第十六話 裏切り者と開戦
「ん...?」
変な体勢で眠っていた代償と言わんばかりの腰の痛みに私は目を覚ました。
あわてて見上げた時計の針を見て私はホッと一息つく。
深夜、と言うよりももう朝になりかけている午前4時。
目の前にいる女の子は私のベッドの上でスヤスヤと幸せそうに、そして時には何かにうなされていた。
(危なかった。下に降りておこう。)
私はダルく重たい体を持ち上げてその部屋を後にする。
今から数時間前。
「あ、コラ!ちゃんと寝ないとダメだよ!」
私が叱咤する相手は光を表したかのような笑みを作り出す一人の少女。
「えへへ。ごめんなさぁい。」
全くっと半分呆れの入った笑みを向けると少女はその場をピョンピョンと跳ねて私のベッドに入り込んだ。
「どう?」
「うん!大丈夫!」
確かにそれはもう聞かなくてもいいぐらいにこの子は回復した。
5日前、この子が私達の前に現れた時は驚いたし怪我も酷かったけど、覚悟していた以上に重大では無くて安心した。
機能していなかった羽は流石にまだ動かしづらいようだけどそれ以外は心配しなくてもよさそうだ。
と言っても最初は先生に見てもらって無理言って後を任せて貰っただけだけど。
「じゃあ、話いいかな?」
「...うん。」
私がこの子を家で預かっていたのには治療以外にも理由があった。それは外で何を見たかを聞くためだ。
「あの時普通に皆で遊んでたんだけど、何だかおかしかったの。」
「おかしかった?」
この子が言うには少なくともフレアを皆の前で紹介させた時から子供達はその子達ではなかったと言う。
「いつも遊んでいた子達が真夜中急に私を森の外に行こうって誘ってきたの。私は何でこんな時間にって思ったんだけど、皆一緒だったからいつもの悪ふざけだって思って。」
「付いていったら違った?」
女の子は顔を隠すように小さく踞って頷く。
「皆、森を出たらどんどん進んで行こうとするから待ってって言っても大丈夫だからって聞いてくれなくて。」
女の子はその後もただ付いていくだけとなって、不安と恐怖に襲われたらしい。
だがその感情の根元は暗い世界とそこに住まう魔物にではなく、その様なところをまるで遠足に行くかのような笑顔で突き進んでいた皆にだった。
森を出て二時間ほどしたその時に女の子は若い子が持つとは思えない一枚の可愛げの無い風呂敷を見つけた。
そうビルズの風呂敷である。
「そこにおばあちゃんは?」
女の子はうつむきながら首を横に振った。
この子が一人で帰ってきた事からそうやって答えられるのは分かっていたけど何処か期待してしまう自分がいた。
「ビルズ様のだって気が付いて皆に言ったの。そしたら皆当たり前かのように『だから?』って。」
そして、女の子の逃走劇は幕を開けたと言う。異変に気が付いた彼女に反応した子供達は逃がすまいと追いかけられ、暴行を受けさせられる。
だが、何とか逃げだすチャンスを作った女の子は激痛走る体に鞭を打って走った。
彼女を追いかける子供達はなぜか村の近くに来るとまるで境界線があるかのように引き返したと言う。
「いつも遊んでいたのに...。なんで...。」
女の子は大粒の涙を流しながら自分が悪いんだと責めた。
元気になってからずっと笑顔を絶やさなかったのは彼女なりの強がり、いや優しさだと思う。
抱き締めた私の胸が濡れていく。熱くてとても悲しく冷たい思いが何か大切な事を忘れているのではないかと私に訴えかける。
そして、今に戻る。
(本当は分かってる。あの胸にくる感情は本来の私が感じるべきものだったんだ。もし、この状況を打破する力がその『私』にあるのなら。)
きっときっとを考えていると段々とこんな自分が嫌になってくる。
だけど、自分自身を責める時間すら恐らくもうない。
ただの直感だったがヒュームは背筋を襲う悪寒に恐怖を感じながらリビングの扉を引いた。
ヒュームはその扉の先にいる一人のエルフを見つけて息を吐く。
「...やっぱり戻って来たんだね。」
「別に家出をしてたわけじゃないし帰ってもくるよ。」
「...。」
「...。」
「何か食べる?」
「いや、ええわ。」
「また行くの。」
「いや行かへん。」
「そっか...。」
「うん。」
二人の沈黙が部屋に広がり、小さな音や耳鳴りがよく聞こえる。
「これからどうするの?」
「なにもしない。出来ない。」
「どう言うこと?」
私はフレアと向き合う形で椅子を引いた。
改めて正面から見たフレアの顔は酷いものであった。
森で走ったのか、褐色の頬にはいくつかの切り傷が目立ち、何日も寝ていないのか、目は窪み、体全身が弱りきっている事が見てとれた。
そんなフレアの口から出た言葉は。
「ヒューム。あんたをここから逃がす。」
「え?」
質問の答えになっていないフレアなりの答えだった。
「あんたはエルフ達の事情に元から関係は無かった。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「勝手にヒュームが入ってきただけかもしれんけどそれは巻き込む理由にはならない。」
「なんでそんなこと急に!」
「もうすぐ奴らが来る。それも大群で。相手は...分かるやろ?」
「...子供達。」
フレアは目を下にしたままゆっくりと頷いた。
想像は出来ていた。
何も難しいことじゃない。
何処かへ行ってしまった子供達とその目撃者の話を聞いた後では、その様な事実を想定することなど。
だけどやっぱり胸にくるのも事実。
「もう、エルフの文明は終わる。」
私はフレアの胸ぐらを掴む。その勢いで机に当たりカップが落ちて割れる。
「フレアが諦めてどうするの!?エルフ達を助けるのがフレアの役割じゃなかったの!?」
「助ける?子供達を失ったエルフ達にはもうすでに生きる気力も残ってない。中には今でも外を探している者達もいる。」
「それがなんだって言うの!?」
「相手に上手くやられたんや。今まで気付かんかった自分が嫌になる。あれは瘴気にやられたんやない。誰かに精神魔法をかけられたんや。」
「精神魔法...?」
私はフレアの胸ぐらから手を離す。
「精神魔法をかけられた子供達は揃って黒龍の鎮座する炎の森へ進んでいった。そこで何があったは知らんけど子供達はより強い魔法をかけられて狂わされて戻ってきた。そら、人に拐われるじゃなしに自分から消えてたんやったら痕跡もないはずやわ。」
「でも魔法なら治せる方法が―」
「無理やな。」
一筋の光をフレアは頭ごなしに否定する。
「このエルフの歴史は私を含めて皆が思っているより深く、その上、知識をどの種族よりも兼ね備えているエルフがこんなことに気が付かんはずがない。」
「じゃあなんで...!」
「決まっとるやろ?そのカラクリに気付きはじめたエルフ達は
黒龍側のエルフによって殺され、
そのカラクリを歴史に残させんようにした。この村には裏切り者がおる。」
「黒龍側のエルフ...?」
私は耳を疑い目を大きく開く。
「そうや。『そいつ』は何万年も黒龍側に付いてエルフ達の情報を流し、常にエルフ達を監視していた。問題はそいつが誰なのかまだ分からないと言うことと、どうやってそのような年月を生きてきたのかと言うこと。そして、今でも監視されていること。」
フレアはその場から移動してある物を手に取り私に渡してきた。
それは刃の無い剣の柄のようなものだった。
「これはヒュームが倒れてた時に側にあった物や。ヒュームの物やろうし返しとく。」
「こんなの知らないし、仮に私のだとしても何で!」
「言ったやろ?ヒュームをここから逃がすって。さぁ行くで。」
フレアは私に無理矢理剣を抱えさせると背中を強く押して玄関の方へと連れていく。
「まって!」
「待たへん。」
「フレア!この前の言葉忘れたの!?フレアを支えるって言ったじゃん!」
私の言葉にフレアはピクッと反応して押す手が弱まる。
「うん。そうだね。だけど、見てよ。」
フレアは何が面白いのか諦めのこもった目でニヤケながら両手を広げた。
見てくれと言わんばかりに。
「たった一人の支えがいなくなっただけで私はこんなにも弱くなっちゃった。
皆を導かずに勝手に何日も村を留守にして、勝手に絶望に浸って帰ってきて、今だって逃がそうと思えば避難も出来るのに力が湧かなくて。」
ブランと下げた両腕に似合ったやる気の無いオーラがフレアを包んで、それすらも、もう慣れた感じを自慢する様にニヤケ顔を止めない。
「はぁ、本間に情けなくて惨めやわ。私は何のために生きてるのか分からな―」
『パァーン!!』
乾き、張り付いた用な音が部屋に響いて、フレアの視界は横に大きくズレた。
段々とヒリヒリしてきた頬には人の手がくっきりと付けられ、褐色の頬の上からでも紅葉色が分かった。
「なら、フレアにはもう期待しない。怖いならここで震えてればいい。何だったらこの前言ったみたいに人の村でも探しておけばいいよ。」
キッと睨んだフレアの眼光が何も怖くなかった。
前の時よりも彼女が嫌いに感じたからだった。
「な、何でそこまで...!」
「恩は体が万全に治った時に返す。私とおばあちゃんの唯一繋がりである約束を今果たしにいく。」
「唯一の...繋がり?」
「フレア、期待はしない。だけど待ってるから。」
私はそれだけをフレアに言い残し玄関の扉を開いた。木々の間から刺す日の光を目を細めながら睨む。
「そうそう。私まだここを出ていく気無いから置いておくね。」
私は玄関の扉に柄を立て掛けて遠くからドォーンと響く音のなる方向へ足を進めるのであった。




