第26話:火遁の術は気合で吹け
1. アネゴの無茶振り、発動
「いい、あんたたち! 忍者と言ったら『火』よ、火! 口からボーッと吹けなきゃ、二流なのよ!」
里の広場で、アニスが豪快に言い放った。
彼女の脳内にある忍者のイメージは、以前ツヨシが「キャンプの火起こし」で見せた火遁の術(という名の火打石と手品)と、昔読んだ絵本の挿絵が混ざり合った、実にカオスなものだった。
「口から……火を……?」
バルカスは冷や汗を流した。彼は戦士である。魔力がないわけではないが、魔法使いのように火球を放つ術など知らない。
「そうよ! 師匠はこの前、指先一つでシュババッて火を出してたわ(※ただの火打石です)。弟子なら口から出すくらい当然でしょ!」
「(な、なるほど……。師匠の指先がそれなら、我ら未熟な弟子は全身の魔力を肺に集め、口腔から放射するほどの覚悟が必要だということか!)」
バルカスの中の「ポジティブな勘違い」がフルスロットルで加速した。
2. バルカスの孤独な魔導特訓
その夜から、バルカスの奇行が始まった。
彼は「火遁(アニス談)」をマスターするため、独学で魔法の理論を学び始めたのだ。しかし、里には魔法の教科書などない。
「火……熱……。そうだ、まずは内臓を熱くすれば良いのではないか?」
バルカスが目をつけたのは、台所にあった「激辛のトウガラシ」だった。
それを一掴み口に放り込み、悶絶しながら座禅を組む。
「ぐっ……おおおお……! 燃える……胃袋が燃えるぞ! これが……忍の火の胎動か……!」
「(いや、ただの腹痛だぞ、バルカス)」
木陰から見ていたカイルは、頭を抱えた。
だが、バルカスの執念は凄まじかった。
彼は激痛の中で、己の魔力を無理やり熱量に変換する「独自の魔力回路」を構築し始めていた。本来、数年かかる魔力操作の基礎を、彼は「アネゴの期待に応えたい」という恐怖と忠誠心だけで突破しようとしていたのである。
3. 実践、火遁の術(?)
翌日。アニスの前で、特訓の成果を披露する時が来た。
バルカスの顔は、トウガラシの摂りすぎと寝不足で土気色、いや、むしろ赤黒くなっている。
「アネゴ……お見せしましょう。我ら三兄弟が辿り着いた、火遁の境地を!」
バルカスが大きく息を吸い込む。
ザックとビルが左右で「印(適当に指を絡めたもの)」を結び、バックアップする演出付きだ。
「……ふんっ!!」
バルカスが渾身の力で息を吐き出すと、その口から、細く、しかし鋭い「火花」がパチパチと飛び散った!
魔法学的に言えば、無属性の魔力を強引に摩擦させて発火させた、極めて非効率で危険な「奇跡」である。
「おおお! 出た! 火が出たわよバルカス!」
アニスは大喜びで拍手した。
「でも、ちょっと地味ね。次はもっと、こう、家一軒燃やすくらいの勢いでお願いね!」
「……は、はいっ! 尽力いたします!」
バルカスは吐血しそうな勢いで返事をした。
4. ツヨシ、またしても困惑する
そこに、昼食の準備を終えたツヨシがやってきた。
「あ、みんな。休憩にしない? 今日は特製の……あれ? バルカス、なんだか口の周りが焦げてない?」
「師匠! 見てください! バルカスの兄貴が口から火を吹きました!」
ザックが興奮気味に報告する。
ツヨシは目を丸くした。
「え? 火を吹いた? 魔法? バルカス、君は魔法戦士だったの?」
「いえ……アネゴのご指導により、内なる魂を燃焼させる術を学びました……」
ツヨシは横で「ふふん、アタシの教育がいいからね」と胸を張るアニスを見た。
「(……おかしい。僕が教えたのは、火打石を隠し持って指を鳴らす手品だったはずなんだけど。なんでこの人たち、本当に人体発火に向かってるんだろう……)」
5. カイルの決意
その夜、カイルはバルカスの肩を叩いた。
「……おい。バルカス。お前にこれを貸してやる」
差し出されたのは、カイルがかつて冒険者時代に手に入れた、ボロボロの『初級火炎魔法の心得』という古文書だった。
「……! カイル殿、これは?」
「そのままのやり方だと、お前は火を吹く前に内臓が炭になる。忍術だか何だか知らないが、せめて理論的に火を出せ。……見ていられん」
「カイル殿……。貴殿も、我らが忍の道へ進むのを助けてくれるのですね!」
「違う。死なれては寝覚めが悪いだけだ」
こうして、里の荒くれ者たちは、カイルによる「真っ当な魔法理論」を、なぜか「忍術の秘伝書」として吸収し始める。
アニスの無茶振りが、結果的に里の戦力を(非常に歪んだ形で)底上げしていくのであった。
「よし、次は『水の上を走る』練習ね!」
「「「御意!!」」」
ツヨシの苦労は、まだまだ終わらない。




