第28話:ムササビは空を掴む
1. 絶壁の上のアネゴ
「いい、あんたたち。忍者の華といえば『空』よ!」
里の裏手にそびえ立つ、高さ五十メートルの断崖絶壁。その頂上で、アニスはマントを風になびかせて宣言した。
彼女の足元には、ツヨシが忍者の隠密行動用として説明した「ムササビ(鼯鼠)の術」の想像図が置いてある。
「この布を広げて、風に乗ってフワ〜っと飛ぶの! 鳥みたいに優雅に、かつ音もなく敵陣へ舞い降りる……これぞ忍びの美学よ!」
バルカス、ザック、ビルの三兄弟は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
彼らが手に持っているのは、里の裁縫担当が余った布で作った、お世辞にも頑丈とは言えない簡素なマントだ。
「(……風に乗るだと?)」
バルカスの眉間に深い皺が刻まれる。
「(風という気まぐれな存在に命を預けるのは、あまりに不確実だ。……アネゴが言いたいのは、そんな甘っちょろいことではないはず。……そうか! 風が来ないなら、自ら空気を『踏み台』に変えろという意味か!)」
相変わらず、彼らの脳内変換機能はフルスロットルで誤作動を起こしていた。
2. 落下、そして開眼
「じゃあ、一番手のバルカスから、いっきまーす!」
アニスの合図とともに、バルカスは迷いなく崖から身を投げた。
「あ、ちょっと待ってバルカス君! まだパラシュートの原理とか説明してな――」
ツヨシの制止は、時速百キロを超える落下速度にかき消された。
「おおおおおお!」
落下するバルカス。広げた布は、凄まじい風圧で一瞬にして引き裂かれた。
「(布が破れた……!? やはり、既存の道具ではアネゴの理想に追いつかん! 必要なのは道具ではない……空気を『物質』として捉える、圧倒的な筋肉の出力だ!)」
地面が目前に迫る。
その時、バルカスの脳裏に電撃が走った。
彼は空中で体を捻り、全身の筋肉を鋼のように硬直させ、あろうことか「何もない空間」に向かって全力の蹴りを放った。
――ドォォォォン!!
空中で爆発音が響き、バルカスの体が不自然に跳ね上がった。
3. 空中歩行の誕生
「な、何が起きたの……?」
崖の上でアニスが呆然と呟く。
崖の下では、バルカスが目にも止まらぬ速さで空を「蹴って」いた。
一歩踏み出すたびに、空気が圧縮されて「パンッ!」と衝撃波が生まれる。彼は自身の筋肉による超高速振動と身体強化魔法を組み合わせ、空気の分子を無理やり固めて足場にしていたのだ。
「見えた! 見えたぞ! 空気はスカスカではない……密度を上げれば、それは岩と同じだ!」
「(いや、そうはならんやろ……)」
ツヨシは崖の上で頭を抱えた。
物理法則が「ごめん、無理」と泣きながら退場していく音が聞こえる。
バルカスはそのまま空中を二回、三回と跳ね、あろうことか崖の上まで「階段を登るように」戻ってきた。
「アネゴ……! ムササビの術、ならびに新奥義『空蝉の二段跳び』、会得いたしました!」
「……え、ええ。すごいじゃない! 布とか全然使ってなかったけど、なんか最後の方は崖を走って戻ってきたみたいで、斬新だったわよ!」
アニスは「飛ぶ」という当初の目的が「空中爆走」にすり替わっていることに気づかず、親指を立てて満面の笑みを浮かべた。
4. 三兄弟の乱舞
「兄貴、俺も続くぜ!」
「僕も、空気の掴み方が分かった気がする!」
ザックとビルも次々と崖からダイブした。
里の裏山からは、断続的に「ドォン!」「バゴォン!」という、まるで大砲を撃っているかのような爆音と衝撃波が立ち上る。
もはやそれは「ムササビの術」などという可愛らしいものではなかった。
空中で高速移動し、急停止し、再び加速する彼らの動きは、重力を無視したバグ技そのものである。
カイルが再び現れ、震える手で眼鏡を拭き直した。
「……ツヨシ殿。あれは、伝説の『縮地』を空中で行っているのか? それとも、空間そのものを踏み荒らしているのか? 私の魔法学の学位を返してほしい……」
「カイルさん、諦めてください。あいつらにもう、常識は通じないんです……」
ツヨシは、空中で楽しそうに追いかけっこ(という名の超音速機動)をする三人を眺め、深く溜息をついた。
5. 次なる無茶振りへの予感
「みんな、いい感じね!」
アニスは満足げに腰に手を当てた。
「これなら、お城の壁を飛び越えるのも余裕ね。次は……そうね、『分身の術』に挑戦してみましょうか!」
「「「御意ッ!!!」」」
三兄弟の返事が、空から降ってくる。
ツヨシは確信した。
次はおそらく、高速移動しすぎて残像が実体化するか、あるいは筋肉が分裂して増えるかの二択だろう、と。
異世界忍者たちの「勘違い」は、今日も空高く、高くへと突き抜けていくのであった。




