19 ジェラルド、壊れる
いつもは特に飾り気もなく、静謐とした厳かな雰囲気の学校のホールがすっかりライトアップされている。楽団が入って音を奏でている上に、あちこち華やかな装飾がされ、更には色とりどりのドレスや礼服で着飾った貴族子息子女達がそこに大勢おり、なんとも目にも鮮やかな空間と様変わりしていた。
そして、そこに入っていったのは王子然としたジェラルド。背筋をぴんと伸ばし私をエスコートする。ジェラルドの腕に手をやり、私も姿勢良く進んでいく。ジェラルドが通る道は、元々そこに道があったのかと勘違いしそうになるくらい人が避けてくれるので歩きやすいなぁなどと考えながら、ジェラルドの顔を見やると、このきらびやかな空間の中でも一際目立つ存在だということがよく分かる。キラキラと煌くバターブロンドの髪の毛は艷やかで、ライトに照らされて更に輝きを増しているように見えた。
王城でさっさと行ってしまったジェラルドとは違い、今は私の歩くペースに合わせてくれている。こういうところ、外面はちゃんと王子様なのよね。
ローランはホールの端の方で私達をじっと見守ってくれていた。何かあったらこちらに来るだろうけれど、ひとまずはあそこから護衛なのだろう。
「いいか、リーズ。俺から離れるな。」
「え?ファーストダンスを踊ったらもう構わないのではないですか?」
「馬鹿言うな。俺が他の女に囲まれるのを阻止するのがリーズの役割だろ。」
そんな役割初耳です。表情を全く変えず、キリリとした目線を私に落としながらなのに、言っている内容はいかにも俺様ジェラルド様だった。ぽかーんとした顔でジェラルドを見上げると、私に向かって柔らかく微笑んだ。なんだこの王子様スマイル!
「アホ面になってる。リーズは単純だな。」
表情はザ・王子様なのに、言っていることはやっぱり俺様だった!心の中でキーっと叫びながら、周囲の人にそんな雰囲気を感じさせないように必死で笑顔を作った。腹が立つ!
「(やっぱり王太子殿下は通信巫女様とご婚約なさるのかしら?)」
「(幼馴染だといって普段はもっと気安い雰囲気ですけれど、今日は殿下がとてもお優しそうですわ。)」
「(今日の殿下は一段と素敵ですものねぇ。)」
「(通信巫女様も今日はなんだか嬉しそう。幼馴染っていうだけでアドバンテージがあるのですもの。それで巫女様ですものね。やっぱりこうなったって感じですわよねぇ。)」
聞こえている!聞こえています!ご令嬢方!
これみよがしに聞こえるように噂話をするのは止めてと叫びたい。本当に丸聞こえだった。いや、敢えて聞こえるように言っているのか?こうして私とジェラルドの勝手な噂が広がっていってしまうのか。お願いだから止めてください・・・
思わず眉間に皺が寄る。
「不細工になってるぞ。」
ジェラルドが私の眉間に触れる。だからそういうのやめてってば!思わず睨みつけるが、ジェラルドは微笑んだままだった。言っていることと行動が全く噛み合っていない。でも、会話の内容さえ聞こえなければ私達は仲睦まじいカップルに見えてしまうのかもしれない。これではジェラルドの望み通りの展開だ。確かに悔しいけれども、お互いのメリットを考えたら今はこれが正解なのかもしれないと思いぐっと我慢することにした。
しばらくすると、学園長が入ってきて本日の卒業生たちへ祝辞を述べる。そして楽団が音を奏でだし、ダンスタイムが始まる。ジェラルドに引かれながら、二人でホールの真ん中に行きダンスを始めると、あちこちでそれに参加する人達が増えていく。そうして音楽に合わせて、ホールの中は色とりどりのドレスがフワフワと舞っていてなかなか幻想的な空間となっていた。私もジェラルドに引き寄せられたり回転させられたりする度にドレスがフワフワと舞い、パールが控えめに艶めいていてとても美しく見えた。ジェラルドのダンスリードはとても上手かった。幼い頃には練習で何度も一緒に踊ったけれど、ジェラルドはこんなに上手くなかった。いつの間に成長したのだろう。
「リーズのダンスは合格点だな。さすが王城で教育を受けているだけある。」
「幼い頃から巫女に相応しくあれと言われて王城で学んできましたからね。少なくとも昔は殿下よりも優秀な生徒だったと思いますわ。」
「まぁ、そうだな。リーズはたしかに優秀だった。」
あら、素直。珍しい。
「認めていただけて光栄です。殿下もとてもダンスがお上手になりましたよね。とても踊りやすいですわ。」
「ダンスにしたってなんだってもっと優秀なのはジルだけれどな。」
「ジルは特別ですわ。あの人はちょっと色々な面で優秀過ぎます。」
「確かにな・・・」
なんだか元気がない気もする。ダンスのリードが緩むことはないけれども、表情が若干暗くなる。
「俺から見ても、ジルはいい男だと思う。ベアトリスがいなかったら、リーズはジルと婚約していたかもしれないな。」
また唐突に何を言い出すのだ。
「それはないですわね。私にとってジルは幼馴染以外の何者でもありません。ジルだって私に対してそうとしか思っておりません。ベアトリスの事を溺愛しておりますし。そもそもですけれど、私にはエグモント様がいますので。」
現の死者となったエグモントだが、私はずっと彼のことしか見えていない。エグモント以外は正直な話どうでもいいのだ。ジェラルドの目が一瞬見開くと、少し眉間に皺が寄る。あれ?変なこと言ったかしら。
「リーズは巫女だぞ?20歳までに結婚しないとならない。」
・・・それは、考えないようにしてきている事実だった。巫女の力は、20歳の誕生日を迎えるまでに結婚して、旦那様となる方に自身の純潔を捧げないといけないらしい。エグモントとは結婚できるわけではないので、いつかは直面する問題ではあった。けれども私には秘策がある。
「確かにそうなのですけれど、結婚しなくとも、20歳までに純潔を男性に貰ってもらうだけで力は維持出来るのだそうです。昔戦場に巫女がついていっていた時はそういうこともあったらしいですわ。」
ジェラルドが今度は目を丸くしている。知らなかったでしょう!結婚は必ずしも条件ではないのだ。とにかく純潔を誰か男性に貰ってもらえば良いのだ。
「リーズ、純潔って・・・」
「あら、殿下。簡単なことなのですよ。一晩同じベッドで一緒に寝るだけでいいのです。淑女たるもの、本来はそんなことはしてはならないとは思うのですが、それだけで力が維持できてずっとエグモント様と繋がれるなら一晩くらい我慢しますわ。殿下も未来の国王として、私の巫女の加護の力がなくなるのは困るでしょう?本日殿下に協力いたしましたし、もしもそういったお相手が見つからなかったら殿下にお願いしてもいいですか?一晩だけ我慢してくださいませ。」
「ばっ、バカか!!!」
ちょうどタイミングよく曲が終わる。ジェラルドは何故か顔を真っ赤にしてその場で止まった。私は殿下からすっと離れるとドレスをつまんで挨拶する。ジェラルドは礼をするのも忘れ、私を見てプルプルと震えている。
次の瞬間、腕を引っ張られてホールの中心から抜け出した。そのままグイグイと引っ張られて、私とジェラルドはホールの外の中庭に出てきてしまった。いくらなんでも王太子であるジェラルドがいきなりこれではおかしいだろう。何に気が触れたのかは分からないが早く中に戻るべきだ。
「リーズ、今言ったこと、絶対に絶対に他では言うなよ!」
先程まで王子様だったジェラルドがすっかりといつもの幼馴染だけの時のジェラルドに戻っており、私に向かって指図してきた。顔は相変わらず真っ赤で、いかにも動揺している風だった。私はそんなに何かおかしなことを言ったのだろうか。
「私何か変なこと言いましたか?」
「本当に分かっていないのか?!」
「巫女の加護の力をどうやって維持するかですわよね?純潔を散らすだけで良いのですよ。殿下が駄目ならジルに頼もうかとも思っております。お兄様ならお兄様でもいいのですが、どうやら血縁者は駄目だそうなので、仕方ありませんわね。」
「ジルも駄目だ!ジルはベアトリスがいるだろう!」
「え?一人しかだめなのですか?」
「そういう意味じゃない!!!」
なんだかものすごく怒っている。何を怒らすようなことがあったのだろうか。
「殿下!リーズ!勝手にいなくならないでください!」
「お兄様。」
ローランが追いかけてきた。ジェラルドが唐突に飛び出たから、ローランもさぞかし驚いたことだろう。
「おいローラン!妹の教育これじゃあまずいぞ!誰がしているんだ?!あぁ?あー、王家権限でしているのか。リーズの教育係は誰だ!ベアトリスもじゃないだろうな?!ベアトリスはジルが勝手にやるからいいか。って、もうリーズがこれだと大変なことになる!しっかりしろよ!」
突然訳のわからないことを叫びながらジェラルドが頭をガシガシ掻いている。せっかくきれいに整えられていた髪が乱れていく。
・・・遂にジェラルドが壊れた。ローランが私の横に来て、怪訝な表情をしていた。
「殿下に何があったんだ?」
「全く分かりません。突然壊れました。」
更にジェラルドが頭を抱えて喚いている。さすがにちょっとこの姿を他の誰かに見られたらあまり良くないだろう。
「殿下、分かりましたから。他の人にはいいませんから落ち着いてください。」
「絶対だぞ!絶対言ったら駄目だぞ!」
「分かりましたってば。」
はぁはぁいいながら、暴れるのを止めたジェラルドの前髪が崩れて前に一房垂れていた。まだ頬は紅潮していて、少し目が潤んでいる。
ちらりと私の方を見てきたジェラルドは、ただならぬ色気を纏っていた。怖!これで多くのご令嬢をその気にさせてきたのか。まだ15歳のくせに!
「ローラン。もう良いだろう。一度生徒会室で休む。リーズは少し頭を冷やしてからこっちに来い。少し話がある。それでもう帰ろう。」
ジェラルドは少しフラフラとしながら生徒会室の方へ向かって歩き出した。ローランが後ろから追いかけて、ジェラルドを支える。
「とりあえず生徒会室へ殿下を連れて行くから、リーズも後からこっちに来い。」
ローランが私に声をかけると、フラフラのジェラルドを支えながら生徒会室の方へ向かって行ってしまった。私は、というと、ぽつんと一人中庭に置いていかれてしまった。




