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検査

 そこはたくさんのデスクが並んだ、一見すると普通の会社のオフィスのようだった。


「はやかったやん少年」


 声のする方へ顔を向けると、デスクの上に足を投げ出している行儀の悪いニヤケ面がいた。

 横にはジョシュアが座っていて、指を二本だけ立てて、自分のこめかみの辺りを軽く小突くように挨拶をしてきた。


「ここは私たち実働部隊のオフィスなんだけど、経費の申告ぐらいにしか使わないのよね。大抵、誰もいないわ」


 確かにその言葉通り、浮島とジョシュア以外は誰もいないようだ。


「こっちよ」


 神島に付いて横に伸びている廊下を進んでいく。

 『医務室』と書かれた扉の前で立ち止ると神島はノックをして扉を開けた。


「涼子さん、連れてきたわよー」

「ごくろうさま」


 大きなモニターの前に誰かが座っている。

 椅子ごとこちらに振り返り立ち上がったのは、白衣を着た30代前後の理性的な雰囲気を纏う女性だった。

 綺麗なカールを描くセミロングの髪をしていて、フレームの薄い眼鏡が知的なイメージを高めている。


「君がラッキーなアンラッキー君ね!」


 見た目のイメージとは裏腹にやたら高いテンションだった。

 何故か目をキラキラさせている。

 どう返事をしていいかわからず、とりあえず苦笑いを浮かべる悠馬。


「テンション高くてごめんなさい。いやー今までトライアルを投与されて能力が発現しなかった事なんて無かったから興奮しちゃって! でもなぜなのかしら? 調べたいわ! 詳しく! できれば切り刻んで標本にしたいくらいよ!!」


 悠馬の顔色が真っ青になりじりじりと後ずさりを始める。

 命を守るために来た所で、命を狙われるハメになるなんて洒落にもならない。


「帰る……」


 慌てて神島が間に入る。


「涼子さん落ち着いて! 片瀬君大丈夫よ。この人ちょっとアレだけど優秀なのは間違いないから」


 なにがどう大丈夫なのかさっぱり分からなかったが、白衣の女性は神島になだめられて、我に返ったようだ。


「ごめんなさい。取り乱してしまって。私、興味深い事例を目にすると興奮して我を失っちゃうのよ。でも、もう大丈夫よ。私の名前は風祭涼子。ここの医療主任よ」


 差し出された右手を握り返しながらも、あからさまな不審顔を浮かべる悠馬。

 そんな悠馬の表情などまったく気にならないらしく、


「それじゃこっちにきてー」


 と、『GT室』と書かれたドアを開けて中へ入っていってしまった。

 疑いに満ちた目で神島を見つめる悠馬。


「ほんとに大丈夫なのか?」

「変なことしないようにちゃんと見張っておくから安心して」


 しぶしぶ部屋に入るとそこは、8畳ほどの広さで真ん中にCTのような機械が設置されていた。

 意外と普通の機械だったので、もっとマッドサイエンティスト的な物を予想していた悠馬はほっと一息をつく。


「これCTって奴ですか?」

「基本的には同じものよ。ギフトホルダー用に幾つか機能が追加されているの」


 機械の操作パネルをいじりながら風祭が返事をする。


「よし。それじゃここに仰向けに寝て頂戴」


 言われた通りに機械から伸びているベッドのような物に寝転がる。


「ちょっとそのまま待っててね」


 そう言うと風祭は部屋から出て行った。

 しばらくすると天井のスピーカーから声が聞こえてきた。


『それじゃ始めるわよ。中に入ったら動かないでねー』


 悠馬を乗せたベッドがゆっくりと機械本体の中に入っていく。

 閉所恐怖症というわけではなかったが、えもいわれぬ恐怖を感じて心拍数が上がるのが自分でも分かった。

 部屋の外では風祭がモニターの前に陣取り、その後ろから神島が覗いていた。


「よーし。調べるわよー」


 腕まくりをしながら、パネルを操作する。

 すると目の前にあるモニタに計測データが次々と表示されていく。


「うーん、体の組織に特に変化は認められないわね。脳波も問題なし。……まったく普通の人間のデータだわ」


 神島がほっとしたような表情を浮かべるが、風祭は思案顔で計測データとにらめっこしている。


「でもトライアルを投与されて何も無いなんて考えられないのよね。なにか特殊な条件下じゃないと発現しないとか……ちょっと、テトドロドキシンでも打ってみようか?」

「涼子さん!」


 また危ないテンションに入りかけていた風祭を制する。


『オーケー。検査は終了よ。部屋から出てきてね』


 機械のドームから開放された悠馬は、軽く体を伸ばして機械から降り、再び元の部屋に戻る。


「それじゃ、後は血液検査するから採血するわね。こっちに来て」


 風祭の前に、よく病院の診察室にあるような丸い椅子が置いてあり、そこに座わらされた。

 風祭が悠馬の二の腕を軽く縛り、アルコールを含んだ脱脂綿で消毒し始める。

 悠馬は特に注射が苦手ではなかったので、普通にその作業を見ていたが、ふと神島の方を見ると、あからさまに目に入らないように顔をそむけている。


「あれ? 神島、注射苦手?」

「べ、別に苦手とかじゃないわよ。子供じゃあるまいし!」


 言葉は力強かったが、視線はしっかり明後日の方向を向いていた。


「ちょっとチクッとするわよ」


 アルコールでスースーしている腕に注射針が刺さっていく。

 頭越しに、ひっ、というかすかな悲鳴が聞こえてきた。


 神島がギフトホルダーという特殊な存在、自分とは全く違う世界に生きていることを目の当たりにした事でどこか遠い存在に感じていた悠馬だったが、神島の意外な弱点を見つけて、思わず顔が綻んだ。


 なんだちょっと普通とは違う力を持っているだけで中身は俺と何も違わない同じ人間なんだと思えた。

 そしてそう思えたことが、なんだかとても嬉しかった。


「採血終了っと。後は私のギフトの出番ね」

「先生もギフトホルダーなんですか?」


「クラスは低いけどね。私のギフトは記憶抽出(メモリスキャン)。対象者の思い描いたイメージをデジタル化して画像ファイルにすることが出来るの」


 便利なのかそうでないのか良く分からない能力だな、と思ったが、それをそのまま口にするほど悠馬は子供ではない。


「それじゃ、あなたにトライアルを打った犯人の顔を出来る限り、正確に思い出してみて」


 そういうと風祭が右手を悠馬の額に当て、精神を集中させるように目を閉じる。


 悠馬も同じ様に目を瞑って記憶の糸を辿って行く。


(俺に死ぬかも知れない物を平気で打ってきたあいつ……)


 怒りと共に、あの時の情景が脳裏に蘇っていく。

 まるで実験動物でも見るかのような目。

 いやらしく笑ったあの顔。


「はい。オーケーよ」


 その声で悠馬の意識が回想から覚める。


「それじゃ、これから血液の解析と、イメージの出力の作業に入るから適当に時間を潰しててね。……あとこれは、もし良かったらなんだけど……」


 風祭の瞳がまたキラキラし始める。


「この、象も一撃で死ぬ威力絶大の毒薬のんでみない?」

「謹んでお断りします」


 これ以上ここにいると何をされるかわかったもんじゃない、とばかりに慌てて医務室から飛び出していく。


 ちょっとぐらいいいじゃん、と肩を落とした風祭のため息が、主だけになった部屋に響いていた。


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