24. 次に会う時は
青みがかった石の天井を見上げていた。
幸い寝ぼけたりはせず、自分がどこにいるかはすぐに分かった。ツワードと共に運び込まれた建物だ。病院と思っていいのだろうか。
いつの間にか気を失っていたらしい。誰かに運んでもらったようだ。森を這い出たところまでは覚えているのだけれど。
「起きたのね」
聞き慣れない声がした。視線を動かすとプリーナがベッドのそばに椅子を置き腰かけている。おかしい。確かに今のは知らない人の声だった。
それともプリーナが、聞いたこともないような低い声を出したのだろうか。
「えっと」
何というべきか考えあぐねていると、突然プリーナがきっと目を吊り上げた。
「どうしてあんな無茶するの! 黙って出かけたと思ったらまた怪我しているし! 本当に心配したんだから!」
「ご、ごめん……」
これは相当怒っている。当たり前と言えば当たり前だ。死のうとしたなんて言ったらどんな顔をするだろうか。
声が部屋の外まで響いたのだろう。いくらかの足音が近づいてくるのが聞こえた。
「あ、起きた~?」
扉を開け、まずシーベルが顔を出す。つづいてミィチも出てきた。
ミィチは明らかに気まずそうな顔をしていた。プリーナに謝っているぼくを見るとさらに面食らったようになる。無理もない。ここを飛び出す前のぼくはさぞ酷い顔をしていただろうから。
「あれ~? なんかもう大丈夫そうだねー?」
シーベルに言われ、ぼくは神妙に頷く。
「うん。魔王を倒さなきゃいけないから」
ツワードのためにも。
ツワードは魔王を倒すことを強く望んでいた。だったらぼくにしてあげられることはその意志を受け継ぐことだけ。
「それが終わるまで、立ち止まってるわけにはいかないんだ」
「……う~ん?」
シーベルにまじまじと見つめられる。自然と視線を返していた。気恥ずかしいけど、何故だか目をそらす気にはならない。心が妙に落ち着いているせいかもしれなかった。
「う~ん」
シーベルがもういちど呟く。
「なんか変わった?」
問われ、ぼくはわずかに目を大きくする。
微笑み、はっきりと答えた。
「うん。変わったよ」
間違いなく。明確に。ぼくは変わった。それは自信をもって言える。
「ラージュ! まだお話は終わっていないわ!」
「は、はいっ」
怒られると弱いのは相変わらずだけど……。
プリーナによるお説教が始まる。珍しくお冠らしく長くなりそうな気配がする。
助けを求め視線を向けると、ミィチはやれやれといった様子で目をそらした。シーベルはけらけらと変な声で笑っている。これは参った。
しばらくこってりと絞られて、ようやくプリーナが息をつく。けど、その目に涙がにじんでいるのを見たら解放されたなどと安堵する気持ちにはなれなかった。
でも、もう大丈夫。こんな心配は二度とかけない。
「さてと。ウチらはそろそろ行くとすっかぁ」
頃合いを見計らい、シーベルが切り出した。プリーナがはっとして顔を向ける。どうやら存在を忘れていたらしい。
「またすぐ戻って来るかんね! ウチのいない隙にラージュっちがやられちゃたまんないから、ネアリーちゃんにはちゃんとお願いしといたよ!」
ネアリーちゃんって……。もしかして女王様のこと? またずいぶんと攻めた呼び方を。
驚くぼくのそばで、プリーナが立ち上がった。
「ねえ、シーベル」
「なんだねプリーナちゃん」
「……お父様とエラリアに、よろしく伝えておいて」
「ああ、なるほどね。おっけー!」
ぼくは目を丸くする。どうしてそこでその二人が出てくるんだろう。疑問が顔に出ていたのだろう、ミィチが「後で説明する」というように視線を合わせてきた。
それなら気にはなるけど一旦置いておこう。それよりもまだ、一番大切な用を伝えていなかった。
「んじゃあね~」
「あ、待って」
「ん?」
用というのは他でもない。移民を止めてもらう件だ。
「じつはお願いが――」
「まあ待て」
ぼくがそう言おうとした時、ミィチが割って入ってきた。
「ミィチ?」
「その話は次に会うときのお楽しみってことにしとこうぜ」
「そんな悠長……もがっ」
口を押えられて無理矢理黙らされる。
「ってことだ。また今度な」
「ん、んだよー! 気になるじゃんかー! まあいいけど」
いいのか。
どこまでも軽い調子で頷くと、んじゃあね~と手を振り、今度こそ部屋を後にする。
シーベルの消えた扉の方を見て、プリーナがどこか暗い顔でうつむいた。
「お父様……」
それを片耳で聞きながら、ぼくはすぐミィチに問う。
「どうして止めたの? いま話せばいいことなのに」
ミィチはこちらによってきて、声を落とした。
「手荒な真似が必要になるかもしれない」
「……手荒って」
「だから今はまずい。お前も回復してないし、マイスも戻ってないからな。それにここは、味方を変えれば敵地のど真ん中だぜ」
「そんな無理矢理じゃなくても、ちゃんと話せばわかってくれるよ。幸いシーベルも好意的だし」
「どうだかな。こっちの話は推論ばかりだ」
言葉に詰まる。ぼくたちの推論はこれまで自分たちが見聞きし遭遇してきた情報があるからこそ確信できるものだ。魔王の性格や不可解にも映る行動を知らない者からすれば、わざわざ敵の戦力が集まるのを待っているなんて信じがたいだろう。
「でも、移民ならぼくたちが魔王と戦ってからでもできるよ。それからまた始めたって遅くは……」
「遅いんだよ、あいつらからしたらな。あちらさん視点じゃいつ魔族どもに攻め込まれるか分からないんだ。なるべく早く戦力を集めておきたいのは当然だろ」
言い返せなくなったぼくに肩をすくめ、ミィチは少し声の調子を軽くしていった。
「ま、焦ることはないさ。今回で移民が終わるわけでもないしな。どっかの補給地点ででもあいつらと合流して、そこで話し合えばいいだけだ」
ミィチの言う通りだ。どちらにしても、この場で移民の話を持ち出そうとしたのは早計だったかもしれない。いまもどこからか女王の目が向いていてもおかしくはないのだ。
「決まりね」
いつの間にかぼくらの話を聞いていたプリーナが口を開く。どうしてさっきロワーフやエラリアのことを気にしていたかは分からないけど、もう悩んだ顔はしていなかった。
「それじゃあミィチ、行きましょう」
「なんだよ」
「ツワードのお墓、作ってあげなくちゃ」
「……そうだったな」
そういえばまだ埋葬もできていなかった。ツワードの死後すぐにノエリスが暴れ、そのあとぼくが騒ぎを起こしてしまったから余裕がなかったのだ。
「ぼくもいくよ」
ベッドから降りる。包帯を巻かれた体を見てプリーナは少し心配そうにしたけど、強いて止めはしなかった。