第24話:忍びの買い物は、勧誘の香り
1. 最初の試練「買い物」
「バルカスさん、今日は少し遠くの街まで、この『お買い物リスト』の品を買ってきてもらえますか?」
ツヨシが差し出したのは、古びた紙切れ。そこには「大豆、煮干し、防虫用のハッカ油」と、あまりに生活感溢れる品目が並んでいた。
だが、バルカスの瞳には、それが『禁じられた呪印の触媒リスト』に見えていた。
「(……ハッカ油だと? 敵の鼻を潰す刺激ガスの素材か! 煮干しは……小魚に擬態させた暗器の芯か!?)」
バルカスは背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。
「御意! 師匠、この命に代えても、完璧に調達して参ります!」
「いや、命はかけなくていいですからね。お釣りで自分の好きなパンでも買って食べてください」
「(くっ……! 隠語で『敵の首をパンのように刈り取ってこい』という激励か……! なんという過酷な試練!)」
バルカスは、ツヨシから貸し出された「目立たない綿の服(実はただの古着)」に身を包み、決死の覚悟で街へと向かった。
2. 再会、そして「暗殺者の気配」
街の雑踏の中、バルカスは周囲を警戒しながら歩いていた。ツヨシに教わった『気配を消す歩き方(いわゆるナンバ歩き)』を忠実に守りながら。
その時、路地裏から柄の悪い男たちが声をかけてきた。
「……おいおい、見ろよ。ありゃあ、行方不明になってたバルカスの頭じゃねぇか?」
「なんだあの格好は? 落ちぶれて農夫にでもなったのかよ」
かつてバルカスが率いていた賊の残党、ザックとビルだ。彼らはバルカスが「黄色い小娘」に負けて以来、職を失い食い詰めていた。
「おい、バルカス! どこで何してやがった! 俺たちを置いて逃げやがって——」
ザックがバルカスの肩を掴もうとした瞬間、バルカスは反射的にツヨシの教えを実践した。
「(……いなす! 力を逃がして、重心を預ける!)」
バルカスがふわりと身を翻すと、勢い余ったザックは路地裏のゴミ箱に顔から突っ込んだ。
「なっ、なんだ今の動きは!? 消えただと!?」
3. 「師匠」の偉大さを説く
バルカスは無表情に(実際はツヨシの真似をして穏やかに)振り返った。
「よせ、ザック。今の俺は、以前の俺ではない。漆黒の深淵に住まう『師匠』のもとで、真の『影』を学んでいる身だ」
「し、師匠……? あのバルカスを子供扱いするような化け物がいるのかよ」
ビルの声が震える。バルカスは遠くを見るような目で語り始めた。
「そうだ。師匠は、一見するとただの『優しそうなおじさん』だ。だが、その瞳はすべてを見通し、その手は触れるだけで鋼の筋肉を無力化する。しかも、あの方は……『殺さず』を貫いている。命を奪うことすら、師匠にとっては『無駄な工程』に過ぎないのだ!」
「な、なんだって……! 殺さずして制す……伝説の、伝説の暗殺王じゃねぇか!」
バルカスの語るツヨシ像は、もはや神格化されていた。
「今、俺は師匠から『街に眠る禁忌の物質(大豆とハッカ油)』を集める任務を任されている。お前たち、暇なら手伝え。これが成功すれば、あるいは師匠にお引き合わせできるかもしれん」
「や、やらせてください! 掃除でも何でもします!」
賊の残党たちは、バルカスの圧倒的な「(ツヨシ風)落ち着き」に気圧され、その場で忠誠を誓ってしまった。
4. 弟子、倍増
数時間後。
ツヨシが里の縁側で茶を啜っていると、遠くから土煙を上げて男たちが走ってくるのが見えた。
先頭には、重い荷物を軽々と担ぐバルカス。その後ろに、ボロボロの服を着た男たちが二人、必死に付いてきている。
「師匠! ただいま戻りました! 任務、完遂いたしました!」
バルカスはツヨシの前に膝をつき、大豆の袋を捧げ持った。
「そして……こちらにいる愚か者ども、師匠の噂を聞き、どうしても門下に入れてほしいと。裏庭の草むしり、あと十人分は必要ではないかと思い、連れて参りました!」
ザックとビルは、ツヨシの姿を見て絶句した。
「(……っ! なんて……なんて普通なんだ! 殺気が一ミリも漏れ出していない! まさに『虚』そのもの! バルカスの言った通りだ、このおっさん、ヤバすぎる!)」
ツヨシは困ったように頬をかいた。
「ええと……。草むしりなら、確かに人手があると助かりますけど……。君たち、本当にボランティアでいいの?」
「「「ボランティア(暗殺修行の隠語)! 喜んで!!」」」
三人の男たちが同時に土下座する。その勢いで、里の地面がわずかに揺れた。
5. カイルの頭痛
夕方、仕事から帰ってきたカイルは、庭を見て硬直した。
そこには、三人の巨漢が、一列に並んで「シュッシュッ」と謎の呼吸音を出しながら、ものすごい速度で草を抜いている光景があった。
「……ツヨシ。説明しろ。あの『死神三兄弟』みたいな連中はなんだ」
「ああ、バルカスさんが連れてきたお友達だよ。みんなすごく真面目でね。『根っこを抜くたびに魂が浄化される』って、泣きながら作業してるんだ」
「(……こいつら、絶対あとで面倒なことになる……)」
カイルの予感は的中していた。
なぜなら、バルカスたちが「暗殺者の歩行術」で買い物をして回った結果、街では「最近、妙に足音のしない不気味な男たちが、大豆を買い占めている」という奇妙な噂が広まり始めていたからである。
一方、ツヨシは上機嫌だった。
「みんなのおかげで庭が綺麗になったし、今夜は多めに『おからハンバーグ』を作らないとね!」
「(……師匠、今度は『おから(重力操作の触媒)』の練成を教えてくださるのか……!)」
バルカスたちの勘違い修行は、さらに加速していく。




