第4話「弟が、屋敷にやってきた」
数日後、屋敷の門を叩く音がした。
訪問者など、この屋敷には滅多に来ない。セシルが玄関を開けると、上等な仕立ての服を纏った中年の男が立っていた。
「ここは、クロース家の屋敷で間違いないか」
「はい。どちら様でしょうか」
「ギルバート・クロースだ。この屋敷の、正式な相続人だ」
セシルは息を飲んだ。アーロンの弟が、目の前にいた。
ギルバートは屋敷の中を無遠慮に見回した。「随分と、荒れているな。誰かがここに住んでいると聞いたが」
「私が、借りております」
「そうか」とギルバートは興味なさそうに言った。「屋敷を売却することになった。近く、買い手が来る。悪いが、出て行ってもらう」
セシルの背後で、空気が凍りついたような感覚があった。振り返らなくても、アーロンがそこにいるとわかった。
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夜、ギルバートが去った後、アーロンは長い間、何も言わなかった。
「聞こえていましたか」とセシルは聞いた。
「ああ」
「屋敷を、売るそうです」
「知っている」とアーロンは静かに言った。「弟らしい。私が死んで十五年、この屋敷を一度も訪れなかった男が、金になるとわかった途端に来る」
声に、抑えた怒りが滲んでいた。セシルが初めて聞く、アーロンの感情だった。
「あなたは、どうしたいですか」
アーロンは少し考えて、「正直、わからない」と言った。「弟を問い詰めたい気持ちはある。だが、証拠もなく、姿も見せられずに何ができる」
「証拠なら」とセシルは言った。「探せるかもしれません」
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セシルは翌日、再び町へ出た。
十五年前、アーロンの死を検死した医師の記録を探した。当時の記録係が今も存命だと知り、訪ねた。老いた元役人は、最初は口を濁したが、セシルが根気強く尋ねると、少しずつ話し始めた。
「あの検死は、おかしかった」と老人は言った。「病死とされたが、当時の担当医は『毒物の可能性がある』とメモを残していた。しかし、その記録は上から握りつぶされた」
「誰が握りつぶしたんですか」
「わからん。ただ、当時のギルバート様が、随分と急いで爵位の手続きを進めていたのは覚えている」
セシルは礼を言って、屋敷へ戻った。
手元には、当時の担当医が残したメモの写しがあった。「毒物の可能性」という一文が、はっきりと記されていた。
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「これを」とセシルはアーロンに見せた。
アーロンは長い間、そのメモを見つめていた。
「……本当に、弟の仕業だったのか」
「わかりません。でも、これを国王直属の調査機関に提出すれば、正式な再調査が行われるはずです」
「セシル」とアーロンは言った。「お前を巻き込みたくない。ギルバートは今、貴族として地位を持っている。逆恨みされれば、お前が危険だ」
「知っています」とセシルは言った。「それでも、やります」
「なぜ、そこまで」
セシルは少し迷ってから、正直に答えた。
「あなたが、十五年間、真実を知らないまま、この屋敷に縛られているのが、辛いんです」
アーロンの輪郭が、また少し薄くなった。
「セシル、無理はするな」
「あなたも、同じことを言いましたね」とセシルは微笑んだ。「お互い様です」
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メモを国王直属の調査機関に提出したのは、その週のうちだった。
数日後、屋敷に王宮からの使者が訪れた。「十五年前の当主の死について、正式な再調査を行う」という通達だった。ギルバートにも、王都で聴取が行われることになったという。
「進みましたね」とセシルは言った。
アーロンは窓の外を見ていた。「……結果が、どう出るかはわからない」
「それでも、進みました」
アーロンはセシルを見た。透けた目に、初めて何か、強い感情が宿っているのが見えた。
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