バニッシュ・メールの正体
どれくらい時間が経ったのか分からない。江戸田真里菜が目を覚ますと、そこはベッド上だった。まるで病院にあるような、少し硬くて寝心地の悪いベッド。しかし、そこが病室ではないことは一目でわかった。
薄暗く、窓もない部屋。もちろん、病院のあの独特な匂いもしない。少し埃っぽい、何もない部屋だ。
少し開いた扉からは明かりが見える。真里菜は体を起こし、ベッドから降りようとした。その時、開きかけのドアが開き、明かりが差し込む。そこから、背の高い人影がやってくるのが見えた。
「江戸田真里菜様、お目覚めですか?」
丁寧な声で、人影は話し掛けてくる。
「ここは一体……」
「とある建物にある部屋です。別に怖い場所ではありません」
「真里菜はどうしてここにいるのですか? たしか、商店街にいたはずじゃ……」
「ええ、商店街の入口で倒れているところを、私がお助けしました。ついでに体が濡れておりましたので、家政婦たちに着替えさせております。お召し物は洗濯中ですので、ご勘弁を」
人影がそう言うと、真里菜は着ている服を見た。いつのまにか、女性もののパジャマのような服に変わっている。
「あ、そうそう、お友達も一緒におられますよ。伊勢原佳恵様は、隣で眠っておられます」
「……! 佳恵も一緒にいるんですか? じゃあ佳恵をさらったのも……」
「さらった、とは人聞きの悪い。あ、いえ、誘拐には違いないかとは思いますが……」
「誘拐!? まさか、バニッシュ・メールを送ったのは……」
「ええ、そうです。わたくしです」
そう言うと、声の主は少しずつこちらに近づいてくる。真里菜はベッドの上で後ずさるが、後ろは壁でこれ以上下がれない。
「ま……真里菜をこんなところに連れてきて、どうする気なんですか?」
「そうですね……まだ決めてはおりませんが、きっと伊勢原様と江戸田様は……」
不意に、後ろの扉が閉まる。同時に、懐中電灯の明かりが、真里菜を照らす。
「少々痛い目に遭っていただくことになるかと思います」
懐中電灯に照らされ、きらりと光る銀色の刃物。それを見て、真里菜は悲鳴をあげた。
「いやぁ、びっくりしたよ。カリンが見つかったって言うからどこにいるかと思ったら、まさかこんなところにいたなんて」
「私も、美藍が突然佳恵の家からいなくなった時は、どこに行ったのかと思ったよ。まさかこんなところで会うなんてね」
折原美藍と江戸峰夏鈴は、そう言いながら紅茶を口にした。
美藍が墓地に行った日、黒い影を追ってたどり着いた先には、相野口家の執事である横山の姿があった。そこで夏鈴と相野口莉緒が見つかったという知らせを聞き、車で連れていってもらったのだ。
相野口家に着くと、夏鈴は部屋で大人しく勉強していた。その姿を見た美藍は、安心した様子で夏鈴に抱きついた。
「美藍たちを探している時に、突然知らない人に声を掛けられて、連れ去られたの。そしたら、着いたのが莉緒の家だったからびっくりしちゃって、しばらくここで宿題することになったの。執事の人、丁寧に教えてくれたから、ほとんど宿題終わっちゃったよ」
「え、ずっとここにいたってことか? おかしいな、横山さん、俺たちがカリンを探しているのを知ってるはずなのに……」
「そうなの? 横山さん、そんなこと一言も言って無かったけど……」
なんでだろう、とつぶやきながら、夏鈴は出されていたショートケーキを口にした。
「まあ、ともあれカリンが無事でよかった。じゃ、私は帰るから。あしたの準備しないとな」
そう言うと、美藍は部屋から出ていった。入れ違いに、相野口家の執事である横山が入ってくる。
「江戸峰様、お勉強ははかどっておりますか?」
「はい、もうほとんど終わりました。そういえば、優愛も莉緒も見つかったって聞きましたけど……」
「ええ、中上様は遠くに行っておられて、今日戻って来られるそうです。莉緒様は、今シャワーを浴びておりますので、終わりましたらこちらに来るように申し上げております」
そう言うと、横山は紅茶のお替わりを入れた。
「結局、バニッシュ・メールっていうのは都市伝説だったんだ……」
紅茶を口にしてそうつぶやくと、「聞きたいですか?」と横山が尋ねた。
「え?」
夏鈴が驚いて顔を上げると、横山は夏鈴の正面の席に着いた。
「バニッシュ・メールと呼ばれるメール、実はわたくしが始めたのです」
「え、横山さんが?」
夏鈴は思わずカップを落としそうになる。
「私が学生時代に、いじめられて自殺した女生徒がいまして、その子は私が恋をしていた相手でした。私はいじめていた生徒を一人一人洗い出しておりますと、おもしろいことがわかったのです」
「おもしろいこと?」
「はい。一人を除いて、そのいじめていた生徒でしりとりが出来たのです。ローマ字書きをすると、ですが」
「しりとり……ですか。そういえば、私たちに送られてきたバニッシュ・メールも、名前がしりとりになるように順番に送られてきました」
「ええ。いじめていた生徒たちも、名前がしりとりになっていることは知っていたようで……むしろ、それが理由でグループになっていたようにも思えました」
横山は紅茶を飲み干すと、「お替わりはよろしいですか?」と尋ねた。まだ紅茶が残っていたので、夏鈴は首を振った。
「私は全員のメールアドレスを手に入れ、しりとりの最初の生徒にメールを送りました。当然、それだけではいたずらメールだと思われますので、次の日に校舎の裏に呼び出して、気絶させて使われていない倉庫に閉じ込めたのです」
「閉じ込めた?」
「同じように、しりとりの順番でメールを送り、呼び出して気絶させ、閉じ込める、と繰り返しているうちに、そのグループはようやく自分たちが狙われていることに気が付きました。私はさらにその不安に付け入り、彼女らを次々と監禁していきました。しかし、このことがばれてしまっては元も子もない。ですので、私は弱ってきた彼女らを、少しずつ山に埋めていったのです」
「……一人で、ですか?」
「ええ、こんなこと、誰かに協力を頼むことはできませんからね。ばれないように埋めるのは苦労しましたが、当時は体力は力だけは自信がありましたし、倉庫自体存在が知られていませんでしたから」
夏鈴の血の気が引く。友人の執事が、まさか殺人犯だとは思いもしなかっただろう。
「行方不明ということですがなかなか警察は動き出しませんでしたし、都市伝説のようなものでしたので他の生徒は彼女らの話をあまり信じていなかったようですから、行方不明にした生徒を探す人はあまりいませんでした。ですので、計画は順調に進みました。ところが、一人だけ、どうしてもこのメールでは消すことができない人がいました。なぜなら……」
「……しりとりに入っていなかったから……?」
「ご名答」
横山は静かに頷く。夏鈴は、金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
「もう一人の彼女は、名字が母音やナ行から始まるものではありませんでしたから、しりとりに組み込むことができませんでした。もし彼女にバニッシュ・メールを送ると、都市伝説的なものではなくなり、ただの無差別誘拐になってしまいます。ですから、彼女だけは別口で殺そうと思っておりました。ところが、彼女は結婚しまして、名字が変わりました。そこで私は、彼女を殺すために執事として彼女の近くにいることにしたのです」
「彼女って……まさか、莉緒のお母さん!?」
夏鈴は思わず大声をあげる。その時、入口からドアが開く音がした。
「江戸峰さん、私のお母さんがどうかしましたか?」
「莉緒……」
相野口莉緒はネグリジェのような簡易な恰好をして、髪を触りながら莉緒の隣に向かう。
「莉緒、横山さん、莉緒のお母さんを殺そうとしてるんだよ! 放っておいたら……」
「知っていますよ、そんなこと。全部、横山から聞きました」
「え……?」
莉緒が席に着くと、横山は紅茶を一人分注ぎ、「ごゆっくりどうぞ」と席を立った。
「え、ちょ、ちょっと、横山さん、今の話、本当なら放っておけません! 自首してください! でないと、私が……」
「無駄ですよ。横山はハッキングのプロですから、情報操作で証拠はすべて消されています。それに、相野口家の人間ですから、警察なんてどうにでもなります」
「そんな、莉緒、どうして横山さんをかばうの? お母さんを殺そうとしているんだよ?」
「母は、人を一人殺すようなことをしたのでしょう? だったら、その報いを受けなければなりません。そう、伊勢原さんと江戸田さんのように」
「え、り、莉緒、何を言って……」
「もう、分かっているんでしょう? 今回のバニッシュ・メールを送ったのは私。横山に手伝ってもらって、伊勢原さんたちが使っていたメールのパスワードをハッキングして、使わせてもらっていたの」
「そんな……どうして……」
莉緒の目は、まるで魂が抜かれたかのように冷たい。莉緒はゆっくり立ち上がると、夏鈴を後ろから抱きしめた。
「だって、あの二人、江戸峰さんに嫌がらせしていたじゃないですか。バニッシュ・メールなんてものを使って」
「え、じゃ、じゃあ、最初に送られてきたメールは、佳恵と真里菜が?」
「知らなかったんですか? だから私は、あの二人に同じように……江戸峰さんが怯えていたように、メールに怯えさせないと」
「何をする気なの? 私、そんなこと、やって欲しくないのに……」
「江戸峰さんを怖がらせたんでしょ? 私の大好きな江戸峰さんを。そうね……とりあえず、メールは使えないようにしないと。それから、あまり自由に歩かれるのも困るから、歩けなくしましょうか……」
「やめて……やめて!」
夏鈴はポケットからスマホを取りだす。誰でもいい、誰かに連絡しないと。そう思ったのだ。
「無駄ですよ。ここは電波が完全にシャットアウトされた部屋ですから。江戸峰さんがいる間、誰からも連絡が来なかったでしょう?」
「うそ……どうして……」
「勉強に集中してもらいたかったから……私だって、我慢していたんですよ。邪魔になるといけないから、監視カメラの映像しか見られずに寂しかったんです」
そう言われ、夏鈴は思わず部屋を見渡す。良く見ると、小型の監視カメラがあちこちにあるのがわかった。宿題に集中していて、全然気が付かなかった。
「大丈夫ですよ。もう江戸峰さん……夏鈴、って呼んだ方がいいですか? 夏鈴を怖がらせるものはありません。もし夏鈴を怖がらせたり、悲しませたりするものがあったら、私が消してあげます。だから……」
「やめて……ねえ、莉緒……」
「夏鈴、ずっと一緒だよ……」
江戸峰夏鈴の捜索願いは、いまだに取り消されていない。
<バニッシュ・メール おわり>




