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異世界転生しちゃったので忍者になってみた  作者: 羽越世雌
第2章:どんどん「忍術」の定義が歪んでいく
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第27話:水蜘蛛は底を走れ

1. アネゴの思いつき、湖を割る


「火が吹けるようになったら、次は『水』よね!」


朝の爽やかな空気の中、アニスの声が里の湖畔に響き渡った。

彼女が指差すのは、里の端にある静かな、しかし水深はかなり深い「蒼月の湖」である。


「いい、あんたたち。忍者っていうのは、水の上をスイスイ〜っと走って、敵の不意をつくものなのよ! 師匠も言ってたわ、『水蜘蛛』を使って水面を駆けるのが基本だって!」


バルカス、ザック、ビルの三兄弟は、真剣な面持ちで湖面を見つめた。

彼らの脳裏には、かつてツヨシが説明した「水蜘蛛(水面に浮かぶための木製の履物)」の図解が浮かんでいた。しかし、彼らの解釈はすでに「忍者=超人」という歪んだフィルターを通っている。


「(水の上を……走るだと……?)」

バルカスは冷や汗を拭った。

「(通常、水面に足を置けば沈む。それを超える速度で走るか……あるいは、水という物質そのものを『屈服』させるほどの圧力をかけねばならんということか!)」


2. 「重力」を味方につけるという逆転の発想


特訓初日。彼らはツヨシが作った試作の水蜘蛛を履いてみたが、当然ながらバランスを崩して溺れかけた。


「……おかしい。これでは浮くだけで、隠密性が皆無だ」

びしょ濡れで岸に上がったバルカスが、重々しく口を開く。

「ザック、ビル。アネゴの言葉を思い出せ。『不意をつく』と言われた。水面をパチャパチャ走っていては、敵に丸見えではないか?」


「確かに! 兄貴、さすがだ!」

「じゃあ、どうするんだい?」


バルカスは、湖の底に沈んでいる巨大な岩を見つめ、不敵に笑った。

「忍の極意とは、常人の裏をかくこと。……ならば、水面ではなく『水底』を走れば良いのだ!」


彼らが導き出した結論はこうだ。

『浮くから不安定なのだ。ならば、絶対に浮かないほどの重りを背負い、湖底に足場を固定して全速力で駆け抜ける。これぞ、究極の隠密歩行なり!』


3. 湖底の暴走族、誕生


数日後。アニスとツヨシが湖へ様子を見に行くと、そこには奇妙な光景があった。


三兄弟が、それぞれ五十キロはあろうかという鉄の塊を背負い、竹筒を口に咥えて湖へダイブしていくのである。


「えっ、ちょっと!? 自殺!? みんな死んじゃう!」

慌てて駆け寄るツヨシ。しかし、アニスは目を輝かせて「あ、見て! 泡が出てるわよ!」と楽しそうだ。


湖の底では、バルカスたちが必死の形相で疾走していた。

水の抵抗は凄まじい。しかし、彼らは持ち前の筋力と、カイルから教わった「身体強化」の魔法を、あろうことか『一歩踏み出すたびに湖底の土を蹴り飛ばす』という無駄な方向へ全力投入していた。


「(おおおお! 走れる! 走れるぞ! 水の抵抗を筋肉でねじ伏せる……これぞ忍の喜び!)」


ゴゴゴゴ……という地響きと共に、湖面に激しい気泡の列が走り抜ける。それはさながら、水中に潜む巨大な怪物の移動のようだった。


4. 浮上、そして勘違いの完成


「ぷはぁっ!!」


湖の反対側の岸から、全身から湯気を出し、筋肉をパンパンに膨らませたバルカスが飛び出してきた。背中の鉄塊は、あまりの負荷にひしゃげている。


「アネゴ……! 報告します。湖底を時速三十キロで走破する『裏・水蜘蛛の術』……完成いたしました!」


「……え、ええ。すごいじゃない! 湖面がボコボコ泡立ってて、なんだか魚が全部浮いてきてたけど、迫力満点だったわよ!」

アニスは、当初の「スイスイ〜」というイメージが粉砕されたことなど微塵も気にせず、力強い弟子たちを称賛した。


ツヨシは、浮いてきた魚(気絶している)を回収しながら、遠い目をした。

「……バルカス君。それ、水蜘蛛っていうか……ただの『深度百メートルの土木作業』だよね?」


「師匠、お褒めいただき光栄です! 次は、背負う重りを百キロに増やし、さらに沈降速度を上げます!」

「いや、褒めてないから! 肺が潰れるからやめて!」


5. カイル、再び頭を抱える


その様子を遠くから眺めていたカイルは、魔法書を地面に落とした。


「……馬鹿な。水圧と抵抗を無視して水底を走るなど、どんな魔導騎士でも不可能だ。あいつら、魔法の使い道を根本から間違えているのに、出力だけは伝説級になりつつあるぞ……」


忍者の「術」を、すべて「筋肉と根性と魔力の暴発」で解決しようとする三兄弟。

アニスの無茶振りが、この異世界の物理法則をじわじわと書き換え始めていることに、まだ誰も気づいていなかった。


「よし! 次は『空飛ぶムササビの術』ね! 崖から飛び降りて、あとは気合で浮いてちょうだい!」


「「「御意ッ!!!」」」


ツヨシの静止の声も虚しく、三兄弟は意気揚々と里で一番高い崖へと向かっていった。

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