第5話「消える前に、伝えたいことがある」
調査の結果が出るまで、三週間かかった。
王宮からの正式な通達が、屋敷に届いた。十五年前の当主アーロン・クロースの死は、弟ギルバートによる毒殺であったと断定された。当時の検死記録の隠蔽、爵位継承を早めるための証拠改竄——全て、明らかになった。
ギルバートは爵位を剥奪され、王都から追放された。
セシルはその知らせを、涙を堪えながらアーロンに伝えた。
「終わりました」
アーロンは長い間、何も言わなかった。窓の外の光を見つめたまま、動かなかった。
「……そうか」とようやく言った。声が、震えていた。「十五年、待っていた気がする。誰かが、気づいてくれるのを」
「気づくのが、遅くなってすみません」
「いや」とアーロンは首を振った。「お前が、気づいてくれた。それだけで、十分だ」
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その夜、アーロンの輪郭が、これまでにないほど薄くなった。
セシルは慌てて駆け寄った。「アーロン様」
「……大丈夫だ」とアーロンは言ったが、声はほとんど聞こえないほど掠れていた。「真実が明らかになった。もう、この屋敷に縛られる理由がない。——魂が、解放されようとしている」
セシルの心臓が、凍りついた。
「消えて、しまうんですか」
「わからない」とアーロンは静かに言った。「ただ、身体が軽くなっていくのがわかる。これが、消えるということなら——」
「嫌です」
セシルは声を荒げた。自分でも驚くほどの声だった。
「嫌です。ここまで来て、消えるなんて、嫌です」
アーロンは薄い笑みを浮かべた。「セシル」
「十五年前、言いかけたことがあったでしょう。手記に、書きかけて終わっていました。弟さんと『穏便に済ませたい』と書いた、その先。——本当は、何を書きたかったんですか」
アーロンは少しの間、黙った。
それから、静かに言った。
「屋敷を継いだら、静かに暮らしたいと思っていた。誰か、一緒にいてくれる相手を見つけて」
「その相手は」
「わからなかった。まだ、見つけていなかったから」とアーロンは言った。「今なら、わかる」
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アーロンの姿が、光に包まれ始めた。
「セシル」と彼は言った。声が、遠くなっていくようだった。「お前に出会えて、良かった。十五年の孤独が、最後の数ヶ月で、報われた気がする」
「待ってください」
「消える前に、伝えたいことがある」
光が強くなる中、アーロンは真っ直ぐにセシルを見た。
「好きだ」と言った。「触れられなくても、一緒に外を歩けなくても——この屋敷で過ごした時間だけが、私の全てだった」
セシルの目から、涙が溢れた。
「私も」と言った。「私も、好きです。だから、消えないで」
光が、屋敷全体を包み込んだ。
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目が覚めたとき、セシルは玄関の床に倒れていた。
慌てて起き上がって、周囲を見回した。アーロンの姿がなかった。青白い光も、透けた輪郭も、どこにもなかった。
「アーロン様」
呼んでも、返事はなかった。
セシルは膝から崩れ落ちた。消えてしまった。真実が明らかになって、魂が解放されて——それは、彼が望んでいた「安らかな眠り」だったのかもしれない。それでも、涙が止まらなかった。
どれくらい泣いていただろうか。
玄関の扉が、外から叩かれた。
セシルは涙を拭って、扉を開けた。
そこに、男が立っていた。
黒髪、青い目、騎士のような佇まい——アーロンと、同じ顔をしていた。ただし、透けていなかった。しっかりと、地面に立っていた。
「……アーロン、様?」
男は少し戸惑ったように、自分の手を見た。
「わからない」と彼は言った。「気づいたら、この屋敷の門の前に立っていた。生きている、ようだ」
セシルは声も出せずに、彼を見つめた。
「屋敷を長年守り続けた魂は、真実が明かされたとき、この土地の加護によって新たな生を与えられることがあるという、古い伝承があるらしい」とアーロンは言った。「今、思い出した。子供の頃、祖母から聞いた話だ」
「本当に、あなたなんですか」
「本当だ」とアーロンは言って、手を伸ばした。
その手が、セシルの頬に触れた。
温かかった。
セシルはその手に、自分の手を重ねた。涙が止まらなかったが、今度は違う涙だった。
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【エピローグ】
半年後、屋敷は見違えるように綺麗になっていた。
アーロンは正式に爵位を再承認され、クロース家の当主として戻ってきた。セシルはその妻として、共に屋敷を整えていった。
「まだ信じられません」とセシルは、庭の花に水をやりながら言った。「あなたが、こうして隣にいることが」
「私もだ」とアーロンは笑った。触れられることの喜びを、今も毎日、噛みしめているようだった。
「幽霊だった頃より、よく笑いますね」
「触れられるようになったからな」とアーロンは言って、セシルの手を握った。「これができなかった十五年を、取り戻している」
セシルはその手を、しっかりと握り返した。
呪われていたはずの屋敷は、今は誰よりも幸福な二人の家になっていた。
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【完】




