第四十一話 少女と哀しい人と最悪の敵
◯フソウ ドーム都市 中央病院
シドウ八式の暗く狭いコックピットでうめき声が聞こえていた。片目だけ覗く切れ長の瞳が悔しさに歪む。泣きぼくろの上を、ひとしずくの涙が流れた。
「なんで! 誰も裏切らないの……!?」
ヨウコがなにもないコックピットの壁を、何回も叩く。
「どうして、私だけが……! なんで、私だけが……!」
ふんわりとした長い巻き毛を揺らしながら、ヨウコがゆっくりと前を見る。普段は妖しい静かさをたたえた瞳が、今は燃えるような激しさを宿していた。
「すりつぶす、すりつぶす、すりつぶす、すりつぶす」
濡れるような艶の唇で、真っ黒な呪詛をつぶやく。
「くぁぁぁ……」
苦悶とともに、ヨウコの焦点がぼやける。こめかみには血管が浮かび、痛みで目尻が痙攣している。ヨウコが苦痛で頭をふるたびに、後ろに束ねた緩やかな巻き毛が揺れる。
「頭が……灼ける……! 私を……食おうとしてくる……!」
ヨウコが力を振り絞るかのように顔を上げた。形が良く通った鼻からは、ポタポタと涙のような血が流れる。
そんな中で、銃声と銃弾が甲殻に弾かれる音が、ガンガンとヨウコの耳に響く。
「うるさい……! うるさい! うるさい!」
ヨウコがギリと歯を食いしばる。痛みで朦朧としていた瞳に、怨念の光が灯った。
「それでも……! 大志のために……!」
すぅと、息を吸い込む。
「私を守りなさい!」
芯の通った声に従うように、メインモニターに映る重甲蟻が移動する。自機を守るように、隙間なく、それでいて目一杯の角度で展開する。
女王を守る衛兵のごとく、防御は鉄壁だった。
「随分と一生懸命だけど、あれくらいの火力では無理なのにねぇ。……いや」
そこまで言って、黒曜樹海での戦闘が、ヨウコの頭をよぎる。やられたと見せかけて、まんまと釣り出された一戦だった。
その作戦を立てたのは、今も相対している気弱な少女だった。
「アオイさんなら、重甲蟻を撃ち抜けないことくらい知っているはず……」
自信がなさそうに見えて、立てる作戦は鋭い。嫌な予感が、ひたひたと背筋を這い上ってくる。
「まさか……。でもレモン君はあそこにいるし」
サクラダ警備の二機は重甲蟻の壁を超えられてはない。突破できるにしてもソウ機だけだろう。重甲蟻と自機の挟み撃ちなら、撃破できる。そうなればアオイを含めて、残り武装警備員も倒せる。
理詰めで考えればそうだった。
「でも、何かある」
燃えるような頭痛の中で、冷たい予感が首筋をなでた。今も銃撃を続ける二人をじっと見ていた。
円盤型投射機が撃ち抜かれた。
「な!?」
二秒遅れて銃声が響いた。つまり、超音速弾による遠距離射撃だ。
「狙撃! どこから!?」
横を見れば、瓦礫から半身を乗り出す二機の影が映った。凝視するにつれ、メインモニターが急速に拡大される。それは、ファルケ型とサーバル型だった。
「たしか、アオイさんの会社の? 穴に落ちたはずじゃ? いや、穴に落ちからこそ……!?」
再び、前を向く。重甲蟻の隙間から、アオイの乗るシドウ一式の頭部が見えた。鉄兜のような装甲の隙間から覗く視覚センサーには、確信が灯っているようだった。
「これを狙って……!?」
攻性獣たちが動きを止める。紛れもない危機だ。
「十字砲火はまずい! 後退!」
そう言って、人戦機を操るヨウコの顔に、いつもの余裕はなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シドウ一式のコックピットで、アオイがゴーグルモニターを食い入るように見ていた。その瞳には、射抜かれて宙を舞うレドームが映っている。
「やった! イワオさんが!」
「レドームを撃ち抜いたか」
「イワオさん、やっぱり回り込んでいたんだ。シノブさんも一緒みたい」
「よく予測できたな。通信もできない状況下だったが」
「でもさっき、穴の底がチラっと見えたから」
ヨウコがにじり寄ったとき、シノブとイワオが落下した穴が視界の端に映った。しかし、穴の底にはファルケとサーバルはいなかった。
「だからと言って回り込むとは」
「イワオさんなら不意打ちを狙う。それだけなら分かるんだ」
あのイワオのことだから、起死回生の一手を打つに違いない。そう思った。
「だからアオイは、こちらへ注意を引き付けた」
「そういうこと」
「二人は地下通路を通ったのか?」
「たぶんね」
「なるほど。ならばチャンスだな」
そう言って、ソウ機が背負う偏向推進翼が輝いた。まっすぐと重甲蟻が並ぶ、甲殻の壁へと突っ込んでいく。
「ソウ! なんで突っ込むの!?」
「これが最高効率だ!」
ソウ機が屈し、跳ねる。甲殻の壁へ水平に着地した。
「ここから!」
偏向推進翼の輝きが更に増す。甲殻の壁へ機体が押し付けられた。その反動を利用して、シドウ一式が重甲蟻を駆け上がる。
一段、二段、三段と跳び、重甲蟻の天辺から空中へと躍り出た。
「そこだ!」
瞬時にアサルトライフルを構えて、空中にいるまま発砲。銃弾が人戦機装甲を叩く音が聞こえる。
「くそ! 逃げるか!」
ようやっと重甲蟻を迂回して追いつくと、ヨウコはビル群の谷間へ逃げ込んだ。
「ヨウコさん! また逃げられた!」
そのまま機体をソウの横につける。隣から、平静な相棒の声が聞こえてきた。
「状況判断が早いな」
「ヨウコさん。やっぱり戦いづらい……」
奥へ後退するヨウコ機を見ているうちに、ファルケとサーバルが横につけた。
「新人ども! きっちり引き付けたな!」
「うむ。おかげで不意をつけた」
四機揃って正面を見据えた。既にだいぶ距離の空いたヨウコ機を、ファルケが注視している。
「二射目を撃つ前に後退か。判断が早い」
「で、でも! あの攻性獣を操るお皿みたいなものは壊せました!」
「欲を言えば仕留めたかった」
「けれど、ヨウコさんはもう打つ手もないはず」
「両側を挟まれた都市で、グレネードランチャーとガトリング砲。油断はするな」
「た、確かに」
ヨウコが逃げ込んだのは、狭い通りだった。高層ビルが両側にそびえ立つ人工の峡谷では、逃げる場所も少ない。
(ボクたちがヨウコさんと戦った時と同じだ。多数を相手にする時は、狭い所って作戦)
中量級のシドウと軽量級のファルケとサーバル。サクラダ警備側の装甲は厚くはない。ヨウコ機の火力を押し切れる保証はなかった。
どうやってヨウコ機を追撃しようかと思いあぐねていると、ヨウコが退いた通りの奥に巨人の影が見えた。
新手の人戦機だ。
「まさか!? ヨウコさんの援軍!?」
「いや、あの機影には見覚えがある」
細身のシルエットは昔のフソウにいたニンジャに似ていた。両手には二丁のサブマシンガンを持っている。ソウの言うとおり、その機体の持ち主には見覚えがあった。
「セゴエさん!?」
「フウマ型にツイン・サブマシンガン。おそらくは」
最初は廃棄都市で助けられ、そしてシミュレーターでは散々に叩きのめされた機体だった。
その強さを思い知っているからこそ、緊張でこわばっていた空気が緩む。ソウの声も、先程よりは緊張がほどけているようだった。
「挟み撃ちできそうだね! ソウ!」
「それどころか、単独でも撃破可能と推測する」
「確かに……。セゴエさんなら、それくらいはできちゃうね」
そこへ、トモエからの通信が入る。
「救援隊が来ると連絡があった。もう少しの辛抱だ」
「もう来ましたよ! しかもセゴエさんです!」
救援というには贅沢すぎるほどの戦力だ。その実力は、シミュレーションで嫌と言うほど味わった。
「一人だけですけど、それでも十分な」
「いや。隊と言っていたのだが……」
「え?」
サワサワとうなじが戦慄いた。
「アオイ。様子がおかしい」
「ソウ? 何がおかしいの?」
「有効射程圏内に入ったのに発砲しない。互いにだ」
確かに、セゴエ機とヨウコ機が近づいてきた。だが二機は銃を向けない。
更に二機が近づいた。それでも二機は銃を向けない。まるで、互いが見えていないように。当然、そんなはずはない。あまりにも不自然な光景だった。
とうとう、セゴエ機がヨウコ機の隣を通過した。
「な……んで……」
言葉三文字を絞り出すだけで精一杯だった。こちらへ迫るセゴエ機へ、ヨウコが背後から声を掛ける。
「ありがとうございます」
「あ、そっか。なんでスピーカーかと思ったら、無線封鎖中か」
「そういうことですね」
「了解、了解。で、そっちはどうだった?」
「奥の手を使うところでした」
「あれな。かっこいいから俺は好きだけど」
「それでも隠すのに越したことはないので。それにしてもあなたが来るなんて」
「他のところは撃破しちまったからな。意外と手持ち無沙汰なんだ」
「それもありますが、表の顔を持っているあなたがこのタイミングで、と思いまして」
「そろそろアレが流れている頃だからな。構いやしないさ」
その会話は、軽く、気安く、まるで。
「……どうして……仲間みたいなんですか?」
ポツリとしたつぶやきだったのだが、セゴエはそれを逃さなかった。
「お、その声にその社章は、気弱ちゃんか?」
「なんで? どうしてそんなに、ヨウコさんと、テロリストと仲がよさそうなんですか……!?」
「その訳はそろそろ――」
その声をトモエが遮る。
「各機! あれは敵だ! 呆けるな!」
通信ウィンドウに映るトモエの唇からは、血が滴り落ちていた。形が整い、艶のある唇には噛み締めたような跡が滲む。
「そんな、信じられません……!」
「これを見ろ!」
トモエがタブレットをかざす。見えたのは、ニュース画像だった。その文字に目を通していく。
「犯行声明……。動画配信……」
そして、犯行声明として動画の切り抜きが映し出された。居並ぶのはテロ組織の面々だ。
「弾劾の旅団。それが今回の犯人」
剣呑な雰囲気の集団の中で、一人の人物に目が留まる。短く整えられた髪に、精悍な面持ち。そのくせ、瞳が妙に無邪気な雰囲気で、キラキラとした輝きをたたえている。それが、テロ集団の中で浮いている。
「映っているのは……!?」
セゴエが、テロ組織幹部として立っていた。
「そんな……」
何もかもが崩れていきそうな視界の中で、ヨウコ機がセゴエ機の背後から礼をした。
「撤収終了までお願いします」
「おう。任せておけ。ちょうど遊んでやりたい相手だったんだ」
「それは良かったです。我らが大志のために」
「それ、やめてほしいんだよな。俺の名前を言われているみたいだからさぁ」
セゴエ=タイシ。
武装警備員で知らないものはいない当代無双の操縦士が、いま敵として眼の前に立ちはだかった。
次回も1~2週間後の更新です。




