「強欲」の悪魔
飛ばされたところはなんだか賑やかな酒場のような場所だった。
「俺、未成年……てか、こんなとこにその『重要な人物』とかいるのか?」
疲れた。かなり疲れた。正直もう寝たい。ゲームとかでMP消費したらこんな感じになるのだろう。
「ここでは年齢なんて関係ないですよ? マスター」
「マスター?」
あまり聞きなれない言葉に少し眉をひそめる。
「マスターってどういうことだよ」
ナビゲーターが隣でニコニコしながら答えた。
「私はあなたに仕える存在なので、この呼び方がいいかと。そういえば私はマスターのことを何も知りません。教えていただけますか?」
確かに俺はなにもこいつに自分のことを教えていない。ナビゲーターはわくわくした様子で俺のことを見つめてくる。
「俺は、村瀬大樹。歳は十七。特技は射撃ってだけの普通の野郎だよ」
ナビゲーターは「ほお」と声を漏らした。
「射撃、ですか。いい特技ですね。ここではかなり使えます」
射撃と言ってもただお祭りの屋台で景品を取りたいがために磨いた腕である。
そのまま俺たちは酒場の中に入った。入るや否や、酒と煙草の匂いが押し寄せてくる。
「ッ……!? ゲホッ、ゴホッ」
ナビゲーターは平気な顔をしている。咳き込んでいる俺を見てにやあっと口角が意地悪そうに上がった。
「あれえ? マスター。もしかしてこういうのダメでしたか?」
「うるさいっ、令和の高校生には縁がないんだよ!」
俺たちが話していると、奥の方から酒が入ったグラスを持った人物が出てきた。
ナビゲーターはそちらを見て、俺に耳打ちする。
「マスター。彼が先ほど言っていた『重要な人物』ですよ」
俺も同じ方を見ると、そこには黒い髪を頬のあたりまで伸ばし、黒い軍服、頭上には黒い輪、四角い黒縁眼鏡をかけた少年が歩いてきた。
「おい、あれがか? 俺より若そうに見えるんだけど」
ナビゲーターはさらに囁く。
「さっきも言ったでしょう。ここでは人を見かけで判断してはなりませんよ?」
「え」、と言おうとした瞬間に、少年が声をかけてきた。
「お前、新入りか? 見ない服だけど」
テンプレートのような言葉で四白眼が覗き込んでくる。
「えと、俺は村瀬大樹っていいます。あと、こっちのはナビゲーターって言って……え?」
この目の前にいる少年は怪訝な顔をしている。そもそも「お前」と言っただけで「お前ら」とは言っていない。この少年にはナビゲーターが見えていないのか……?
「ああ、それがお前の固有スキル? 変なの持ってんな」
助かった。スキルだと解釈してくれた。ナビゲーターは不本意そうな顔をしているが。
「俺はマサアキ。地獄軍の第五管理隊の隊長やってる。よろしくな!」
差し出された白手袋の手を見る。見た目は完全に普通の人間の少年だ。肌の色以外は。死人のように真っ白だった。いや、死んでるんだろうけども。そもそも話がうまくいきすぎているような気もするが……
「ああ、マスターの固有スキルである『縁結び』が発動していますね」
勝手に俺の頭の中を読まないでほしいし、スキルを管理するのが君の仕事ならちゃんとしてほしい。
「勝手に発動してしまうこともございますのでご了承ください」
ナビゲーターのことは無視しよう。
「よし、お前のこと気に入った! お前、行くとこないなら俺の隊に入れよ!」
「えっ!?」
早い。早すぎる。勝手に話を進めないでほしい。
「どうやらスキルの作用がかなり強く出ているようですね」
スキルというものは止められないらしい。そもそも与えられたばかりだから仕方がないと言えばそうなのだが。
そう思った時に、マサアキが急に距離を詰めてきた。近い。
「なー、ダイキとか言ったっけ。俺、お前のこともっと知りたいな」
まるで猫のように体を擦り寄せてくる。近い。近すぎる。
「ちょ、ちょっと、近いっ」
マサアキも面白そうに笑いながら言う。
「え?お前こういうの慣れてないの?かわいー」
俺が驚いて固まっていると、また別の男の声が聞こえてきた。
「マサアキ」
「あっ!ザヴァン!♡」
声のする方を見ると、長身の黒い短髪、黒い目、マサアキと同じ黒い軍服、青白い肌の男が歩いてきていた。マサアキのような黒い輪は頭上にはない。
「新入りか?」
男がマサアキに尋ねる。マサアキは嬉しそうに言った。
「うん!あ、ダイキ! こいつザヴァン! 俺の彼氏~♡ 吸血鬼なんだ~」
急な多様性。マサアキはザヴァンにくっつきに行った。
「ザヴァン。ダイキを第五に入れたいんだけ」
「ダメだ」
すぐにザヴァンから却下の声が飛んできた。話を遮られたことにマサアキは不満げな顔をする。
「なんで!」
「まずはルシファーに聞いてみるのが先だろう」
すっかり拗ねたマサアキ。これが『重要な人物』だというのか。
「やだ! やだやだやだ! 入れてくれなきゃ口きかねえから!!」
ナビゲーターが俺の隣で面白そうに見ている。
「これは修羅場ですねえ」
使うところが違う気がする。
ザヴァンはふぅと息をついて諦めたように言った。
「わかった。一旦うちで預かるということにするぞ」
輝くような笑顔のマサアキ。その顔を見てふ、とザヴァンは笑った。
「『強欲』の名は伊達じゃないな」
「強欲?」
思わず声に出して言ってしまった。ザヴァンが俺の方を見て言う。
「マサアキから聞いていなかったのか」
彼からは自分が第五管理隊という隊の隊長ということしか聞いていない。
「こいつは、七つの大罪の『強欲』の悪魔なんだよ」
一瞬音が遠くに聞こえた。強欲? 七つの大罪? こいつが?
「そ!」
マサアキは自信たっぷりな顔で笑っている。
「じゃあダイキ! これからよろしく! ようこそ地獄へ!」
俺の平穏な生活はまた遠ざかったような気がした。




