自己紹介
「それじゃ俺もなにか能力を使えるようになったって事なのか?」
「電話でも聞いたけど、何か体に変化はない? 今までの意識とズレが生じている事とか」
そう言われて改めて体を動かしたり、頭の中で色々考えてみる。
「いや、やっぱり何も変わっていない気がする」
「そう」
すこしほっとした表情を浮かべる神島。
「珍しいパターンだけど、どうやらなにも能力は生まれなかったみたいね」
「えーまじかよ」
自分も人と違う特殊な能力を使えるようになったのかもしれないと、実は結構、大きな期待を抱いていた悠馬はあからさまにがっかりした態度を示す。
そんな悠馬をみて神島が少しきつい口調になった。
「生きていただけでもラッキーなんだよ」
え? 悠馬が真剣な神島の声につられて顔を上げ聞き入る。
「トライアルを打たれて生きていられる確率は10万分の1。ほとんどの人が、絶えがたい苦痛の中で命を落とすんだよ」
サーっと悠馬は頭から血が引いていく音が聞こえる気がした。
「だから生きていただけでラッキーなんだよ」
「まじかよ。俺、死んでたかもしれないんだ……」
むしろ助かったのが奇跡なんだ。
能力が使えるようになったかもしれないという浮かれた気分は一気に吹っ飛び、体全体が小刻みに震えだす。
自分の身に起きた事の重大さを今更ながらにかみ締める。
「なんだってそんな物が俺に? 普通に出回ってる物じゃないんだろ?」
「問題はそこなの。片瀬君、その薬を君に打ったのはどんな奴だった?」
「スーツを着たサラリーマンだった。顔は知らない奴だったけど、でもアイツの目は覚えている。浄水場で神島達が出てくる前に、1人飛び出してきた奴がいたんだ。顔はマスクみたいなのでわからなかったが、目だけははっきり覚えている。間違いないと思う。俺に薬を打ったのはアイツだ」
ほとんど確実に死ぬような物を、平気で打ってきた男への恐怖と怒りが、悠馬の心の中で混じりあっていく。
「やっぱりあいつが絡んどったんか」
いつの間にか悠馬の近くに座っていた浮島が、難しそうな顔で考え込んでいる。
「そうなると、水使い自身も予想通りトライアルでうまれたギフトホルダーの線で間違いあらへんな」
「どこで手に入れたのかってのもあるけど、さし当たってはなぜ片瀬君に打ったのかって事の方が問題よね。片瀬君、注射を打たれたときに何か言われた?」
目を閉じて、あの時の状況を思い浮かべてみる。
「うーん、いきなり打たれたからなぁ、その後、すぐ体がバラバラになりそうな痛みで気絶しちまったし。……そういや、選ばれるかどうかなんて言っていたな」
なんだかその後、気になるような事を言っていた様な気がするが、どうしても思い出せない。
「そう。特にヒントにはなりそうもないわね。まあ、自分の目的を正直にペラペラしゃべるわけないか」
神島が腰掛けていたベッドから立ち上がり、ポケットから携帯を取り出しながら部屋の出口に向かう。
「ちょっと室長に報告してくるわ」
神島が部屋から出て行って知り合いが居なくなってしまったので、悠馬はなんとなく居心地が悪くなり、胡坐を組みなおしてみたりする。
その雰囲気を察した浮島が、悠馬に話しかけてきた。
「しっかし少年、災難やったなー」
「は、はあ……ええと……」
「ああ、自己紹介がまだやったな。ワイの名前は浮島頌栄。ぴっちぴちの23才や。頌さんでも頌様でも好きな呼び方でええよ。彩音はウッキーってよんどるわ。サルみたいでワイはいややねんけどな」
「俺の名前は天宝院ジョシュアだ」
人差し指でサングラスを持ち上げながらジョシュアも自己紹介する。
部屋の中でもサングラス外さないんだと思いつつ、もっと大きな疑問を素直に口にする。
「ペンネームかなにかですか?」
「あははははは、そう思うやろ少年? でもこれが本名やったりするんよ」
てっきり名前も格好をつけて勝手に名乗っているものだとばかり思っていた。
「す、すみません」
「気にしなくていいぞ。俺の親父がイギリス人でな。婿に入ったから苗字が天宝院なんだ。母親は俺の名前を日本人らしい名前にしたかったようだが、金髪でイギリスの血が濃く出ていたから親父が、無理やりジョシュアに決めたそうだ」
ちょっと怖い人かな? と悠馬は勝手に想像していたが、案外話してみると優しそうな人だった。
「ええと、もう知っているかもしれないですけど俺の名前は片瀬悠馬です。東雲高校の2年の普通の高校生です」
「まあ、もう普通の高校生とはいえんかもしれんなー。空も飛んだし。またとびとうなったら格安でいつでもとばしたるでー」
「心の底から遠慮します」
「つれないなー」
まるで面白い玩具を見つけた少年のような笑みを浮かべる浮島。
「そういえば、浮島さんは23歳なんですよね?」
「せやで」
で、と視線をジョシュアに向ける。
「天宝院さんは何歳なんですか?」
悠馬の問いを受けて、またサングラスを直しながら答える。
「ジョシュでいいぞ。みんなそう呼んでいる。ちなみに俺は22歳だ」
サングラスで隠しているのではっきりと顔が見えていたわけではなかったのだが、雰囲気などから30手前ぐらいを予想していたので、ちょっと意外だった。
外人の血が入っているのもあるのかもしれない。
「ということは、やっぱり神島が一番年下なんですね」
「せやけど、それがどないしたん?」
「いや、一番年下なのにリーダーなんだなーって思って」
悠馬の言葉を聴いて、2人がキョトンとする。
「あれ? 俺なんか変なこと言いました?」
「ああ、わりぃ。別に彩音がリーダーなわけやないんやで」
「まあ確かに、傍から見れば、そう見えるかもしれないな」
「違うんですか?」
「んーワイら、特に誰がリーダーかなんて決めとらへんしなー。ただ、彩音、あの性格やろ?だからなんとなくアイツが仕切る感じになるねん」
なるほどー、と答えながら、悠馬はこの3人の関係に、単なる仕事仲間という以上の暖かいものを感じてなんだかうれしくなっていた。
「そういや、性格といえば」
浮島が悠馬の方にずいっと乗り出して、いたずらっ子のような目で見つめてきた。
「学校の彩音と、今の彩音の違いにびっくりせーへんかった?」
「びっくりどころの話じゃないですよー」
正直、今も本当に同一人物なのか疑っています、などと会話を続けていると、当の神島が部屋に戻ってきた。
「お待たせ。ん? なんだか随分仲良くなったのね。」
まあねーと浮島がニヤニヤしながら答える。
悠馬はなんとなく神島に視線を合わせづらくて視線を泳がせている。
「それで? 室長は何と言っていたんだ?」
えーと、とジョシュアに催促された神島が報告を始めた。
「水使いの目的が分からない以上、片瀬君の監視を兼ねて護衛する必要があるって事になったわ。と言う訳で、水使いを逮捕するまでしばらく私たちと一緒に動いてもらうわよ。もう夏休みに入るしちょうどいいでしょ?」
あんな人の命をなんとも思っていない奴にまた襲われるかもしれないなんて、考えただけで背筋が寒くなる。
この申し出は悠馬にとってもありがたかった。
「分かった」
「それじゃ、明日は終業式だから、終わったらそのまま私と一緒に対策室に行ってもらうわね。本当に能力が発現していないかとか詳しく調べさせてもらうわ」
それが結論となり、今日はこれで解散することとなった。
全員で牧師館の外に出ると、浮島が嬉しそうにスクワットを始めた。
一応、尋ねてみる。
「ええと、なんの準備をされておられるんでしょうか?」
「今度はもっとたこう飛んだろうと思ってな。少年もさっきと同じやったら飽きるやろ?」
予想通りの答えが返ってきた。いや予想よりも悪くなっている。
「いや、そんな気を使ってもらわなくても! それにおじいちゃんの遺言で空を飛ぶのは一日一回までっと言われているんです! ……そうだ!! 歩いて、歩いて帰ります!」
「少年のじいちゃん死んどらんやん」
「なぜそれを知っている!!」
最早、敬語を使う余裕さえなくなった悠馬を見かねて、ジュシュが助け舟を出す。
「頌栄、それくらいにしておけ。片瀬君、俺の車で送ってあげよう」
「ジョシュさん……」
地獄に仏とはまさにこう言う事なのか、と涙目でジョシュアを見つめる。
ジョシュアの車はすぐ傍に停めてあった。
悠馬は勧められるままに助手席に乗り込み、シートベルトを締める。
からかいがいのある子やー、とか言いながら浮島も車に乗り込んできた。
「それじゃ、明日また学校で」
そう言うと神島は教会の裏手に向かって歩き出した。
そちらから出たほうが神島の家に近いそうだ。
「それじゃあ行こうか」
ジョシュアがキーを廻し、エンジンに火を入れる。
慣れた手つきでギアをローに入れ、クラッチをつなぐと車がゆっくりと走りだした。
マニュアルの車に乗った事のない悠馬の目には、それはとても新鮮な光景に映った。
そのまま教会の正門を抜けて、ジョシュアの車は夜の街へと軽快に飛び出していく。
「ジョシュさん。ありがとうございます」
「気にするな。これも任務の内だ」
あと、とジョシュアが続ける。
「敬語じゃなくていいぞ。どうも敬語で話されると落ち着かないんだ」
「せやせや、一時的とはいえ、しばらく一緒に動く仲間やん。無礼講でいこうや」
ちょっと気が引けるが、彼らがそういうなら仕方がない。
「わかり……った」
そのまま3人を乗せた車は何事もなく悠馬の家に到着した。
家族に内緒で出てきたので玄関から入るわけにもいかず、今度はジョシュアの力を借りて再び2階の自分の部屋に戻る。
浮島の力と違い、まるで羽根になったかのようにふわりと浮かび上がり、音もなくベランダに着地する様を見て、やっぱりこの人も普通ではない力を持っているんだと痛感する。
悠馬を送り届けるとジョシュアは再び車に戻って行った。
そのまま2人は自分の護衛として家の外で待機してくれるらしい。
そんな状況で自分だけ暢気に寝るのは気が引けたが、これまでの人生で経験した事がない出来事が嵐のように襲ってきたせいで、体力はもうほとんど残っておらず、悠馬はベッドに倒れこむなりすぐに安らかな寝息を立てて夢の中へと落ちていった。




