第3話「消えてしまう前に、知りたいことがある」
翌朝、セシルは近くの町へ出かけた。
十五年前のこの地域の記録を探すためだった。図書館の司書に頼み込んで、古い戸籍記録と貴族名簿を見せてもらった。
「クロース家」という名前を見つけるのに、半日かかった。
アーロン・クロース。十五年前、屋敷の当主だった男。死因は「病死」と記録されていた。しかし同じ資料の別のページに、気になる記述があった。
弟のギルバート・クロースが、兄の死の翌年に爵位を継承していた。そして今——ギルバートは王都で、羽振りの良い貴族として名を連ねていた。
セシルは記録を写し取って、屋敷へ戻った。
────────────────────────
「ギルバート様は、今も生きていらっしゃいます」とセシルは言った。「王都で、爵位を継いで暮らしています」
アーロンの表情が動いた。
「そうか」
「あなたの死因は『病死』と記録されていました。でも、あなたの手記には『事故だったのか、そうでなかったのか、わからない』と書いてありました」
アーロンは少し目を伏せた。
「話し合いの夜、弟が持ってきた酒を飲んだ」と彼は言った。「その後の記憶が、曖昧だ。目が覚めたら、こうなっていた」
セシルの中で、何かが冷たく固まった。
「それって——」
「証拠はない」とアーロンは静かに遮った。「疑いだけで、人を裁くことはできない」
「でも」
「セシル」
アーロンが初めて、セシルの名を、こんなにも真剣な声で呼んだ。
「もういい。十五年前のことだ。今更、何かが変わるわけではない」
「変わります」とセシルは言い返した。「あなたが、ここから動けないままなのは——それが理由かもしれない。弟さんへの疑いが、あなたをこの屋敷に縛り付けているのかもしれない」
アーロンは黙った。
「知りたいんです」とセシルは続けた。「あなたが、いつか消えてしまう前に」
言ってしまってから、セシルは自分の言葉に驚いた。今まで、口に出さないようにしていたことだった。
────────────────────────
アーロンは長い沈黙の後、静かに言った。
「消えるのが、怖いのか」
セシルは答えられなかった。
「私は、幽霊だ」とアーロンは続けた。「触れることもできない。一緒に外を歩くことも、同じ食事をすることもできない。お前がここにいる限り、いつか——」
「言わないでください」
「言わなければならない」とアーロンは静かに、しかしはっきりと言った。「お前は、生きている人間だ。いつまでもこの屋敷に縛られるべきではない」
セシルは唇を噛んだ。
「私が、決めます」とセシルは言った。「あなたに縛られているんじゃない。私が、ここにいたいんです」
アーロンは目を見開いた。
「なぜだ」
セシルは、その問いに答える代わりに、震える手を伸ばした。触れられないとわかっていても、伸ばさずにいられなかった。
指先が、アーロンの輪郭をすり抜けた。冷たい空気の感触だけが、残った。
「触れられなくても」とセシルは言った。声が震えた。「ここにいたいと、思う理由があるんです」
────────────────────────
その夜、アーロンの輪郭が、いつもよりはっきりと薄くなった。
セシルは息を飲んで、彼のそばに膝をついた。
「大丈夫ですか」
「……ああ」とアーロンは答えたが、声も少し掠れていた。「感情が強く動くと、こうなるらしい。長くこの姿でいるほど、消えやすくなる」
セシルの心臓が、冷たくなった。
*私が、彼の心を動かすたびに——彼は、消えやすくなっている。*
「私が、あなたを苦しめているんですか」
「違う」とアーロンは即座に言った。「お前といる時間が、私にとって一番——生きていると感じられる時間だ。それが、この身体には負担になるだけだ」
「それでも」
「後悔はしていない」とアーロンは言った。「たとえこのまま消えるとしても、お前と過ごした時間は、後悔しない」
セシルは涙が溢れそうになるのを、必死にこらえた。
───────────────────────




