18 卒業パーティーへ
卒業式当日。式の終了後、夕刻より学校のホールで卒業パーティーが行われる。ベアトリスとジョシュは今日は生徒会役員として運営側だ。そして私はというと、一昨日私の部屋に届けられたドレス一式を目の前に、ため息を付いていた。スカイブルーのAラインのドレス。全体的に細かな刺繍が施され、パールが散りばめられたそのドレスを見た時、「お金かけすぎ!」と心の中で叫んでしまった。一緒に送られてきたティアラと、ネックレスにイヤリングもパールがベースで作られていて、私のホワイトブロンドの髪によく映えるように計算し尽くされていた。別に新しいドレスなどいらなかったけれども、これだけ美しいドレスを見たら少し心が弾んでしまったのは内緒だ。
侍女が数人がかりで私の準備を手伝ってくれた。まだ社交デビューをしている訳では無いが、淑女教育はずっと王城で受けてきているので多分大丈夫だろう。そういう面では不安などはなかった。
準備が済んで、姉妹のサロンでお茶を飲んでいるとエグモントがそこに現れた。
『リーズ。ものすごく似合っている。本当に可愛い。』
エグモントがにこやかに褒めてくれた。こんな風に見た目を褒められることなど普段はないため、なんだか照れくさいけれどすごく嬉しい。残念ながら私はごくごく平凡な見た目なのだ。整った顔立ちでイケメンと言われているローランと、表情がくるくる変わって可愛らしさ全開のベアトリスと似てはいるものの、なんとなくなにかが足りないというような残念さだ。それなりに整ってはいるけれど、目立つものがないので、逆にお化粧映えはいいと思う。あくまで自分比だが。だから着飾ればまだマシではあるものの、普段は特に何もしてないので、やはり残念な感じは消えないだろう。
「エグモント様にそう言っていただけるのが一番嬉しいです。」
エグモントの言葉は素直に嬉しいのでお礼を言う。
『こんな素敵なレディは僕がエスコートしたいけれどね。あー、残念だ。』
エグモントはニコリと微笑みながら冗談か本心かわからないような軽い口調で言った。まぁ、それなりに見られる程度にはなっているということでいいのかな、と思いながらいると、またもノック無しで扉が開く。
「時間だ!行けるか?」
・・・本当にこの王太子様は。と思いながら扉の方を見やると、キラッキラの王子様がそこにいた。いつもは前髪を斜めに垂らしているが今日はしっかりと後ろに撫でつけ、その美しい顔をすべてさらけ出している。彫りが深く整った顔立ち。きれいな碧眼が埋め込まれたくっきりとした目。厚すぎず薄すぎない丁度いい唇の端は上向きで、自身への自信が満ち溢れている様子が溢れている。そして成長途上なのに私より頭一つ分位背が高く、その身体が纏うのは襟のところに複雑な刺繍が施された濃紺のジャケット。薄いグレーのクラバットがぴったりだ。それと同色のスラックス。私と合わせるためか、パールのピンブローチがジャケットにはつけられている。本当、悔しいくらい王子様だ。
私は立ち上がると、軽くカーテシーをする。
「とーっても不本意ですが、本日はよろしくお願いいたします。」
「リーズはまだそんな事言っているのか。いい加減観念しろ。」
「観念しろと言われましても。相応の距離感は保ってくださいね。色々噂されるのは嫌なので。」
「噂させておけば良い。お互いメリットあるぞ。」
「メリットってなんですか。私にとってはデメリットだらけです。」
「お互い異性が寄ってこなくなる。」
「まぁそうかもしれませんが・・・」
「なぁ、エグモント。リーズに変な男が寄ってきてほしくないだろう?」
ジェラルドは、エグモントが今ここにいることにちゃんと気が付いていた。エグモントを見やると、両掌を胸の前で上に向けて、呆れたような顔をしていた。
「何か言っているか?」
「呆れております。」
「呆れるってなんだ、呆れるって。」
あまりにジェラルドの物言いが適当すぎて呆気にとられている状態です。思わず私も冷たい目線をジェラルドに投げると、ジェラルドは怪訝な表情をしていた。
「まあいい。では行くぞ。」
ジェラルドはそういうと、わたしをエスコートするでもなくクルッと廊下の方を向いて歩き出した。私も仕方がないのでそれに着いていく。長い脚のジェラルドは、あくまでマイペースで歩く。普段あまり着ることのないドレスにヒールの靴故に全く追いつける気がしない。
「リーズ、ゆっくり行けば良い。どうせ殿下と同じ馬車で行くのだから、リーズが馬車に乗らなければ出立できないから大丈夫だ。」
今日も護衛兼侍従はローランだった。ローランもこんなマイペース王子様に振り回されて大変だ。
馬車に乗り込むと、既に座席に座って鼻歌を歌っているジェラルドがいた。私は向かい側に座る。ローランは私の隣に腰掛けた。ローランが声を掛けて、馬車が動き出す。ジェラルドは、鼻歌をうたい続けながら馬車の窓から外の景色をボーッと眺めているようだった。もう着くまで放っておこう。
「今日のドレス、よく似合っているな。いつにも増して可愛いよ。」
「あら、お兄様。お世辞でも嬉しいです。」
「お世辞じゃないぞ。俺の妹はいつでも可愛い。」
「ベアトリスのほうが可愛いですわ。」
「なんでだよ。ベアトリスも可愛いけれど、リーズもものすごく可愛いよ。」
『ローランはよく分かっているよね。リーズは可愛い。もっと自信を持つべきだよ。』
いつの間にやらジェラルドの横に腰掛けるように浮いているエグモントがいた。思わずそちらをみやりながら頬に熱が上がり、「あら・・・」と声を漏らすと、ローランがエグモントの存在に気が付いた。
「あれ?エグモント来てる?」
「はい。そちらに座っているように居られますわ。」
エグモントがニコニコと笑っていると、パッとジェラルドがそちらを見やる。同時に鼻歌が止まる。
「エグモント、お前今日は控えておけ。」
『殿下。僕はリーズを守らなければならないので今日は付き添わせていただきます。』
エグモントは忠誠心を表すように胸に手を当ててジェラルドに向かって軽く頭を垂れる。もちろんこの姿が見えているのは私だけだけれども。
「エグモントは何か言っているか?」
「・・・いえ。特には何も。」
「どうせリーズのために付き添うとかなんとか言っているんだろう。想像がつく。」
チッと舌打ちをしながら、また窓の外を眺めだした。私はエグモントの方に苦笑いを向けた。エグモントも同様だった。
「エグモント、今日は僕も護衛として付くし、学校も警備を例年よりも増やしているから安心していい。一緒にリーズのことだってちゃんと守る。だから今日は控えてやってくれるか?」
ローランがエグモントにお願いした。エグモントはローランがジェラルド側についたことが少し意外だと感じたようだった。
『ローランにそう言われたら控えざるを得ないね。本当は殿下の成長が見たいという意味もあったんだけれど、今日のところは退散するよ。リーズ、異性の誘いは基本的には断っていいからね。殿下のパートナーとして参加だから、変な男が寄ってくることはないだろうけれども、万が一もあるから気をつけて。今日のところは領地の方へ行くから、また後日話を聞かせて。』
そういうと、エグモントは跪くように腰を落とし、私の手を取りそっと指先に唇を落とした。ふわっとしたその唇の感触は、ロンググローブ越しだったので触れているのかいないのかわからないくらいの感覚でしかなかったが、私の気持ちを膨らませるには十分だった。私の方を上目遣いにちらりとみやり、ニコリと微笑むとエグモントは消えていった。けれども、その一連の行為は、私の耳から頬までを紅潮させる。顔から熱が溢れ出しそうだった。
「エグモントになにかされたか?」
「い、いえ・・・大丈夫ですわ!」
ローランに指摘されてしまったが、私は平静を装う。ジェラルドは、横目に私の方を見ていたようだったが、特に意に介せずという様子で何も言ってはこなかった。




