ギフト
時間にすれば5分とかかっていないが、悠馬にとっては無限に思えるジャンピング地獄の果てにたどり着いたのは、隣町にある教会だった。
住宅地のど真ん中に建っているので周りの同じような形で量産されたいかにも建売です、という家々の中でかなり浮いていて、そこだけ異国情緒ただよう雰囲気に包まれていた。
(普通じゃねえ! どこの世界にあんなジャンプが出来る人間がいるんだ!? オリンピックの金とかってレベルじゃねーぞ。……俺、生きて帰れるんだろうか?)
へろへろになりながら、自分の身を案じていた悠馬が連れて行かれたのは、大きな尖塔の先に十字架が付いている礼拝堂ではなく、その横に隣接して建っている牧師館だった。
「こっちやでー」
案内された部屋は8畳ほどの、白を基調としたシンプルな部屋だった。
家具はほとんどなく、部屋の中心に小さなローテーブル、後はベッドがあるだけだった。
すべて黒で統一されている。
「いらっしゃい」
ベッドにポニーテール姿の神島が腰掛けていた。
「……」
奥にある窓の横にもたれ掛りながら、両腕を組んでいるジョシュアは無言で悠馬を見つめている。
(たしかこの人、ボロボロになっていた人だよな)
ジャンプの後遺症のせいでおぼつかない足取りで部屋へと入っていく。
「適当なところに座ってね」
言われた通り、適当にテーブルの脇を選んで座り込む。
毛足の長い絨毯のおかげで、座り心地は悪くない。
「あらためてようこそ。ここが私達の秘密基地よ」
「違う。ここは俺の部屋だ。勝手に基地にするな」
ジョシュアが強く否定する。
「いいじゃん別に。そろそろ明け渡しなさいよー」
「いや、言っている意味がわからん」
「ま、それは置いといて」
まだ何か言いたげなジョシュアを無視して、神島が真面目な視線に切り替えて悠馬を真っ直ぐに見つめてきた。
「ここまで来てもらった説明をするわね」
なんとなく姿勢を正して背筋を伸ばす悠馬。
「電話でも言った通り、状況が変わったの」
一呼吸置いて神島が続ける。
「片瀬君、今日、何かを注射されたでしょ?」
「──!! なんで知ってるんだ!?」
「一応、片瀬君に関する情報は入ってくる仕組みになっているの。もちろん監視の意味でね。それであなたが病院に担ぎ込まれた連絡を受けて、私が急行してギフトイーター権限であなたの症状を公式記録には熱中症にしてもらったの」
「なんでそんな事を……」
「あなたに打たれた薬が、世間に知られる訳にはいかない物だからよ」
思わず口の中にたまっていた唾をごくりと飲む。
「……一体、なんの薬を打たれたんだ?」
「神の試練」
初めて聞く名前だった。
「なんだよそれ?」
「簡単に言うと私達のような、本来、人が持たざる力を持つ者を作り出す薬よ」
神島が実演をするかのように、手の平の上に火を生み出してみせる。
悠馬は一度、神島の炎の刀を見ていた。
だがその時は頭が混乱していたせいか、思い出してもまるで夢の中のような、現実感のない物に思えていた。
しかし、改めて目の前で生み出された炎は、紛れも無く悠馬の目の前で、圧倒的な存在感を示すようにゆらゆらと揺らめきながら手の平の上で燃えていた。
それは神島が、普通の人間ではないことを雄弁に物語っている。
「その炎といい、そこのジャンプ男といい、一体お前らなんなんだよ!? 超能力者ってヤツか?」
「まあ、間違いではないんだけどね。詳しく説明するとちょっと長くなるけどいい?」
悠馬が無言で頷く。
「それじゃまず、量子力学って知ってる?」
「知らない」
即答した悠馬を見て、神島が髪の毛を掻き揚げながら片目をつぶりつつ話を続ける。
「そうね誤解を恐れずに一言で言うと、世界のすべては確率によって決まっているという説なの」
「どういうことだ?」
「量子力学を確立したのがハイゼンベルグとシュレディンガーって人なんだけど、そのシュレディンガーの有名な実験でシュレディンガーの猫っていうのがあるの」
神島が足を組み替えながら説明を続ける。
「その実験ってのが、放射性物質とそれが崩壊すると青酸カリのガスが出る装置の入った箱に猫を閉じ込めるっていう実験なの」
「なんか動物愛護団体にミサイル打ち込まれそうな実験だな」
「まあ、実際にする実験じゃなくて、あくまでも思考実験だし、実際には成立しない実験なんだけどね」
それで、と神島が続ける。
「放射性物質ってすっごく不安定で1秒後に崩壊することもあるし、1時間たっても崩壊しないこともあるの。それじゃここで問題! 30分後に箱を開けたとき、猫は生きているでしょうか?」
「そんなの開けてみなきゃわかんねーんじゃねーか?」
「正解! ということは、箱を開けるまで猫は生きているか、死んでいるか決まっていないって事になるの」
「????? だってガスが出た時点で、猫は箱を開ける前に死んでるんじゃねーのか?」
「じゃ、どうやってそれを確認するの?」
「それは箱を開けて……」
「と、言うことは、箱を開けない限り猫は生きているという可能性と、死んでいるという両方の可能性がずーっと続くってことにならない? 量子力学の考え方では、生きている猫と死んでいる猫の状態が、折り重なって続いているって考えられてるの。それで、箱を開けて観測された時、どちらかに事象が収束して、猫の生死が決まるって考え方」
「うーん、言っている事は判らなくもないけど、なんか胡散臭せー」
「でもその胡散臭い理論を元に、君が持っている携帯電話とかは作られているんだけどね」
そう言われるとなんか正しい気がしてくるから不思議だ。
「で、これが私達の能力とどう関係するかって話なんだけど、普通の人は、どんなに猫が生きている事を願っても、箱を開けたとき、猫が生きている世界を必ずしも観測することはできないの。……でももし、結果を自由に選択する事が出来る人間がいたら? 猫が生きていると願うだけで、その望む未来を手に入れることができるとしたら? そんな力を持ってしまったのが私たち神の賜物を与えられし者と呼ばれる者なの」
まあ私にとっては神の賜物どころか嫌がらせみたいな物だけどね、と神島が下を向きながらつぶやくように囁いた。
「……ちょっと待てよ? もしそれが本当だとしたら、望む結果を自由に選べるって、ほとんど神様レベルじゃねえか!?」
「すべての事象を観測して決定することができるならね。でもそのためには凄まじい量の情報を同時に処理する必要があるの。どんなに優秀な人間でも、とても不可能よ。だから私たちが扱える能力はせいぜい一つか二つ。わたしは炎を操る事しかできないし……」
神島が浮島に視線を走らせる。
「ワイは自分の体を強化することができるねん」
暇つぶしに机の上にあったPCをいじっていた浮島が、神島の視線を受けて答える。
待てこら、俺のPCでワンクリック詐欺サイトのボタン連打してんじゃねえ! と浮島を羽交い絞めにしようとしながら、律儀にジョシュアが続ける。
「俺の能力は、この世にあるもの全てを等しく地面に縫い付ける重力、それを操る能にょくだ」
「にょく?」
「気にしないで。ジョシュは格好つけようとすると噛むの」
恥ずかしさのあまり、浮島を持ち上げて竹とんぼのようにクルクル回しているジョシュアを複雑な視線で見つめる。
その時、悠馬はとある事実に気が付いた。




