20 現の死者の巫女
何がおかしかったのかイマイチよく分からないのだけれども、ジェラルドが壊れてしまったのでもうどうしようもない。後はローランがなんとかしてくれるだろうと信じておこう。私が置いていかれたということは、ジェラルドが落ち着くまで来るなということだろうから少し時間を空けてから生徒会室へ行くことにしようと思い、中庭を見渡してみた。
初夏の今は色とりどりの花が咲き出していてなかなか見ごたえのある庭園となっている。ホールの方はにぎやかで、漏れ出る灯りに加えて等間隔で灯っているガス燈が幻想的な雰囲気を醸し出していた。まだパーティーが始まってそれほど時間が経っていないので、こんなところに出てきているのは私達くらいだろうと思っていたのだが、そこには一人のご令嬢がいた。ぼーっとホールの方を眺めている。なんだか不思議な雰囲気のご令嬢だ。プラチナブロンドの髪をくるくるの縦ロールにしている。クリーム色のドレスは、かなり肩にボリュームのあるパフスリーブのプリンセスライン。レースがたくさんあしらわれていて豪奢ではあるものの、少し古臭さを感じてしまった。なんとなく気になって近くに寄ってみると顔がはっきりと見えた。
・・・なんというか、だいぶ時代遅れのメイクだ。
元の顔の良さは何となく分かるのだが、整えられているわけでもない太めの眉に濃いめのアイシャドウ。リップも唇の輪郭をはみ出してぶ厚めに描かれており、せっかくの美人がもったいないことになっているように感じた。
それでも付けているアクセサリーはダイヤモンドが中心で、びっくりするほど大粒のダイヤがきらめくお花のモチーフのネックレスが胸元で輝いていた。
どこかの高貴な身分のご令嬢なのだろうけれど、さすがにこのセンスはもう少しなんとかしてあげたほうが良かったのではないかしらなどと思っていると、ご令嬢が私の方を見てきたので目が合った。
とりあえずニッコリと微笑みながら軽く首を傾ける。不躾に見てしまってごめんなさいというご挨拶のつもりだった。
『あなた・・・私が見えているの?』
え?
『この声も聞こえているのね?!』
えええ?も、もしかして。
ご令嬢は、私の方に流れるような動作で近寄ってきた。よく見ると、足が地についていない。あぁ、現の死者だったか。
改めて考えてみると、こんな時代遅れのセンスのご令嬢が今日のパーティーに来ているなんて考えにくかった。現の死者としてここに居たと言うならば納得出来る。
「ごきげんよう。たしかに私には貴女が見えていますし声も聞こえておりますわ。」
『どうして?!何故分かるの?!今まで居なかったわ!私のことが分かる人なんて!!』
ご令嬢は、だいぶ興奮しているのか私の両肩を持って前後に揺らしてきた。かなり必死で私の身体を揺らそうとしているが、私からしてみると羽が触れているように軽い力にしか感じられないため、あまり影響もないのだが。思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「私、ラオネルの巫女なのです。そして、巫女の加護の力がこうして現の死者の方が見えてお話できるという能力なのです。」
『巫女・・・なら私の遠い子孫ね。』
遠い子孫?
『バシュラール家の娘なのでしょう?私もそうよ。元々巫女だったの。』
「えええ!!!」
令嬢にはあるまじき声を思わず出してしまった。ご令嬢はその太い眉を下げながら言葉を続けた。
『最終的には純潔を守りきったから力は消えて、結局戦争中に命を落としたのだけれどね。』
純潔を守る?純潔とは守るのではなく散らすものなのではないの?私の認識が何か間違っている?
「あ、あの。いつの時代の巫女だったのでしょうか?」
『かれこれ350年くらい前になるかしら。』
350年。
どこかで聞いたことがある昔。当時は周辺諸国との争いが絶えない時代だった。巫女は戦争に駆り出され、そこで力を発揮することが殆どだった時代だ。
「大変な時代を過ごされたのですね。」
『そうよ。今は平和になったわよね。羨ましいわ。』
ご令嬢は、またホールの方を眺めていた。優雅な楽団の音や賑やかな笑い声などが聞こえてくる。パーティーはきっと盛り上がっていることだろう。
『私の加護の力はね。攻撃を当たりにくくするというものだったの。だから戦争の最前線で戦いについていかなければならなかったわ。人と人が命をかけて戦っていて、血飛沫が舞うような現場よ。価値観なんて色々とおかしくなってしまうわね。』
あぁ!思い出した。私が王都神殿で黒髪の大神官から聞いた、あの巫女だ。
「私、貴女のことを聞いたことがあります。」
『え?そうなの?』
「はい。私が王都神殿で巫女の力の認定を受けた時に、貴女と一緒の時代を過ごされたという黒髪の大神官様に伺いました。」
『どういうこと?黒髪の大神官?!何故あの人が!』
「王都神殿に現の死者として残っていられました。その大神官様にこのブレスレットの場所を教えていただき、それで今は私が預からせていただいております。」
私は左手を差し出す。そこにはバシュラールのブレスレット。内側に5色の石が埋め込まれているゴールドのそれを見るなり、現の死者である元巫女はパッと微笑んだ。
『本当に私のブレスレットじゃない。これね。当時の私の恋人がプレゼントしてくれたの。うふふ。懐かしいわ。』
「恋人・・・ですか?!これ、バシュラール家に伝わるものだと聞いたのですが。」
『あぁ、それ嘘。恋人からもらったものなのよ、これ。けれど人には言えないようなものだったからそう言っていただけなの。どうせ戦場に行ったらブレスレットのことなんて誰も知らないし、その時いた巫女はすでにバシュラール家から外に嫁いでいっている人ばかりだったから今更こんなブレスレットを出されても別にいいわって感じだったのよ。だから私が付けさせてもらっているっていう体で身に付けていたの。なにより私は最前線で戦わなければならなかったから、誰も文句は言わなかったわ。ほら、内側に文字が彫られているでしょう?』
なんていうか。すごい砕けた方だった。そして内側に掘られている謎の文字列。いくら考えても何のことだか分からなかった。
「この文字列、いくら意味を考えても分からなくて。」
『そりゃそうでしょう。わからないようにアナグラムにしてあるの。“escahlr”でしょう?ほら、並び替えるとね・・・“charles”になるでしょう?シャルルよ。シャルル・マイヤール。当時の第二王子様。私の恋人。』
「え・・・えぇ?!恋人って、王族だったんですか?!」
『そう。貴族学校時代に付き合っていたの。将来を二人で約束していたわ。けれど、学生生活を途中で抜けて私は戦場に行かなければならなかった。戻ってきたら婚約しようって約束した時に、こっそり王家の宝物殿からこのブレスレットを持ってきて私にくれたの。宝物殿のものの全容を把握していた人なんて当時いなかったから、一個くらいバレなかったのでしょうね。その時に、シャルルは私の力がより強くなりますようにっておまじないを掛けてこの文字を彫ってくれたわ。おまじないだから本当に力が増幅するわけではなかったけれど、私にとってはとても心強いものだったのよ。それをまさか貴女が持っているなんて、すごい偶然ね。』
おまじない?いや、本当に力が増幅するんですけれども。私はこれを付けている時に限り、現の死者をよりはっきりと認識できるし、なんとなくではあるものの触れることまで出来るのに。
「このブレスレット。本当に力を増幅しますよ。」
『そうなの?私は何も実感できなかったけれど・・・といっても、あの時の私はだいぶおかしくなっていたから何がなんだか分からなかったのかもしれないわ。シャルルは昔の文献をたくさん読んで色々なおまじないとかにハマっていた時期があったけれど、そんなシャルルのおまじないって実はすごかったのかしら。』
かつての恋人を思い出してか、元巫女はふふふと微笑んだ。そして再度ホールの方を見つめた。彼女の憂いを帯びた微笑みは、元恋人の王子を想ってのことだろうか。
『戦争の現場の最前線に長くいたせいで、私、精神的におかしくなってしまったの。そうでなくとも私は自分の夢を諦めなければならないことが多すぎたから。』
彼女は遠い目をしていた。黒髪の大神官の話を思い出す。確か、本意でない騎士と婚約を結ばされたと言っていた。最前線で加護を与え続けたとも。私はなんと声を掛けていいのか分からず、じっと彼女の動向を見つめていた。
『本当に久しぶりに誰かと話したけれど、やっぱりいいわね。ところで大神官様はどうして残っていたのかしら?』
「大神官様は、こちらのブレスレットを隠してしまっていたのが心残りだったそうです。もちろん貴女のこともとても気にされていましたが、さすがに日が経ちすぎていましたので。」
『たしかにそうよね。もう私のことを分かってくれる人なんていなくなって久しいわ。』
「大神官様は、あの時もっと他にやりようがあったのではないかと悔やんでおりました。」
『大神官様のこと、逆に利用して悪かったなって思っているのよ。彼をそそのかしてあの場から逃げたのは私なのだし。』
「そそのかした・・・んですか?」
『そうよ。私もだいぶおかしくて正常な判断が出来なくなっていたところもあったけれど、それなりに正気の部分もあったわ。弱っている大神官様をそそのかせばきっとこの場から逃げる手段を考えてくれるって思っていた。』
なんというか・・・なかなかやんちゃな巫女だったようだ。私は苦笑いを浮かべると、逆に元巫女はニコニコしながら話を続けた。
『戦争の最前線から逃げて隠れながら移動していたのだけれど、シャルルと落ち合おうと思ってもさすがに王族と接触できなくてどうしようかと思ったわ。もしも連れ戻された時にまた最前線に送られないように、ブレスレットを隠して力が十分発揮できないことにしようとか色々考えたの。皆このブレスレットが力を増幅させてくれると信じていたから。だから神殿にあったでしょう?このブレスレット。』
黒髪の大神官の話と全く違うブレスレットの話に若干呆気にとられた。
『力さえ無くなれば、王都に普通に戻れると思ったから、20歳を超えて力がなくなった時に一度戦場に戻ってちゃんと謝って、王都に戻してもらおうと思ったのよね。けれど、そんな時に聞こえてきたのがシャルルの婚約だったの。お相手は私よりも身分が上の公爵令嬢だったわ。力がなくなった私では、到底身分的にも叶わない相手。それでなんだかどうでも良くなってしまったのね。そんな時に、ずっと付き添ってくれていた大神官様に流れ矢が当たってしまって命を落としてしまったの。もう、本当に色々終わったなって思って、そのまま気付いたら戦火に飛び込んでいっていたわ。そして私もそこで終わり。』
自分の手で首を切るような振りをしておどけるような態度を取っている元巫女は、気のない感じの笑顔を作っていた。自分の望みなど叶わない、大変な時代を生き抜いてきていた人達だったのだ。
今の平和で平穏な世の中からは想像もつかないその話を聞いて、私は目頭が熱くなった。気付くと一筋の涙がこぼれていた。
『あらやだ。泣かせちゃってごめんなさい。けれどね、気付いたら私、こうして現の死者になっていたでしょう?だから、彼のところに行ってみたの。そうしたらね。結婚した公爵令嬢とは、ずっと関係がないままだったのよ。ご令嬢もそれを承知の上で結婚したみたい。彼は、ずっと私のことを想ってくれていた。そして、兄である国王をずっと補佐して、戦争を締結させた。国政を担う国王の右腕として、素晴らしい働きをしていたわ。本当に誇らしかった。』
今度は、晴れやかな笑顔で私の方へ近寄ってきて涙を拭うような仕草をしてくれた。ふわっと頬に触れる指先のささやかな感触が優しい。
『だから、彼の寿命が来て逝ってしまった時、私も現の死者としては終わりかなと思ったの。次に進めるかなって。けれど逝けなかった。どうしてだろう・・・と考えたのだけれど、どうやら心残りがあったのよね。』
「心残りは、なんだったのでしょう?」
『一つ目は、ずっと助けてくれていた大神官様への償いをしたいということ。そしてもう一つは、一度でいいから、夜会とかパーティーとかそういう場でシャルルと踊ってみたかったという夢。』
学校を途中で抜けざるを得なくなり、卒業パーティーに参加することも、その後の社交の場に出ることも叶わなかった。そして、もう二度と叶えることが出来ない夢。
『大神官様のことは聞けてよかったわ。私、かなり彼にむちゃを頼んだのよね。しかもどうしたら彼が私のことを同情して、私のために動いてくれるかということを計算しながら。大神官様には本当に申し訳ないことをしてしまったとずっと反省しているし、謝りたかった。』
「黒髪の大神官様は、貴女へしたことをずっと後悔されていました。けれども今はもうどうしようもないことだと思えるようになったと。なので、最後の心残りはこのブレスレットをバシュラール家に戻したいということだけだったようです。私がこのブレスレットを手にしたら、次の生に向けて逝ってしまわれました。」
『それを聞いて安心したわ。ありがとう。大神官様も現の死者だっただなんて。しかも私のことばかりじゃない。もう・・・本当に、気が弱くてお人好しの大神官様だったの。幼い頃からずっと色々教えてもらっていた。きっと私のことは娘のように想っていてくれたのね。』
元巫女は、巫女教育を黒髪の大神官から受けていたのだろう。昔は今よりも巫女のサポート役としての意味合いが強かったということだし、きっと誰よりも近しい存在だったはずだ。
『あとはダンスだけだけれど、さすがに諦めなくちゃいけないわね。ダンスへの未練を断ち切れたらきっと次の生に向けていけそうだからもう少し頑張ってみるわ。』
元巫女は、両手を上に上げて空を仰ぐ。ぐーっと伸びをしてから、晴れやかな表情を私の方に向けてくれた。
「あの。せっかくワルツの音も聞こえますし、私が男性パートを踊りますのでここで踊りませんか?」
『えぇっ?そんなこと出来るの?』
「信じられないかもしれませんが、このブレスレットのおかげで現の死者と多少触れ合うことが可能なのです。多分ホールドすることも出来ると思いますので、試してみましょう。」
私は、男性のような立ち方に切り替えて胸に手をやり軽く頭を下げる。そして元巫女の方に右手を差し出した。
『そ、そんな。悪いわ。でも、そんな事出来るの?そもそもこうしてお話できているだけで信じられないことなのに。』
「これが私の巫女の加護の力なのです。信じてください。」
『ラオネルの気まぐれにはついていけないわ・・・けれど、本当に踊ってくださるの?』
「もちろんです、レディ。」
男性の口調を真似してみる。どうかな?いけているかしら。元巫女はふふふと微笑むと、私の手を取った。
『せっかくだから、お願いするわ。』
触れる指先は、まるで羽で軽く撫でられているくらいの軽さだけれども、ちゃんと触れているという認識は出来る。元巫女の手を引き自分の方に引き寄せる。力加減が難しいな。とても軽くて本当に僅かな力で引き寄せられた。
ワルツの曲のリズムに合わせて、ステップを踏む。ワンツースリーワンツースリーと心の中で数える。男性パートなどやったことはないけれど、ダンスの練習は散々やってきたので方法はわかる。ただ、うまく踊れるかといえたら微妙だと思ったけれど、元巫女に触れる感触が不自然に軽かったから。まるで、軽いのにボリューミーな豪奢なドレスを持っているだけのようで。想像しているほど難しいものではなかった。
「すごくお上手ですね。」
『貴女も、巫女教育でダンスも散々やったでしょう?昔から何故か巫女には必須スキルなのよ、これ。』
今も昔も巫女教育に大きな変化はないらしい。
軽すぎて逆に力を入れすぎてしまわないよう細心の注意を払いながらのダンスはなかなか大変だったけれど、踊っている最中の元巫女はとても楽しそうにしていてくれた。足が浮いているので、踏んでしまう心配もなかったのも幸いだった。
曲が終わる。
お互い少し離れて、挨拶をする。私は再度胸に手をやり軽く頭を垂れる。元巫女は美しい所作でカーテシーをしてくれた。
『すごく楽しかったわ!信じられない。まさかダンスを踊れるなんて!ありがとう!本当にありがとう!』
「お役に立てたなら何よりです。」
元巫女は本当に喜んでくれたようだった。頬は紅潮しニコニコと笑顔を見せてくれた。私もこの場に居合わせられてよかった。色々と話も聞けたし。以前に聞いていた話と、実際に事故に遭うまでの話については、黒髪の大神官と元巫女の話はかなり相違があったから驚いたけれど、真実なんてそんなものなのかもしれない。
『なんだかすごく満足してしまったわ。もう良いかな。』
そういうと、ふわりと元巫女は浮き上がった。月明かりが元巫女を照らし出す。夜空に溶け込むようにだんだん透けていく。
「行かれるのですか?」
『そうみたい。これだけ満足できたらきっとそういうことなのね。次に向かうわ。貴女のおかげでやっと次に向かうことが出来る。本当にありがとう。貴女にラオネルのより一層の加護がありますように・・・祈っているわ。』
きれいに巻かれたプラチナブロンドの髪がふわりと夜空に透けていき、元巫女の横顔が月に溶けていくように重なり合う。クリーム色のドレスは気が付くと白くキラキラと煌めきながら消えていった。
「行っちゃった・・・」
まるで幻想的な夢のような、そんな生き方だった。




