最終話 少女と仲間とありったけの全部
〇フソウ ドーム都市 居住区画 避難先大病院
ドーム都市の町並みは崩壊していた。最後の砦としてそびえる大病院には、避難民とけが人がひしめき合っている。その視線は一点に注目していた。
みなの注目を集めるのは、シノビを思わせる細身のフウマ型人戦機。中には当代最強と言われるセゴエ=タイシが登場している。
王者に相対するのはサクラダ警備の四機。互いが至近距離限定通信を開いている。アオイの通信ウィンドウが、イワオの鷹のような鋭い双眸を移した。
「アオイ、覚えているか」
「何をですか?」
「ワシと都市でテロリストを止めたときだ」
「もちろんです。この作戦も、あの時をヒントにしています」
ソウとイワオと人型重機に乗り込み、暴漢を止めたことが随分と昔に思えた。
「ならば覚えているか。あの後にワシが言ったことを」
「言ったこと?」
「後先を考えているか、と」
ナイフで切ったような鋭い瞳が向けられた。刃物を突きつけられたように、息が詰まる。
「あの時は考えていなかったな。今はどうだ」
「……考えています。どうなるか」
「そのうえで、最後の一手を伏せるのだな」
「はい」
思わず、手を握りしめる。緊張の汗が、手のひらを滑る。
「……分かった。アオイ」
「なんでしょう」
「すまない。ワシの代わりに、最後の詰めを頼む」
鷲の眼が疲れに濁る。謝罪の言葉を聞いて、相棒の口癖を思い出した。口の中で出掛かった言葉を転がす。
「それより、これからを」
これから。これから相手するセゴエを見る。
(もしかしたら、二度と人戦機に乗れないかも知れない……)
最後の一手には、代償が必要だ。
(でも、思いついちゃった。なら)
やらないという選択肢は、もう選べない。なぜなら。
(ボクにできることを、できること全部を。そう決めたから)
通信ウィンドウに映る面々を見る。イワオ、シノブ、そしていつも捨て身の相棒。切れ長の三白眼を見ると、熱い血が身体いっぱいに押し込まれたように感じた。
「行きましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
歩みを進めるフウマ型のコックピットでセゴエがゴーグルモニターを見ている。精悍な顔に不似合いな少年の瞳が、モニターの光を反射していた。その輝きは、おもちゃを見るような期待の光にも似ていた。
「決まったようだな。じゃあ、行くぜ」
セゴエのつぶやきが、そのまま戦いの幕開けとなった。
サクラダ警備の四機が散開する。少年のような瞳が、鋭く光る。
「囲んで叩くってのはまぁ、常道だよな。んで、銃持ちは師匠と気弱ちゃんか」
軽機関銃を構えたシドウ一式が、銃口を向けようとする。その後ろにはもう一機のシドウ一式が控えている。
「気弱ちゃんと、ヨウコが言ってた少年か。格闘戦が得意。近づかれないための布陣って訳だ」
そして、軽機関銃が火を吹く。
「遅いね」
しかし、セゴエは既に偏向推進翼を吹かしていた。光条を置き去りにして、フウマが跳んだ。動きは人型兵器とは思えない。野生生物のようなしなやかさで、戦場を縫うように走る。
「さて、師匠は」
常人なら吐き気に襲われるほどに、目まぐるしくモニターが動く。乱流のような視界で、セゴエが獲物を物色する。並の動体視力では掠れた影にしか見えない機影を、セゴエは見逃さなかった。
「師匠はあそこか。銃は抜いているが」
ファルケも狙撃銃を抜いていた。しかし、銃口は上空を向いている。
「なるほど。俺じゃなくてか!」
間違いなく天使型を狙っている。人一倍と言われる勘が、そうささやいた。
「アレの価値を! 俺達の優先順位を! お見通しとは恐れ入るぜ!」
一発二発なら天使型攻性獣も耐えられるだろうが、万が一もある。叩かないという手はない。
「出力最大!」
ごぅ、と背中の偏向推進翼がきらめく。突き飛ばされたような加速度が、セゴエの全身を襲った。しかし、セゴエは微塵もひるまない。
「飛ばすぜ!」
上空へ狙撃銃を構えるファルケへ、一直線に向かおうとした時だった。進路に、銀色の水たまりが出来ている。それは、損傷した熱交換配管から漏れ出た、極比熱流体だった。
足を踏み込めば、蓄えられた熱により筋肉状駆動機構が損傷を起こすだろう。
「きっちり邪魔を置いてくる! さすが十手読み!」
ファルケに乗る老兵に賛辞を送る。なんでも利用して、最大限の有利を狙う。少しでも技を盗もうとした先達のやり方だった。
「それなら!」
極比熱流体の水たまりの一歩手前で、グッと足に力を込めるイメージを送る。フウマが屈した。
「やらせねえ!」
叫ぶ気合とともに、フウマが跳んだ。極比熱流体を軽々と跳び越える勢いだった。
ファルケの狙撃銃がフウマの足元を向いた。
「なに?」
ファルケが発砲。同時に、水しぶきが飛び散った。
「消火栓を撃ち抜いた!?」
水を高温の極比熱流体が混じり合い、あっという間に蒸気となった。視界が、見る間に白く曇る。
「目眩まし! やるねぇ」
直後、頭上でボンと弾ける音がする。
「何だ?」
着地して顔を上げると、視界にはもや以外はなにも映っていない。
「この濃さ。水蒸気だけじゃない」
先ほど頭上で爆ぜた音を思い出す。
「スモークグレネードも重ねたか。視界を隠した瞬間に射出したな」
ほぼ見えない。開けた場所だからすぐに晴れるだろう。しかしサクラダ警備のメンバーは、待っている隙を逃すような練度ではない。
「とっとと、逃げるか!」
そう言って足に力を込めようとしたときだった。モヤの奥に、何かが霞んだ。
「ち! 早い! 流石じゃねえか!」
水蒸気とスモークを突き破り、サーバルが躍り出る。そのまま、ナイフの刺突を繰り出した。
「ま、来るのはなんとなく分かってた!」
セゴエの瞳が鋭さを増すと、フウマ型が上体を半身に逸らす。胸部のすぐ横を、電撃ナイフが過ぎていった。
「甘いんだよな!」
ナイフを持つ手首をフウマが掴んだ。その瞬間、サーバルが、ぐるんと宙を舞う。合気の達人のようは、軽やかな技だった。刺突の勢いをそのままに、サーバルが弧を描いて飛んでいく。
「残念だった――」
しかし、サーバルが居たところへ、シドウ一式が駆けてきた。
「へぇ! すぐ後ろに! 二段構えか!」
セゴエの視線が、前腕の手榴弾コンテナを見た。
「この装備は、少年だったか?」
たしか、格闘戦で腕の立つ少年だったと聞いている。シドウ一式が腕を後ろに振りかぶりながら、駆けてくる。
「パンチ狙いがバレバレだなぁ」
セゴエが余裕と共につぶやいた。顔には微塵の焦りも見られない。フウマもゆったりと構えている。
対するシドウ一式が、偏向推進翼を展開して跳んだ。フウマが見上げる。
「悪手だろ、そりゃ」
フウマが立ち位置を微調整して、待ち構えた。そして、シドウは見え見えの突きを繰り出す。
「ん?」
そこで、セゴエが疑問の声。
ごく自然にシドウのパンチを避けて、差し出された手首を掴もうとする。その様子は、洗練されて、流れるようだった。一方で、セゴエの顔は疑問に歪む。
「これ、本当に少年か?」
シドウが繰り出したパンチには、あまりにもキレがない。
「まるっきり女の子の――」
そこまで考えて、セゴエが眉根を潜めた。
「これ、アオイちゃん?」
今にもフウマの手が、シドウの手首を掴もうとしている。セゴエの動体視力は、一連の技をずっと追っている。
「なんか、ヤバい?」
卓越した動体視力が、シドウの腕を見て、手榴弾が収まっている前腕コンテナへ釘付けとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シドウ一式のコックピットにはアオイが座っていた。ゴーグルモニターには、自機の腕を掴もうとしているフウマが映る。
「来た!」
モニターの端に映る、手榴弾のアイコンへ視線を移す。セゴエ機が煙幕に包まれたときに、ソウから受け取った手榴弾だ。セゴエに攻撃を当てるチャンスはそう多くはない。
「読み通り!」
残数は一個。
セゴエの機動力と洞察力では、投擲しようと思った瞬間に回避される可能性が高い。煙に包めば投げた事自体はバレないが、シノブのエコーロケーションを使ってもソウに位置を正確には伝えられない。
確実にセゴエへ当てる方法は、これしか思い浮かばなかった。
「時限信管! 一秒後!」
「危険。自機損傷の恐れ――」
つまり、自爆特攻。
「いいから! やれぇ!」
同時に、セゴエ機がモニターに映る自機手首を掴む。そのまま、ぐるりと視界が回った。
「ボクの全部を!」
カウントがゼロになる。
「くらえぇぇぇ!」
直後、閃光が視界を焼いた。爆音が鼓膜を叩き、衝撃が突き抜ける。
「ぐぅぅ!?」
蹴り飛ばされたような痛みが全身を襲い、轟音と共に回転する機体の中で脳と意識がぐちゃぐちゃにかき回された。
廻り、霞み、暗くなる視界にフウマが見える。バクバクとうるさい心臓の音の向こうで、セゴエが何かを言った。
「まじか。信じれらねぇ。装甲が厚いシドウだからって」
爆風が煙幕を吹き飛ばし、フウマが見えた。装甲は爆破で大半が吹き飛んでいた。
「まさか、飛びかかって空中で爆発させたのも、コンテナで威力を殺したのも、地面を壊さず俺だけを狙うため……? キレすぎじゃねえか」
仕留めきれなかった。けど、それも想定内だった。
「……ソウ! いま!」
浅く、暴れる呼吸の中、なんとか絞り出した声。相棒が、ソウ機が自機のすぐ後ろについてきている。
「アオイ! 大丈夫――」
今にも正気を失いそうな意識を無理矢理に固めて叫ぶ。
「いいから! セゴエさんを! 今のうちに!」
そう言ってフウマを見ると、既にこちらを見て構えを取っていた。片腕の装甲は吹き飛んで筋肉状駆動機構も所々ちぎれている。
しかし、プレッシャーに変わりは無かった。崩れた体勢は既に立て直され、構えに隙はない。
「しまった!?」
ソウが、失態を悟る。
「もう、チャンスが――」
「お前たち、よくやった」
割って入ったのはイワオの声と――
「フウマが!?」
フウマの頭部装甲が吹き飛んだ。
「師匠か!?」
いつもは冷静沈着なイワオの声に、かすかな不敵さが混じる。
「狙撃、成功だな」
イワオが晴れやかに呟く。
「変わるのは素晴らしいな。仲間と組めば、天才に一撃を加えられる」
体勢が崩れたフウマへ向かい、ソウ機が駆けるのが見えた。今にも弾けそうな心臓を押さえつけて、ありったけの声を張り上げる。
「ソウ! いっけぇぇぇ!」
ソウ機が全力を込めて駆ける。
「オレの! いや!」
勢いのまま、屈し跳ねた。
「オレとアオイの全部を!」
そして、空中で飛び蹴りの構えを見せる。
「くらえぇぇぇ!」
慣性と、意地と、魂を纏った全力の蹴りを突き立てた。
「ぐぉ!?」
フウマ機がくの字に折れ曲がった。蹴りを突き立てたままソウが吠える。
「偏向推進翼、出力全開!」
蹴りを突き立てたまま、輝く粒子がシドウの背中から吹き上がる。一筋の彗星が、真一文字に翔んでいく。
「くそ!」
はじめは踏ん張っていたフウマが
「うおぉぉぉ!」
とうとう後ろへ倒れ込んだ。
「まだ! まだだ!」
しかし、ソウ機は止まらない。フウマを轢きながら、更に飛ぶ。凄まじい音を立てて、フウマの背面から火花が散った。火花と偏向推進翼。二条の光が尾を曳いて、ビルへと向かう。
そのまま、二機揃ってビルへと突っ込み、轟音と共に粉塵を上げた。
「ソウ……!? どうなったの!?」
瓦礫から立ち上る粉塵を割って、ソウ機が飛び退いてきた。機体は健在だ。
「さすがソウ!」
しかし、ソウ機はじっと構えたままだった。何も終わってないと、その背中が言っていた。
「……ソウ?」
ソウ機がグッと腰を落とす。シドウの視覚センサーが見つめる先から、フウマが躍り出た。
「いやぁ、さすがサクラダ警備だ。この特式機体じゃなきゃ、やばかった」
「まだ動けるの……!?」
フウマがこちらを見た。
「もちろんだ」
一見すると、装甲はあちこち剥がれ落ち、筋肉状駆動機構が露出している。通信ウィンドウ内のイワオが、眼光を輝かせた。
「強がりだな」
「本当ですって、師匠。嘘が下手なの、知ってるでしょう?」
一方で、セゴエの口調は軽いままだった。イワオの顔に緊張が走る。
「仕方ない。奥の手、使っちゃいますか。アクチュエータ活性、フェーズ2」
なんのことだと思っていると、露出している筋肉状駆動機構が、ドクンと音を立てた。毒々しい緑から黄へ、色調を変えていく。
「あの黄色、まるで」
その鮮やかな黄色には見覚えがあった。
「攻性獣……みたい」
人のような天使型攻性獣に、攻性獣のような人戦機。立て続けに目撃した予想外に、理解が追いつかない。
自分の知らないところで何が起きているのか。今まで立っていたしっかりとした地面が、実はとても薄い氷だったのではないか。そんな冷たい不安が、心臓を締め付ける。
未知を平然と使うセゴエが、ゆらゆらと迫ってくる。
「さて、これからっと。ん?」
フウマが横を向く。その先には、先ほどと同じ伝令ドローンがいた。あっという間に、ドローンがフウマの横につける。
「なんだ? そうか……」
ドローンから何かを受け取ったフウマが、ドローンからこちらへ視覚センサーを振り向けた。
「おいトモエ」
「……なんです?」
「お前たちの粘り勝ちだ」
セゴエから吹き付けるようなプレッシャーが消える。
「数字が目標額に届いたそうだ。病院の中のやつを殺さなくてもな」
「額? なんの額です?」
「あ、やばい。こりゃ怒られるかもなぁ」
相変わらず軽い口調だった。
「まぁ、つまりもう戦う理由がなくなったってことだ」
「そう言って油断させる作戦……では、ないですね。あなたの場合」
「本当によく当てるなぁ」
フウマの視覚センサーがこちらを向いた。
「さて、帰る間に。気弱ちゃん……じゃなかった、アオイちゃん」
「え? は、はい」
「やられたよ。まさかあんな方法で爆破とは。話してた時とは別人じゃないか」
ふぅむという、考え込む声が聞こえた。
「アレだな。いざという時は、腹が据わるタイプか……。いや、違うな。そういう感じじゃない」
訝しんでいる間にも、セゴエの独り言が聞こえた。
「あぁ、そうか。そういうことか。なるほど、トモエが気に入る訳だ」
「……どういうことです?」
「まぁ、トモエに聞いてみな。最初に会った時、言ったろ。トモエが君の中に何かを見ているって。それが分かった」
フウマが損傷した腕部をひらひらと振って別れを告げる。
「じゃあな。次に合う時は、お互い万全でやりたいもんだ」
そう言うと、今までとは桁違いの高さでフウマが跳んだ。そして、ビルの谷間を三角飛びで上へ上へと登っていく。その脚部は、ギラギラと黄色に輝いていた。
「あ、あんなに高く……?」
「やつの言っていたアクチュエータ活性か?」
ソウのつぶやきで、セゴエの合図とともに筋肉状駆動機構が緑から黄色へ変わっていったことを思い出した。
「多分、ソウの言うとおりだと思う。……あっという間に見えなくなっちゃったよ。もし、あのまま戦っていたら……」
「あの出力での戦闘。相当の苦戦が想定される」
「ていうか、絶対に負けてたと思う」
セゴエはあっという間に視界から消えた。そして、最強の武装警備員が去ったと同時に、後ろから歓声が上がる。
なんだろうと思うと、攻性獣を倒し終えた他社武装警備員の人戦機が、腕を上げて興奮気味に声を上げていた。
「サクラダ警備がやったぞ! あのセゴエを撃退した」
「これで、助かったのか!?」
「いや、まだ攻性獣が来るかも知れない!」
「けど、これでだいぶマシになった!」
その雰囲気が伝わったのか、病院からも歓声が上がる。
「勝った……ってことなの?」
セゴエには全く脅威を与えられなかった。正直、勝ったという実感はない。だが、周りの雰囲気は熱気と驚喜に包まれていた。
通信ウィンドウにトモエが映る。
「ああ、よくやった。お前たち。最大の脅威は去った。引き続き対応が必要だがな。ソウ、シノブ、イワオは引き続き警戒を。他社と装備の融通もする。アオイ機は応急処置が必要だ。一旦機体を降りろ」
その一言で、どっと肩の力が抜けた。
次回は1~2週間後の更新です。




