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記憶 - 7
逃げなければならない。
そう思った瞬間、胸の奥がひりつくように痛んだ。
石造りの廊下は夜気を孕み、足音がやけに大きく響く。
追われている、という自覚が、思考を鋭く研ぎ澄ませていく。
(……見つかれば、終わり)
背後で、かすかな金属音。
誰かが、扉を開けた音。
息を殺し、影に身を滑り込ませる。
(イリス……)
彼女の姿が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
エリオネは、ノクスを強く抱きしめ、非常用の通路へと入った。
そこは、使われていない、王宮の裏へと続く逃走経路。
この城にこういう場所があることを、エリオネは知っていた。
背後から、追手の声が聞こえた。
低く、抑えた声。
まだ、私がこの通路に入ったことには気づいていない。
通路の先を進むと、冷たい外気が肌を刺した。
一歩。
もう一歩。
立ち止まれば、心が折れてしまいそうだった。




