第2話「幽霊なのに、優しすぎる」
同居して二週間が経った頃、セシルはこの生活にすっかり馴染んでいた。
朝は井戸で水を汲み、庭の野菜を摘む。アーロンが「その水路の先に食べられる茸がある」「今の時期は、あの木の実が甘い」と教えてくれるおかげで、乏しい持参金でも十分に暮らせていた。
夜は暖炉の前で、アーロンと話す。彼は多くを語らなかったが、話すときの声には、どこか懐かしさのようなものがあった。
「昔、この屋敷には人が大勢いた」とアーロンはある夜、珍しく自分から話し始めた。「使用人が十人以上、客人も絶えなかった。今は、静かすぎる」
「寂しいですか」
「……そうだな」と少し間を置いて認めた。「お前が来るまでは」
セシルは暖炉の火を見つめたまま、頬が熱くなるのを感じた。透けた男に頬を染めるなど、我ながらどうかしていると思ったが、止まらなかった。
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ある日、セシルが井戸の縁で足を滑らせた。
悲鳴を上げる間もなく、身体が傾いた。とっさに手を伸ばした先には——何もなかった。アーロンは物に触れない。彼が助けようとして伸ばした手は、セシルの身体をすり抜けた。
結局、自分でとっさに縁を掴んで事なきを得た。息を切らしながら振り返ると、アーロンが青白い顔——元から青白いが、いつもより一層血の気を失ったような顔をしていた。
「大丈夫か」
「大丈夫です。ちょっと驚いただけで」
「……すまない」とアーロンは言った。「こういうとき、何もできない自分が、腹立たしい」
「あなたのせいではありません」
「わかっている。それでも、腹立たしいものは腹立たしい」
珍しく感情を露わにしたアーロンを見て、セシルは少し驚いた。いつも穏やかで、落ち着いていて、感情の起伏をあまり見せない人だと思っていた。
「心配してくださって、ありがとうございます」
アーロンは何も言わなかった。ただ、いつもより長く、セシルの顔を見ていた。
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夜、屋敷の奥にある古い書庫を整理していたセシルは、埃をかぶった一冊の本を見つけた。
開くと、手記だった。筆跡はアーロンのものらしかった。日付は、今から数えて十五年前で止まっていた。
*——今日、弟のギルバートが屋敷を訪れた。相続の話をしたがっている様子だった。父の遺言では、屋敷は私が継ぐことになっているが、弟はそれを快く思っていないようだ。*
最後のページには、こう書かれていた。
*——明日、弟と話し合う。穏便に済ませたい。*
その先は、何も書かれていなかった。
セシルは本を閉じた。心臓が、少し速く打っていた。
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その夜、アーロンに聞いた。
「弟さんが、いたんですね」
アーロンの表情が、初めて硬くなった。
「……書庫に、手を伸ばしたか」
「すみません、勝手に」
「いや」とアーロンは首を振った。「隠していたわけではない。ただ、話す機会がなかっただけだ」
「弟さんと、何があったんですか」
アーロンは長い間、黙っていた。暖炉の火が、パチリと音を立てた。
「私は、その日死んだ」とアーロンは言った。「弟と話し合った、その夜に」
セシルは息を飲んだ。
「事故だったのか、そうでなかったのか——今でも、はっきりとはわからない。ただ、目が覚めたら、こうなっていた」
アーロンは自分の透けた手を見た。
「弟は、今どこに」
「知らない。この屋敷から一度も出たことがないからな」とアーロンは薄く笑った。「十五年、ここにいる。この場所から、動けない」
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その夜、セシルは眠れなかった。
十五年前に何があったのか。アーロンの死は、本当に事故だったのか。もし違うなら——弟が今どこにいて、何をしているのか、確かめる必要があるのではないか。
しかしそれ以上に、セシルの頭を占めていたのは、別のことだった。
*十五年、この屋敷から動けない。*
その言葉が、ずっと胸に引っかかっていた。幽霊は、いつか消えるものだと聞いたことがある。アーロンの輪郭が、夜が更けるたびに薄くなる瞬間があるのを、セシルは知っていた。
このままでは、いつか——
考えたくない想像を、セシルは慌てて振り払った。
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