嫌った理由
ふらふらと歩きつづけ、どうやってきたのかも分からない状態で、二人は公園のベンチに座っていた。二人とも俯いたまま、何を話すわけでもなく、ただただ時間だけが過ぎていく。
もうすぐ昼になろうという時間、先ほどまで晴れていた空は、少しずつ雲がかかり始めた。午後から雨が降るらしい。そのせいか、公園には遊ぶ子供はおろか、散歩する人さえも見当たらない。
「……ところでさ……」
天を仰ぎながら、佳恵がつぶやく。目の前には、青々と茂った木の葉っぱが見える。
「真里菜ちゃんは、いつから夏鈴のことが嫌いなの?」
少し風が吹くと、葉っぱがゆらゆらと揺れ、ざわざわとざわめき合う。
「……六月くらいの時でしょうか、ずっと私が美藍のそばにいたのに、あいつったらなれなれしく近づいてくるんですよ。それから、美藍は冷たくなってしまった気がするんですよぉ」
「美藍ちゃん、大抵誰とでも仲良くなるからね」
「でもでも、夏鈴とはよくべたべたするのに、私とはべたべたしてくれないんですよぉ! 酷いと思いませんかぁ?」
「え……いや、まあ、その……」
急に大声になる真里菜に、佳恵は少し身を引いた。
「佳恵はどうなんです? やっぱりあの女のこと、最初から憎たらしいと思ってたんですかぁ?」
「そう言うわけじゃないけど……」
空を見ると、いつの間にか広がった雲が少し黒くなっていた。雨が降るのは時間の問題だろう。
「入学してから、しばらくは仲良かったの。趣味が同じだし、性格も合ってたみたいで。でも、私の大切なゲームを失くされて、それから距離を置くようになって……」
「ふぅん、やっぱり、そういう奴だったんですねぇ」
「いや、多分そんなに悪い子じゃないと思うんだ。でも、あの時すごく腹が立って、ちょうど真里菜ちゃんも夏鈴を憎んでたから、それで……」
佳恵の声は徐々に小さくなる。それと同時に、セミの鳴き声が大きくなり、最後は聞き取れないほどになった。
「……佳恵、もしかして、後悔しているんですか?」
「ちょっとだけ。夏鈴は許せないと思っているけど、やっぱりこういうのは良くなかったのかなって」
「別にいいんですよ、あんな奴は酷い目に遭ってしまえばいいんです!」
「でも、ちょっとやりすぎじゃないのかな。ほら、やっぱりこういう七不思議みたいなのは、真似するとよくないっていうし……」
「今更何を言ってるんですか? あの女はバニッシュ・メールのお陰でどこかに消えたんですからいいじゃないですか!」
「でも、そのせいで優愛ちゃんや莉緒ちゃん、それに美藍ちゃんまでいなくなってしまったんだよ?」
「美藍はまだいなくなったわけじゃありません!」
真里菜は公園中に響く声で叫ぶと、怒るようにベンチから立ち上がった。
「そ、それはそうだけど、でも、もしも私たちのせいで行方不明になってたら……」
「佳恵は意気地なしです! もういい、美藍は私一人で探しますから、佳恵はそこで勝手に一人で反省しててください!」
そう言うと、真里菜は走って公園から出ていった。
「え、ちょっと、真里菜ちゃん、待って! 一人にしないでよ! ねぇ!」
佳恵は立ち上がって追いかけようとするが、既に真里菜はどこかに行ってしまった。直後、雨がぽつぽつと降り始め、佳恵は立ち尽くしてしまった。
「もう、佳恵は何で今更あんなこと言うんですか! なんだからムカつきます!」
雨の中、夢中で走りながら真里菜はつぶやく。とりあえず学校を目指すが、当てはない。
そうこうしているうちに、雨は徐々に強くなる。誰も通らない道をひたすら走り、やがて校門が見えてきた。
「美藍! 美藍どこにいるんですかぁ!?」
美藍の名前を呼ぶが、当然返事はない。そのうち走るのをやめ、とぼとぼと歩き始めた。
「もう……なんで真里菜がこんな目に遭わないといけないんですかぁ! 全部あの女のせいなんですぅ!」
真里菜の声は、雨にかき消される。息を切らせながら、真里菜はずっと美藍の名前を呼び続ける。
「キャァァァ!」
真里菜が途方に暮れていると、遠くから誰かの悲鳴が聞こえた。
「……佳恵? ま、まさか……」
真里菜の脳裏に例のメールがよぎる。すぐさま、真里菜は来た道を戻った。
やはり佳恵を一人きりにしたのはまずかった。雨の中、全速力で走る。
「佳恵、どこにいるんですか? 佳恵!」
通り道にはいない。とりあえず公園に戻ってみる。しかし、ベンチはおろか、公園内にも誰もいない。
「佳恵……どこに行っちゃったんですか?」
とりあえず商店街に向かってみる。雨に濡れるのも構わず、走り続ける。商店街の前ともなると、傘を差した人がちらほらと見えるが、佳恵の姿は見当たらない。
ひとまずアーケードに避難し、息を整える。
「はぁ、はぁ……もう、佳恵までどこかに行くなんて……どうしちゃったんですかぁ?」
通り過ぎる人を注意深く見るが、佳恵の姿は見当たらない。
「これもバニッシュ・メールの仕業だっていうのですか? 私は信じません! 美藍も佳恵も私が探すんです!」
そう気合を入れ直し、両手で顔をパンパンと叩く。しかしその直後、スマホから通知音が聞こえてきた。「……まさか……そんなわけ、あるはずないですよ……」
独り言をつぶやきながらも、スマホを取りだそうとする手は震える。ゆっくりと画面を見て操作し、着信メールを開く。
「江戸田真里菜様、48時間以内にお迎えします」
「……」
しばらくその文字を見つめた真里菜は、その場で倒れ込んでしまった。
雨が降る中、倒れた少女を、多くの人が見つめていた。




