第44話:不本意な優勝
「……なんでこうなった」
ツヨシは、銀河の塵を散りばめたような豪華絢爛な特設調理台の前で、深いため息をついた。
目の前には、宇宙の理を司る三人の「創造神」が鎮座している。過去を視る老婆、現在を司る美女、そして未来を紡ぐ少女。彼女たちの放つ神威だけで、普通の人間なら分子レベルで分解されかねない圧がある。
「これより、全宇宙聖味覚祭決勝戦を執り行う!」
司会のゼウスが、無駄に良い声で宣言した。観客席には、これまでにツヨシが「餌付け」してきた各界の魔王や聖騎士、さらには次元の狭間に住む旧支配者たちまでがペンライトを振って応援している。
「ツヨシ様ー! 宇宙を獲ってくださーい!」
アニスが純粋な瞳で叫ぶ。傍らでは、配達業務で過労気味の暗黒竜バハムートが「早く終わらせて寝かせてください……」と虚空を見つめていた。
今回、勝手に用意された優勝賞品は……『地球の全所有権、および帰還チケット』。
ツヨシにとって、これ以上ないほど魅力的な報酬だ。しかし、そこには残酷な条件があった。
『優勝者は「全宇宙外食産業統括神」に任命され、今後一兆年にわたり、神々に三食昼寝なしで料理を提供し続けること』
「……帰れるけど、二度と休めねえってことじゃねーか!」
ツヨシの作戦は決まった。
「全力で、最高にマズいものを作って負けてやる」
対戦相手は、暗黒銀河から来た『虚無の料理人』。彼は今、超新星の爆発エネルギーを隠し味に、銀河一個を丸ごと煮込んだスープを作っている。芳醇な香りが次元を超えて漂い、審査員の神々も「ほほう、宇宙的な味だ」と頷いている。
よし、こっちはこれだ。
ツヨシは、あえて「賞味期限が昨日切れた、ただの納豆」と「炊きすぎてベチャベチャになった米」、そして「大量の激辛デスソース」を取り出した。
(これだ。日本人ならともかく、この異世界の連中にこの『腐った豆の臭い』と『舌が焼け切れる辛さ』は耐えられないはずだ。おまけに米は糊みたいにしてやった。これなら絶対落選だ!)
ツヨシは邪悪な笑みを浮かべ、それらをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせ、「地獄の粘着激辛飯」を完成させた。見た目は最悪。臭いは兵器レベル。
「さあ、食え! これが俺の『終わり』の味だ!」
ツヨシは三人の創造神の前に、そのおぞましい皿を叩きつけた。
会場が静まり返る。暗黒銀河の料理人が作った「銀河煮込み」のあとだ。この落差は致命的……なはずだった。
まず、未来を紡ぐ少女が一口食べた。
「……っ!?」
彼女の瞳から、濁流のような涙が溢れ出した。
「これは……! 宇宙が開闢する前の、混沌とした『無』の状態……。そして、この突き抜けるような辛味は、ビッグバンに伴う爆発的なエネルギーの再来! 納豆の糸は、星々を繋ぎ止める重力のメタファーなのね!?」
「はあ?」
ツヨシが呆気に取られている間に、現在を司る美女もスプーンを伸ばす。
「なんてこと……。この米のネチャネチャ感、これは『生命が這い出してきた原初のスープ(海)』そのものだわ! 口の中で生命の進化が、加速して……ああ、私、今、生きてる!」
最後に過去を視る老婆が、震える手で完食した。
「……懐かしい。かつて我らが宇宙を創った時の、あの泥臭い努力の日々を思い出すわ。洗練された銀河スープなど、この『根源の泥(納豆飯)』に比べれば、ただの飲み水に過ぎん」
創造神たちが立ち上がり、声を揃えた。
「優勝は……ツヨシ! 貴方を『全宇宙を養う唯一神』として認定します!」
「うおおおおお!」と湧き上がる会場。
「おめでとうございます、ツヨシ様! 地球の王ですよ!」と喜ぶアニス。
「だから、なんでだよ!!」
ツヨシの絶叫は、降り注ぐ星屑のような拍手にかき消された。
地球の所有権は手に入れたが、引き換えに彼は「全宇宙の胃袋」という、ブラック企業も真っ青の永劫労働へと一歩近づいてしまったのである。
「……クソっ、次はもっと、もっと救いようのない『失敗作』を作ってやるからな!」
ツヨシの戦い(負けるための努力)は、まだ終わらない。




