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王の子は世界と世界のあいだで鍵となる  作者: 眠瑠
エピソード13:扉を開く前に
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扉を開く前に - 1

ヴェイルの拠点は、珍しく静かだった。

いつもなら聞こえてくる誰かの足音や、ロイの軽い笑い声もない。

皆、分かっている。

明日、王宮へ向かうことを。

イリスは簡素な寝台に腰掛け、両手を膝の上で組んでいた。

指先が、わずかに震える。


「……王宮」


口にしただけで、胸が締め付けられた。


生まれて、育って、

そして“鍵”として扱われた場所。

そして、母の部屋。

時間が止まったような、あの空間。

セラと共に足を踏み入れた記憶が、鮮明に蘇る。


あそこに、扉がある。


知らなかった。

知らされていなかった。

自分が、世界を開くための存在だなんて。


「……私は……」


声が震える。

逃げたかったわけじゃない。

父を、憎みたくなかった。

けれど、母を利用し兄を消し、自分を道具にしようとした。

その事実から、もう目を逸らせない。


「……ノクス」


双子の兄。

同じ顔、同じ瞳。

それでも、まるで違う道を歩かされてきた存在。


私が、王宮に残された理由は……。


胸の奥が、ずきりと痛んだ。


「……ごめんなさい」


誰に向けた言葉なのか、分からないまま。


「……まだ起きてたのか」


低い声。

ノックはなかった。


「……ノクス。いくらなんでも、ノックくらいはして」


振り返ると、扉のそばに彼が立っていた。

仮面は外され、そこには同じ顔、同じ瞳。


「ごめん」

「……」


ノクスは距離を保ったまま、壁に背を預ける。


「明日だな」

「……あぁ」


短い沈黙が落ちる。


「鍵として使われるのが、怖いか?」

「……それも、怖い。でも」


イリスは、言葉を探した。


「一番怖いのは……私が、逃げたくなるかもしれないこと」


ノクスの視線が、わずかに鋭くなる。

やがて、ため息と共に歩み寄った。


「その時は、逃げればいい」

「……え?」

「逃げるな、なんて言わない」


淡々とした声。


「母さんも、逃げた」

「……」


喉が、かすかに鳴る。


「イリス。もし明日……」

「……」

「王宮で、足が止まったら」


ノクスは、はっきりと言った。


「俺が、連れ出す」

「……世界の、外へ?」

「そこまで行かなくていい。でも――」


一瞬、言葉を選ぶ。


「“王の娘”じゃなく、“俺の妹”としてなら、どこへでも行ける」


優しくて、残酷な言葉。


「……ノクス」

「どっちでもいい。俺は味方だ」


それだけ言い残し、ノクスは部屋を出ていった。

残されたイリスは、胸元を押さえ、静かに息を吐いた。

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