18.人でないモノ
して――
一夜明けて。
朝ご飯、その他諸々を澄ませた後、コウガのシングウ神社を後にした。
「またのお越しをお待ち申し上げております」
神官様方勢揃い。怖そうなおじさん達も沢山。大勢でお見送りにござる。
『私はここでお別れだ。フシミに戻る。元気でな、イオタ。とミウラの主』
「お元気で」
『わたしはついでですか?』
フシミの主が虹の輪をくぐって帰って行かれた。
して――
『旦那、帰りの道を決めておりませんでした。どうします? それとも一気に帰りますか?』
「一気は論外でござる。ミウラのことだ。幾つか候補を上げておるのだろう?」
『もちのロンでございます! 2つばかりあげておきました。まず1つ目は、ここコウガは、東海道の真上です。このまま東海道を使う正規の道でございます。カメヤマからヨッカイチへ抜ける道でございます』
「東海道をそのまま使う? ミウラにしては芸がないな」
『ははっ! そういう事もあろうかと、旦那好みのを2つ目として選んでおります』
ミウラはいつも二つ目に本命を持ってきおる。癖でござる。
『ここコウガのすぐそこに琵琶湖、オウミの海がございます。一度オウミの海側へ出て、オウミの海を横手に見ながら歩きます。ロッカク氏の居城、観音寺城を外から見学しつつ彦根へ。秀吉様が開いた長浜、今はイマハマですかな? の手前で東に折れ、関ヶ原を通りギフにでます。いわゆる中山道でございますな!』
「関ヶ原ッ! いま関ヶ原と申したか!?」
侍心にズンと突き刺さる、力ある言葉でござる!
『ホッホッホッ! 関ヶ原というお武家様ホイホイにガッツリ反応しましたね? そうです。戦国ウォー、関ヶ原。天下分け目の決戦場。神君家康公が天下を取った場所! あと大海人皇子もここで決戦した伝説の地でございます!』
「それ、決定でござるな、ふんす!」
神君家康公が戦った関ヶ原! あまたの武将達が天下と己の栄達を賭けて戦った聖なる戦場!
その近くまで来て寄らぬという手はないでござる!
「ミウラッ、でかした!」
ミウラの喉をカイグリカイグリして褒める。
『おおうふ! 旦那の指は性器でございます。おふぅ!」
村を貫く道に出て、谷沿いに北へ向かって歩く。まもなく川に突き当たる。川沿いの道を左に曲がり、川下へ、西へ向かって歩いていく。
しばし歩くとドンと景色が開ける。
「おおー!」
『あれ、琵琶湖、オウミの海でございますか? 対岸の山は、確かヒエイのお山』
オウミの海の湖面が鈍色に光っておるのがここから見える。やや高い場所でござるから、遠くまで見渡せる。海とはまた違った雄大な景色でござる! とくに向こう側に山が見える景観が素晴らしい。寿命が四十五日延びた気分でござる!
『わたしが一番!』
「あ、狡いぞミウラ!」
ミウラが撥ねるように走り出した。行き先はオウミの海でござる。先を越されてなるものか! 某も全力疾走に入った。
この辺りまで来ると人通りも多い。そこを神獣様となんか黒っぽい人影が、人の力を越えた速さで走っていくのでござる。そりゃびっくりするでござろう。ごめんなさい。
水辺にはほぼ同時に着いた。
「某が先でござった」
『いえいえ。早かったのはわたしですから』
などと他愛なくもめておったら、取り囲むように人の垣根ができておった。遠巻きにして。
「こほん!」
『げっほん!』
咳払いをして、体裁を整える。ミウラは水面を見ながら、それらしい顔をしてウンウンと頷いておる。
「ようございましたな、ミウラの主」
某も、それっぽい台詞を口にしてそれっぽい雰囲気を醸し出した。上手く誤魔化せたでござろうか?
「ミウラの主?」「あちらがスルガの!」、等々、ボソボソと話し声が聞こえてくる。どうやら上手く誤魔化せたようにござる。上手いこと言えた風な目をしたミウラと視線が絡まる。
「で、では、先を急ぎましょうぞ!」
ごく自然な雰囲気を纏い、この場を早く離れることを促す。
ミウラも右前足と右後ろ足を同時に出して、歩き始めた。
歩き始めると、某らの足は速い。あっというまに人垣が後ろの風景となった。
全く真っ平らな土地でござる。平らな部分は全て田んぼのようで、刈り取り後の茶色い稲ばかりが目に入る。
『この時代、日本屈指の稲作地帯ですからね。米は金、金は戦闘力の昨今、この地を治めるロッカク氏はスーパーパワーでございます』
後半の単語がよく分からぬが、超強い家がロッカク氏ということでござろう。
『超強い国は、高い確率でやこしくて面倒事に巻き込まれます。急ぎ抜けましょう』
「しかし、せっかくの風景が。初めての土地であるし」
『走りながら観光してください。超高速馬車の窓からでも眺めてるつもりで。それも風情でしょ?』
「そう言われれば風情に思えてきたでござる」
ニンジャの足並みの速さで風光明媚な湖畔を過ぎていく。
全く平らな地にも、所々、ぼこっ、ぼこっ、って感じの小山が生えておる。
山の天辺とか中腹とかに砦のようなのが沢山見える。それに、山の周囲にも城っぽいのが見えておる。
「あそこ! 斜め前の山! アレきっとロッカク氏の居城、観音寺城ですよ! この世界だとなんて呼ばれているのかな? 寺はないですし」
カンノンジ城でござるか。あまり聞いたことのない城でござるな。
『イオタさんの居た時代じゃ、ロッカク氏はほぼ滅んでますから。信長公にアレされてますので。そうですね、安土城も確かこの辺だったはず?』
「アヅチ城?」
『ああっ、そうか江戸時代か! 信長公が最後に建てた、でっついお城です。本能寺の変の際、どさくさで燃えてしまいましたが。この世界じゃどうなるんだろ? ノブっち』
……そういう事でござるな、ふんふんふん。
仮名カンノンジ城が見えなくなるまで走ったところで休憩でござる。
湖畔でお弁当を広げてパクついていた。
『さてと、そろそろの筈ですが、道路標識が見あたりませんね。イオタの旦那、そこら辺の人を捕まえて、ここが何処か聞いてください。彦根辺りならいいんですが、長浜、じゃなくてイマハマまで来てたら行きすぎです』
適当な通行人を捕まえて、場所を聞いた。
「へぇぇぇ、こ、ここここはヒコネでっす。セキガハラ? セッ、セキガハラなら、もうちょっと行った先の辻を右に! 殺さないで! 食べないで! ひぃぃ!」
頭から喰われるんじゃないかと思っていそうな男が、親切丁寧に教えてくれた。
して――
山を越え丘を越え、山の中の道『たぶん中山道ですね』を歩く。いくつめかの峠を越えて下っていったら、ブワリと視界が開けた。盆地っぽい、場所でござる。
三方を山に囲まれた盆地っぽい平野部でござる。
『もしやここが関ヶ原では?』
「おおおおー!」
某、興奮のあまり収納から槍を取り出し、腰だめに構えてしもうた。
「もうし! そこのお方!」
「へい、ひえぇい!」
「ここは、関ヶ原でござるかな?」
「そうでございます! 命ばかりはお助けを!」
あ、いかん、そこの人と言いながら、指で指す代わりに槍の穂先を向けておった。
手近な人は走って逃げていった。悪い噂が立たねば良いが。
――今から思い返せば、槍を収納から取り出したののも、今回の度に槍を持ってきたのも、この時のためだったのかもしれぬ――
『桃配山は正面の、あれじゃないんですか?』
「家康公本陣でござる! では松尾山は……南側のあの山!?」
『確か山内一豊は後ろ配備だったから、あの向こうかな? 不破の関はあの向こうら辺?』
「歴史でござる! 今、歴史が動いた!」
『正確には、これから動く予定です。なにも変革を起こさなければッ!』
興奮のあまり、それが近くまで忍び寄っていたことに気付くのが遅れた。
その、圧倒的な気配に、俊足で振り向き様、槍を構える。
ミウラも跳びはねて、魔力か神力かを纏う。
「ふふん、目はあるようだね」
人の見てくれをした、人でないモノが、目らしきモノで我らを見ていた。
次話で「二年目の神無月」編の最終回となります。
よろしくお願いします。




