テロ計画
駐車場に停めてあったジョシュアの車で合流して全員乗り込む。
「うあちー」
「ちょっとジョシュ! クーラー後ろにも向けなさいよ!」
真夏の炎天下に晒された車内はオーブンの中のように熱気が渦巻いていた。
クーラーの献身的な活躍によりやっと一息つける温度になった頃、神島が口を開いた。
「片瀬君。10日、いや1週間くらい旅行かなにかって言って家から出られない?」
「なんで?」
「さっきの写真のお陰で近いうちになにかしら情報が入ると思うの。そうなると出来るだけ身軽に動きたいから常に一緒に行動してもらった方が都合がいいのよ」
クーラーから送られてくる冷風を集めるかのように手をパタパタさせている神島を見ながら
そうだな、と去年、知り合いの海の家で石川と十日ほど泊り込みのバイトしたことを思い出す。
「まあ、出来ないことも無いけど……」
「オッケー。それじゃ決まりね。ジョシュ! とりあえず片瀬君の家にいきましょう」
明確に出来ると言った覚えは無かったのだが、あっさり決定されてしまった。
この事を予測してルートを予め調べておいたのか、ジョシュアは全く道に迷うことも無く、20分程で悠馬の家に到着した。
夕食の準備をしていた母親に、去年バイトしたところから急に今年も来てほしいと言われたから今から行って来ると説明して荷造りに取り掛かる。
熱中症の事もあったし、いつに無く行動的な息子の様子に色々尋ねられたが、適当に誤魔化して渋々ではあったが納得させる事に成功した。
ちせりがまだ帰って来ていなかったのも幸いした。
あいつがいると話がややこしくなる。
熱中症の事も含め、全て嘘というのに少し心が痛んだが、まさか本当の事を言うわけにもいかない。
大きめの鞄に数日分の着替えだけを突っ込み私服に着替えると急いで部屋をでる。
夏休みの課題には留守番していただくことにした。
再び悠馬を乗せた車はそのままジョシュアの家に直行した。
昨晩は誰もいなかった教会だが、今日は夕方とはいえまだ明るかったので、ちらほらと人影が見える。
昨日とおなじく牧師館の中に入り、幾つか並んでいる扉の一つに案内された。
扉を開けるとそこは6畳ほどの部屋で、二段ベッドと机だけが置いてあった。
ジョシュアの説明によると、以前は孤児院としても使われていたらしく、現在は遠くから来た信者などに使ってもらう客間になっているらしい。
その部屋に荷物を置いて、昨日と同じくジョシュアの部屋に集合する。
「短い間やけど、これでワイらと運命共同体ってわけや、少年。よろしゅーなー」
この人の発言は、どこまで本気でどこまで冗談か良くわからない。
「訳がわからないまま振り回されるのも嫌でしょうし、なにも知らないと、いざという時に動きが鈍るから簡単に私たちが置かれている状況を説明するわね」
昨日と同じく、ベッドに腰掛けている神島が説明を始めた。
「私たちが今回追いかけているのが、君が2回出会った男よ。私たちは水使いって呼んでるわ。その名の通り、手で触れた水を自由に操ることができるギフトを持っているみたい。おそらくBクラス、こんな奴が今まで検査に引っかからない訳が無いから、トライアルで生まれたギフトホルダーで間違いないわね。水使いが騒ぎを起こす前に捕まえるのが私たちの任務ってわけなの」
神の試練──10万人に1人の確率でギフトホルダーを生み出す薬。
どんな経緯かは窺い知る事も出来ないが、あいつもその確率を生き残ったのか。
「なにか聞いておきたい事とかある?」
そうだな、と顎に手を当てながら少し考える。
「結局、水使いはなにをしようとしているんだ? 浄水場にいたのと関係があるのか?」
質問を受けて神島の表情が厳しいものになる。
「……おそらく大規模なテロを起こそうとしているみたいね」
ニュースではよくテロという言葉を耳にするが、どこか遠い世界の話だと感じていたので、いざ自分たちがその危機に晒されていると言われてもいまいちピンとこない。
「少年がカルキの匂いが気になって来たってゆーとったやろ? 実はあれ大正解やってん。あいつあんとき水分中のカルキの量をコントロールして増やしとったみたいやで」
今日もまたジョシュアのパソコンを勝手に弄りながら浮島が話に入ってきた。
「それじゃカルキの量を増やして飲んだ人を殺そうとしていたのか?」
「ちゃうちゃう」
片手をパタパタと振りながら浮島が続ける。
「確かにカルキは次亜塩素酸カルシウムって奴やから毒性があるけど、人体に影響がある濃度になったら、そらすごい匂いやで。普通は飲めへんわ」
「じゃあなんでそんな事をしていたんだ?」
「どうやらやっこさん自分のギフトの有効範囲を調べとったみたいやな。水がカルキ臭いゆーて苦情の電話が結構ようさんあったみたいでな、それを地図にまとめたら有効範囲がわかるっちゅう寸法や。水使いがこのデータをどないして手に入れようとしたんかは謎やけどな。んで、そのデータによるとギフトの有効範囲は約10キロ。つまり少年の家も学校も余裕ではいとっるんやな、これが」
悠馬の顔が青ざめていく。
どこか遠い世界の言葉だと思っていたテロという言葉の響きが、自分の家や身近なところにまで及んでいたという事実によって、やけにリアリティを持ち始める。
「毒じゃないとしたら、水使いは水道を使ってなにをするつもりなんだ?」
「おそらく奴は水道水を気化させて爆発させるつもりや」
なんだか理科の授業みたいになってきた。
「水道を爆発させる? それならもっと水の多い……そう、川とかの方が威力でかくないか?」
実際に悠馬の住んでいる街には大きな川が流れている。
「爆発ゆーんは基本的に上方向に威力が向かうんや。川を爆発させたら確かに派手やけど、せいぜい架かっとる橋とか川沿いの家に影響が出る程度やろうな。水道管が何処にあるかしっとるか?」
そんなことは誰でも知っている。
「地面の下……」
答えを聞いた浮島がにやけ面のまま、人差し指をたてて片目を瞑ってウインクする。
「正解。いわば街が水道管の上に建っとるようなもんや。しかも水道がひかれてへん建物なんぞほとんどあらへん。万が一、水道水が爆発しおったら街が綺麗に吹き飛ぶやろーな」
「でも水が気化したぐらいでそんなにすごい爆発になんてなるのか?」
「甘いな、少年。水が気化したらどんだけ体積が増えるか知っとるか? ……1240倍や。確かに水道管は圧力に耐えれるよーに作っとるけど、せーぜー7倍くらいまでや。しかも爆発って奴は密閉された空間のほうが威力が上がりよるねん。せやから水道管が耐圧仕様なんは悪い事にさらに威力をあげよる要素になってまうんや。試しに炭酸のペットボトルにドライアイスいれてみ? どえらい爆発おこしよるで。気化の力なめたらあかんでー」




