第45話:暗黒神の闇のフルコース
「……よし。今日こそ俺は、泥にまみれて敗北する」
全宇宙を統べる創造神たちから「全宇宙外食産業統括神」の称号を押し付けられそうになっているツヨシは、鏡に向かって不敵に笑った。
優勝してしまったせいで、今やツヨシの屋台の周りには、銀河中のVIPが予約待ちの列を作っている。その列の先頭で、一人不気味なオーラを放つ男がいた。
暗黒銀河の支配者、暗黒神デ・ストロイ。
前回の大会でツヨシの「納豆デスソース飯」に敗北し、調理器具のすべてを失ったはずの彼が、今、禍々しい漆黒のフルコースを携えて再戦に現れたのだ。
「ツヨシ……。貴様の『混沌(納豆)』は確かに凄まじかった。だが、真の絶望とは……無だ。何もかもが消え去る暗黒の味を教えてやる」
デ・ストロイが指を鳴らすと、次元が歪み、食卓に「闇のフルコース」が並べられた。
前菜は「ブラックホールの冷製テリーヌ」。メインは「超重力で圧縮された絶滅種の心臓ステーキ」。
デザートは「光さえ逃げ出せないカカオ1000%のムース」。
見た目は真っ黒だが、一口食べればその濃厚な負のエネルギーに、試食役のバハムートが「あああ……故郷の滅亡が見える……(美味い)」と白目を剥いて倒れるほどだ。
(いいぞ、暗黒神! その調子だ! 誰もが絶望するような、そんな『凄すぎる味』で俺を叩きのめしてくれ!)
ツヨシは心の中でガッツポーズをした。
今、自分に必要なのは「圧倒的な敗北」だ。ここで負ければ、「統括神」の座も白紙に戻り、晴れて地球へ、自由な有給休暇へと帰れるはず。
「さあ、ツヨシ! 貴様の料理を出せ! どんな『終わりの味』で対抗してくる!?」
デ・ストロイが叫ぶ。期待に満ちた創造神たちが身を乗り出す。
ツヨシは、厳かに一脚の丼を取り出した。
「……これだ」
スッ、と差し出されたのは、ただの「素うどん」。
具は何もない。ネギさえ載っていない。茹ですぎてコシが完全に死んだ、ふにゃふにゃの白い麺が、薄っぺらい出汁の中に漂っているだけだ。
おまけに、サイドメニューとして「ただの白湯(お湯)」を添えた。
(どうだ! 手抜きだ! 圧倒的なやる気の欠如だ! こんなもん、美食にうるさい神様連中が喜ぶはずがない!)
ツヨシは心の中で勝ち誇った。
デ・ストロイの「暗黒」に対し、ツヨシの「手抜き」。これこそが最強の敗北メソッド。
まず、過去を視る老婆(創造神)が、震える手でうどんを一本啜った。
「…………っ!!」
(よし、怒ったか!? 吐き出すか!?)
「……静寂。これは、宇宙が誕生するよりも前……何もなかった時代の『静寂』。そしてこの白湯……これは、すべてを洗い流す慈愛の涙……。デ・ストロイが『破壊による無』なら、ツヨシは『許しによる無』を表現したというの!?」
「はあああ!?」
ツヨシの叫びは、現在を司る美女の感嘆にかき消された。
「なんて優しい味……。暗黒神のステーキは確かに衝撃的だったわ。でも、疲れた胃袋にこの『コシのないうどん』が、どれほど深く染み渡ることか。まるで、全知全能ゆえの孤独に寄り添ってくれるような……。ああっ、ツヨシ、あなたは私を甘やかしてダメにするつもりね!?」
「ただの茹ですぎたうどんだよ!!」
さらには、敗北を確信していたデ・ストロイまでもが白湯を一口飲み、その場に膝をついた。
「……負けた。俺は『暗黒』という名の装飾にこだわりすぎていた。だがこの男は、究極のミニマリズム……『お湯』という、物質の最小単位だけで俺の精神を浄化しやがった……」
「違う! ただガス代をケチろうとしただけだ!」
三人の創造神が、ツヨシを慈愛に満ちた目で見つめる。
「決定したわ。暗黒神の力強さも捨てがたいけれど、私たちの永遠の寿命に必要なのは、この『毎日食べても飽きない(というか何も感じない)究極の虚無』よ」
『第45回・突発的再戦。勝者、ツヨシ! 報酬として、神界のメインストリートに「ツヨシ殿堂」を建設し、全神霊にこのうどんの配給を命ずる!』
「……殿堂? 配給? ……休みは?」
ツヨシが恐る恐る尋ねる。
「休み? 統括神にそんな概念があるわけないじゃない。さあ、次は『お湯』のバリエーションを三万種類ほど開発してもらうわよ。まずは、温度を0.1度ずつ変えたものから始めましょうか」
「…………帰らせてくれえええええ!!」
ツヨシの絶叫は、銀河の果てまでエコーとなって響き渡った。
地球の所有権は確かに持っている。だが、地球に帰るための「自由な時間」は、光年単位の彼方へと遠ざかっていくのであった。




