する事も含まれているのよ。だからあなたに出来る最大の事は常に安全な場所にいて、私達が戦いに集中出来るようにする事。分かった?」
頭では言っていることはよく理解出来ているのだが、どうにも心が納得していない。
だがそれは自分の我侭なのだろう、そう思い心を押さえつける。
「分かった。だけどせめてもうちょっと緊張感を持つとか、その辺どうにかならないのか?」
「えらい心配性やなー少年。もしかしてワイらが負けるとか思っとるんか?」
浮島がいたずらっ子の様な目をして悠馬の顔を覗き込んでくる。
「失礼ねー。言っておくけど私達、強いのよ」
神島がささやかな胸を張って得意げにしている。
「……すでに2回、水使いに軽くあしらわれているんだがな」
サングラスを突き上げながら、ジョシュアがぼそっと呟いた。
おまえがへたこいたせいやろ、とか、空気よみなさいよ、と2人から散々なじられたあげく、会計を押し付けられるジョシュア。
そんな光景におもわず吹き出しながら、この3人ならきっと大丈夫だ、と根拠はないがそう思えた。




