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扉を開く前に - 2
朝の光が、広間に差し込んでいた。
ヴェイルは、静かだった。
武器の点検音も、足音も、必要最低限。
皆、言葉にせずとも理解している。
今日、王宮へ向かう。
イリスは装備を整えながら、まだ夜の余韻を引きずっていた。
「……イリス様」
振り向くと、リオが立っていた。
鎧は身につけているが、剣は鞘に収まったまま。
「眠れましたか?」
「……少しだけ」
その答えに、リオはわずかに目を伏せる。
「もし……途中で、あなた様が立ち止まることがあったら……」
リオは一歩前に出て、片膝を地につけた。
騎士の礼。
そして、イリスの両手を、静かに取る。
「私は、待ちます」
「……待つ?」
「イリス様が、前へ進むと決めるまで」
昨夜のノクスとは、違う答え。
逃げろとは言わない。
引きずることもしない。
ただ、立ち止まる時間を許す声。
「……ありがとう、リオ」
「当然です」
少しだけ困ったように微笑み、
リオはイリスの手の甲に、そっと口づけた。
「私は、剣ですから」
「……剣?」
「振るうのは、イリス様です」
その言葉に、胸の奥が静かに定まる。
逃げ道はある。
背中を預ける場所もある。
イリスは、ゆっくり顔を上げた。
「行こうか」
「はい」
リオは立ち上がり、一歩下がって道を譲る。
その背中は、迷いなく前を向いていた。




