第四十二話 少女と傑物とそれぞれの思い
〇フソウ ドーム都市 居住区画 避難先大病院
その日のフソウは地獄だった。
安全なゆりかごであるはずのドーム都市は、無機質な攻撃性を帯びた獣たちに蹂躙されている。
ドーム都市に林立していたビル群は一部が崩壊し、街の灯は消え、喧騒は避難所へと消えた。そして、傷ついた者たちは大病院を目指した。
広場と駐車場の真ん中に城塞の如くそびえ立つ大病院のガラスからは、所々から血を流す戦えない者たちが不安げに外を見ている。
睥睨する一機のフウマ型人戦機があった。その周りには、四機の人戦機が倒れ伏している。
水平になったコックピットにいるアオイは、煙の充満したドーム都市の天井が映っている。
「そんな……! ボクはともかく、みんながこんな簡単に……!?」
あっという間だった。セゴエがビルの壁面を自由自在に駆け回り、一発も当てられない。目の前に躍り出たかと思えば格闘戦で蹂躙され、他の機体が銃を向ければそこにはおらず、いつの間にか駆け上がった壁面から雨のように弾丸を降らせる。
悔しさなど微塵も湧かず、現実離れした強さに翻弄されるままだった。ビル通りから病院前の広場まで押し出され、倒され、立ち上がる気力をへし折られかけている。
「さすが師匠とその仲間。なかなかにグッときたぜ」
褒め称えるセゴエの声には、憎らしいほどの余裕がみちている。ゲームの相手をしてもらった少年のように、楽しげな声だった。
そんな中、ソウ機が立ち上がろうとする。
「クソ! まだだ!」
フウマがソウ機を見た。
「それに、生きのいい奴もいる。付き合ってやるぜ。かかってきな」
「アサルトウィング、出力――」
そこで通信ウィンドウにトモエの顔が映る。
「待て! ソウ! 私から聞きたいことがある!」
「トモエさん! こいつが話を聞くと!?」
「いいから私の声を外部スピーカーへ!」
トモエの命令にソウが気圧された。ソウはそのまま素早くチャンネルを操作した。
「セゴエさん。聞きたいことがあります」
「構わないさ。今更なにか聞きたいことがあるならな」
セゴエが素直に応じた。思わず眉をひそめる。通信ウィンドウに映るサクラダ警備の面々も同様だった。
(なんで、わざわざ話を聞いてくれるんだろ……?)
このまま一気呵成に止めをさせばよいはずなのに、話し合いに乗ってくる理由が分からなかった。
トモエがグッと息を飲んだ。
「セゴエさん。あなたのことはよく知っているつもりです」
「お前が一番だろうな。元相棒」
「私はついていくのが精いっぱいでしたけどね」
「それでもお前が一番だったよ。腕も、俺との相性も」
「どうして一緒の時に、それを言ってくれなかったんですか?」
「照れくさいだろ。そんなの」
「じゃあ、今は?」
「お別れだからかな。最後くらいは本音を言っておこうかなって」
セゴエは、いつもと同じだった。開拓中継基地で世間話をしているときと変わらない。おそらくは、トモエの前でもそうだったのだろう。
「そのあっけらかんとした感じ、どうして昔のままなんですか……! こんなことをしているのに!」
「昔のままだから……としか言えないなぁ」
「分からない。なんでそうしているのかも、テロ組織にいる理由も」
「んー。このままじゃフソウがマズイって思ったから?」
「いくらあなたでも、そんな子どもみたいな理由であるはずはない」
「いくら俺でも……って。お前の中だとどんな人間なんだよ」
「大きな子どもですよ。そのくせ、ずっと遠くを見ている」
「後ろの方は買いかぶり過ぎだって」
「話を戻します。どうしてテロ組織に?」
フウマから、ふむ、という気の抜けた声が聞こえた。
「なんていうか。俺の才能の活かし方?」
「何をふざけたことを!」
「ふざけちゃなんかないさ。俺なりにまじめに考えたんだって」
フウマがやれやれと肩をすくめるようなポーズを取った。きっと操縦士の意思を読み取ってのことなのだろう。
「はじめは武装警備員をやって、たくさん稼いでいりゃこの国のためになると考えてたんだ」
「貴方には、ほかの誰よりも才能がありましたから」
「でもな、本当にそれでいいのか? って思ったんだよ」
「なぜ?」
「稼いだ金をありったけの菓子や飯に換えて、いくらスラムでばら撒いても、ちっともみんな幸せにならない」
セゴエがため息を吐く。疲れのこもった、深い溜め息だった。トモエの顔に、さみしげな陰りが浮かぶ。
「……てっきり、喜んだ顔が見たいとか、そういう理由だと思っていました」
「俺なりに考えていたんだぜ? で、そういうのをずっと続けて、気が付いたんだ。こんなことに意味はない。もっと大きな仕組みを変えなきゃと思った」
「だからって、こんなことを? もっと、別の方法が」
「あったかもな。いくらでも理想の方法はあった。だけど俺は、現実主義者だった。持ち掛けられた方法の中で、この方法が一番確実だった」
「確かにあなたは子どもでしたが現実主義者だった。けど、これがあなたの望んだ現実なんですか?」
「ああ、そうだ。作戦は順調だ」
この結果を、この惨状を喜んでいる。そう思うと我慢ができなかった。
「なんで!? あんなに優しかったじゃないですか! 励ましてくれたじゃないですか!」
「お? その声は気弱ちゃんか」
「……アオイです」
「そういや名前を聞いたのは初めてだったな。アオイちゃん。割り込んでくるなんて、意外だな」
セゴエの一言で、トモエとの会話を遮ったことに今更気づく。しまった、という自責と共にトモエが映る通信ウィンドウを見ると、続けろというように顎を振っていた。
トモエの指示だろう、と解釈して、セゴエの乗るフウマを再び見据える。
「カレーをおごってくれたセゴエさんが、励ましてくれたセゴエさんが、どうして……」
「この方法が、一番現実的で手早い方法だ」
「こんなに、怪我人を出してですか!? 死んだ人だって!」
「いるだろうな。でも、この先でゆっくりと飼い殺しにされる人数よりずっと少ない」
「そんな割り切り……!」
「できるよ。ガキで現実主義の俺なら」
いつもの調子なのに、有無を言わせない芯の強さを感じた。当代無双と言われる強者だから可能なのだろうかと思う。気圧されて固まりそうになる自分の代わりに、トモエが会話を続けた。
「もっと、詳しく話してくれなければ分からないですよ」
「今度の話し相手はトモエか。なんでそんなに知りたがるんだか」
「元相棒ですし、何より」
「何より?」
「貴方は寂しそうだった」
「寂しそう? 俺がか?」
「ええ、誰かに分かってほしい。顔がそう言っていました」
「……なんだよ。なら、その時にそう言って、色々と聞いてくれればよかったのに」
「いつもはぐらかしていたじゃないですか」
「あー。そういやなんか聞いてきたな。ちゃんと話せばよかったか」
「私も、もっと聞けばよかった。こんな所で話すくらいなら」
「まったくだな」
そこでセゴエが大きくため息を付く。その後、なぜかクツクツと笑い始めた。
「それにしても、相変わらず切れるな。バレちまったか」
「何のことです?」
「気が付いているんだろ? 俺の目的が時間稼ぎってこと」
そこで、トモエが自分にセゴエの話し相手を任せた理由に気づく。トモエの跳ね上がった片眉が、セゴエの指摘が正しかったことを示していた。
「元相棒ですからね。全力のときは、もっと苛烈なことは知ってます」
(あれで、まだ手加減してたの!?)
あっという間に、四人ともやられた。それでも、全力でなかった。その事実が信じられない。
嘘であってほしいとセゴエを見る。だが、そんな様子はなさそうだった。
「バレちまったら、もうかかってはこないか?」
「無駄な損耗は避けたいですから」
「俺が本気出したらどうするんだ?」
「作戦目標が敵戦力の壊滅なら、最初からそうしているはず」
「ちぇ。お前はいつも正解正論ばっかりだから、つまんないなぁ」
あーあ、というセゴエのため息がスピーカー越しに聞こえた。
「フルメンバーには及ばないが、歯ごたえはある。その上で殺さずに済む。楽しい戦いだったんだけどなぁ」
「あなたは変わらないな……。いつまでも子どもで、遊ぶのに夢中だ」
「それだけじゃないけどな。一人前の大人らしく、背負っているものだってある」
「背負っている? 何をです?」
「国……とか未来?」
「……訳が分からない!」
「だろうな。話せないことを話さなかったら、訳が分からないと思うぞ」
「これ以上の背景を話すつもりはないと?」
「お前にヒントをやっちまったら、あっという間に尻尾をつかまれそうだからな」
「……買いかぶりすぎですよ」
「そうは思わないけどな。……おっと」
セゴエが左右を見た。その先には立ち上がろうとしているサーバルとファルケがいた。
「起きてきたな。やるかい?」
しかし、二機は動かない。至近距離限定通信のウィンドウは開いているが、シノブもイワオも終始無言だった。今までの会話を聴いていたのだろう。
その様子を見ていたフウマがやれやれと言わんばかりに首を振った。
「……残念。まぁ、時間までじっとしてくれるならそれでいい」
しばらくにらみ合いが続く。後方で攻性獣と他社武装警備員たちとの戦闘音が聞こえる。
セゴエが来ないならば、他社の支援に行ったほうが良いのではないか。そう思ったときだった。
「あれは?」
一機のドローンが飛んできた。それがセゴエ機の隣にピタリと付ける。フウマがチラと横を見た。
「お、なんだ? ……なに?」
うっかりなのか、マイクはつけっぱなしだった。あるいは、聞かれてもどうにでもできるという自信の現れなのかもしれないと思った。
「ふぅ。仕方ねえな」
セゴエの言葉と共に、フウマが纏う雰囲気が張り詰めていく。音を伴うように、空気が緊張感で固まっていく。
「悪い。トモエ。その病院を壊さないといけなくなった」
「な!? どうして!?」
「うちの軍師様の決定だ。その中に殺したほうが得になる人間がいるみたいでな」
セゴエの口調は、何気ない雑用を済ませるような調子だった。しかし、機体越しに吹き抜ける迫力は暴風雨のようだ。雨礫を叩きつけられたような感触が、びりびりと肌から伝わってくる。
(痛い……! 何もされてないはずなのに!)
幻の痛みを堪えるために、思わず奥歯を食いしばる。ソウとシノブとイワオの表情も、苦悶をこらえるようだった。
そんな中、トモエだけが口を開けた。
「セゴエさん。そんなのあなたらしくない。無抵抗の人間を殺すなんて」
「俺らしいさ。十分に俺らしい」
「いや違う。昔のあなたらしくない」
「違わないね。俺らしさは俺が決める。誰かに俺らしさを決めつけられても、それを叩き潰せる。俺にはそれだけの力がある」
その自負に、トモエがグッと唇を噛む。幾ばくかの沈黙が過ぎた後、絞り出すように言葉を出した。
「確かにあなたには力がある。わがままを押し通すだけの。でも、それだからって――」
「言葉で俺を止める気か? お前らしいな。だが」
フウマが一歩を踏み出した。それだけで、場が静まり返った。
「俺の歩みを止められる力があるのか? 言葉に?」
誰も何も答えない。フウマが更に一歩を踏みしめる。足音が、やけに大きく響いた。
「大抵の人間は力を手に入れる苦行から逃げる。御託だけでどうにかなると思っている。そんな人間が大半のフソウが、腐るのなんて当然だ」
吐き捨てるような物言いだった。故に、本気だと悟る。
フウマが更に歩を進める。止められる者はいない。
「止めるなら、力で止めろ。言葉で俺は止まらない」
「無茶を言う。誰もあなたを止められないことは、あなたが一番知っているでしょう」
「そうか? 今なら弾もない。時間にも限りがある。本作戦で、この機体が許容できる損耗もそう多くはない」
説明の不自然さに、思わず眉をひそめる。
(どうして、わざわざ退くときの話を?)
撤退条件を言う必要などないはずだった。屈服させたいなら、弱みを言う必要などないはずだ。
そこまで考えて思い至る。
「セゴエさん。もしかして」
「気弱ちゃん……じゃなくてアオイちゃんだったな。なんだ?」
セゴエが、歩みを止めた。
(わざわざ聴いてくれる。問答無用で来ない。これは、やっぱり……)
違っていたら、一捻りで潰される。だが、そんな恐怖は少しも湧かなかった。
「セゴエさん。本当は……。止めてほしいんじゃないんですか?」
「……気の所為だ。アオイちゃんの勘違いだろう。俺は俺のやりたいことをやる。その力があって、そういうことをする。それが俺だ」
普段のおおらかで、ゆったりとした喋り方とはかけ離れた、上ずって、ぎこちない喋り方だった。
カレーを奢ってくれた時の一幕が、頭をよぎる。
「セゴエさん。自分で言ったとおり、嘘が下手ですね」
フウマの歩みが、少しだけぎこちなくなる。
「……だな。だが、俺がやらないといけない。ただで止まる訳にはいかない。そこが本当だってことも、分かるんだろ?」
「そうですね。そこだけは嘘じゃないです。言葉では止まらない。そこも本当。だから、力で止めなくちゃいけなくて、力で止めてほしい。違いますか?」
「本当によく見てるな。だからこそ、トモエが雇ったのかな?」
フウマが佇んでいる。そして、少しだけ項垂れていた頭部視覚センサーが、気迫とともにこちらへ向けられた。
「だから、行くぜ。迎え撃ってみな」
フウマが、再び歩を踏みしめる。
(やっぱり、ボクの言葉じゃ止まらない)
ギリと歯を鳴らして構えているところに、相棒が寄せてきた。
「やつが来るな」
「うん。どうしよう」
そこに、サーバルも来た。
「真正面からは無理だ。アタシとソウのアサルトライフルも壊されちまった」
「残っているのはワタシとイワオさんくらいですか……」
割り込むように渋みのある低音の声が混じった。
「ワシは無理だな。狙撃銃しか残っておらん。長銃身を向ければ気取られる。加えて、低い連射力では次弾のリカバリも現実的ではない」
「イワオさんでも、無理だなんて……」
「天才たる奴に当てるには……」
「残っているのは、ワタシの機関銃だけ」
そう言って、手元の軽機関銃を見る。
(軽機関銃は連射力があるけど、それでも当てられない……。ボクの武器を壊しに来なかったのは、後でもいいと思ったから)
その理由はただ一つで、自分を脅威に感じていないからだろう。つまり、役に立っていない。
(迷惑を掛けるわけにはいかないのに……!)
今度こそは、役に立たないと。なにか策はないかと考えていると、シノブが口を開いた。
「視界を奪えれば、少しくらいはいけるんだけどな」
サーバルが背負うグレネードランチャーに、視線を移す。
「スモークグレネードはどうですか?」
「無理だな。あの機動力じゃ、当てらんねぇ」
セゴエの駆るフウマの機動力は常軌を逸していた。目で追うのもやっとだ。銃弾に比べれば、グレネードランチャーはゆっくりと飛ぶ。仮にスモークグレネードを撃ったとしても、フウマは有効範囲からゆうゆうと逃げ切るだろう。
他になにか無いか。そう考えているうちに、セゴエの声が聞こえた。
「そろそろ行ってもいいか?」
フウマが一歩、踏み出した。
(なにか。なにか。なにか。なにか)
射撃もダメ。格闘もダメ。特殊能力もない。かろうじて、アイデアが少しだけ得意。ならばそこに賭けるしかない。
「視界の邪魔……。いきなり……。そういえば……」
連想で記憶をたどると、ふと最近の任務を思い出した。洞窟での一戦で、視界を遮られた記憶だ。
今の状況で、あれを再現するにはと、あたりを見回す。
「あれがぴったりの位置にあれば……。あった!」
状況だけなら、いけるはず。そう思って
「シノブさん、イワオさん。ワタシに考えが。時間がないので、ざっとしか話せませんが――」
色々と省いた雑な説明だったが、シノブは納得したようだった。
「行けそうですか? イワオさん?」
「なるほど。しかし、もう一手確実な方法がほしい。一撃で行動不能の一歩手前までは持っていける、一手が」
あえて伏せた一手の存在をイワオが見抜く。さすがと思いつつ、同時に、ごまかしきれないと諦める。
「あります」
「話せ」
「……話せません。時間がありません」
「それだけではないな。ワシが止めるような理由があるのか」
そこにソウが割って入る。
「イワオさん。オレはアオイを信じます」
「アタシもです」
ファルケが、迫りくるフウマを見た。
「時間がないな。それで行くか」
セゴエを止めるためには、全力を尽くすしかない。その覚悟を、今、ここで決める。




