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12/22

県庁ビル

 翌日は2学期最後の日、つまり終業式だった。


 無駄に長い校長の話によって、貧血で数人の生徒が倒れた事以外は、特に何事もなく式は終了した。

 しかし校長の話は長くしないといけないというルールでもあるのだろうか?


 その後、教室で担任からの夏休みの過ごし方についての話と通知簿を受けとり、悠馬の高校2回目の夏休みが始まった。

 さすがにここから神島と一緒に行動すると目立つので、対策室とやらがある街の駅で落ち合う手はずになっている。

 さて行くか、と教室から出ようとした時、誰かに右肩を掴まれた。


「なあ悠馬、夏休み突入記念にカラオケいこうぜ!」


 振り返って見てみると、肩を掴んでいる石川と数人の友達がこっちを見ている光景が目に入ってきた。


「わりぃ、今月小遣いピンチだからパス」


 なんだよ付き合いわりーなー、とブーブー言っている友人達に侘びを入れながら教室を出て行く。

 正直、遊んでいる気分でも状況でもないし、自分と一緒にいるともしかしたら巻き込んでしまうかもしれないという恐怖も少なからずあった。


 まあ、このまま遊びに行って神島との約束をすっぽかしたらどうなるか、文字通り火を見るより明らかだったので、石川達の誘いに乗るなど、もとより選択肢にすらならない。


 駅に到着するとまずは券売機の前で路線図を見ながら料金を確認する。

 悠馬の家とは反対方向にあるので残念ながら定期は使えない。


 指定された駅はここから4駅先にあるようだ。


(450円か。ちょっと痛いなー)


 本当に小遣いがピンチだったのだが、行かない訳にもいかない。

 それでもちょっと悩んでから料金を支払い、構内へと進んでいく。


 昼前という微妙な時間だったので人影は疎らだった。 

 ホームに到着してすぐに電車がやってきたのでそのまま乗り込む。

 席は幾つか空いていたが、なんとなく座る気になれなくて、扉の隅に立って外の景色を眺める事にした。

 神島が少し離れたところから護衛をしてくれているはずだったが、悠馬の視界にはその姿を捉えることはできず、少し不安になる。


 その不安からか、目の前のあまり見覚えのない景色が過ぎていくのを見ながら、遊びに誘ってくれた友達の顔を思い出していた。


 何の危機感もなく、自分の命が無くなるかもしれないなんて考えた事も無い無邪気な目。

 つい先日まで自分も同じ目をしていたはずだ。


 しかし悠馬は知ってしまった。

 命など簡単に消えてしまう世界がすぐ傍にある事。

 そして自分と同い年の少女がそんな世界で生きている事を。

 悠馬は神島が自分に向けた優しくて寂しそうな表情の意味が、少しわかったような気がした。


 そうこうしているうちに、目的の駅に悠馬を乗せた電車が到着した。

 駅から出ると正面には大きなロータリーがあり、バスや客待ちのタクシーが並んでいる。

 その周りは広場になっていて陽炎が立ち上るほどの孟夏の炎天下にもかかわらず、大勢の人でごった返していた。


 悠馬と同じ夏休みを迎えた学生や、ネクタイを緩めながら恨めしそうな目で太陽を見上げるサラリーマン、磨き上げた技で人々を魅了する大道芸人など色々な人が犇めき合っている。


(相変わらず人が多い所だなー)


 その街は悠馬の暮らしている県内で最も大きな都市なのだが、人ごみが苦手な悠馬は滅多に来ることが無い街だった。


 その人ごみに酔いそうになりながら神島の姿を探すが、どうにも見つからない。

 するといきなり後ろから耳元に神島の声が響いた。


「きょろきょろしてないで私の後をちょっと距離を開けて付いてきて」


 そう言うと、神島がふわりと悠馬の前に現れ、そのまますたすたと人ごみを掻き分けて進んでいく。

 学校から直接来ているので神島は制服のままだったが、いつのまにか髪の毛はポニーテールに括られていた。

 慌てて悠馬が少し後ろから、見失わないように必死に後を追う。


 蝉の鳴き声と人ごみによって増し加えられた夏の暑さが、不安げに歩く少年に容赦なく襲いかかる。

 律儀に強烈な熱を送り続ける太陽に根負けしそうになった頃、神島の足が止まった。


 悠馬も足を止め、目の前の建物を見上げる。


 それは黒を基調とした13階建ての立派なビルだった。

 建物の周りを大きな広葉樹が囲っていて、幾人かの人影が入り口から出入りしている。

 その入り口に置かれている大きな石碑を見ると○○県庁と掘り込んであった。


 再び神島が入り口に向かって歩き出し、迷うことなく建物の中にすたすたと入っていく。

 県庁という言葉にビビリながらも、神島とはぐれるという最悪の事態を回避すべく、軽く背中を曲げて小さくなりながら神島の後を追う。


 二重の自動ドアをくぐると、よく効いた冷房のさわやかな風が悠馬を迎えてくれた。

 中は広いロビーとなっており、正面に3台のエレベーターが並んでいるエレベーターホール、その横には大きなカウンターがずーっと並んでいて職員やビジネスマン達が忙しそうに動き回っていた。

 神島は歩く速度を落とすことなくロビーを突っ切り、そのままエレベーターホールの脇にある廊下へと歩みを進める。


 出納局管理課、会計課、審査・指導課といったプレートが掲げられた部屋の前を素通りして、どんどん奥へと進んでいく。


 このあたりになるといつのまにか人気がまったく無くなっていた。

 ついに廊下の突き当りまでやって来ると、そこには1台の何の変哲も無いエレベーターがあった。


 神島が上向きのボタンを押す。

 エレベーターはこの階に停まっていたようで、すぐに扉が開いた。


「乗って」


 先に乗り込んだ神島が手招きをしている。

 悠馬が乗り込むと神島はすかさず階の指定ボタンではなく、『閉』のボタンを素早く3回押した。

 ボタンの指示通り扉が閉まると、神島がボタンとボタンの間の何もないところに、親指の腹を押し当てる。

 ピピッという電子音の後、1から9までのボタンが点灯した。


 神島が手早く数字のボタンを押していく。

 おそらくパスワードになっているのだろう。

 神島が数字を入力し終えると、かすかな振動と共に、エレベーターが降下を始めた。


「!?」


 おかしい、表示を見ると地下2階までしかないようだが、表示が地下2階になってもまだ降下を続けている。


「私たちは公式には存在しない組織ってことになってるの。だからこんな仕掛けが必要になるのよ」


 神島の説明が終わるのと同時にエレベーターが停止して扉が開く。


「ここが宮内庁内部部局、特殊能力対策室の分室の一つ、私の職場ってわけ」


 そこはたくさんのデスクが並んだ、一見すると普通の会社のオフィスのようだった。


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