第95話 幼馴染
「……っしゃあ!」
セトの拳が、空気を打ち抜いた。
圧縮された風が拳の先から放たれ、少し離れた木の幹を叩く。
乾いた音が響き、枝葉が揺れた。
「うんうん。めっちゃいい感じ。」
少し離れた場所で、シュウが満足そうに頷く。
「だろ! もう結構安定してきたんじゃねぇか?」
「そうだねぇ。圧風拳はもう、実戦でも十分使えると思うよ。」
「よっしゃ!」
セトが嬉しそうに拳を握る。
シュウのもとで修行を始めてから、何日かが経っていた。
最初は風を拳の先に集めることすら難しかったが、今ではほとんど意識せずとも形にできるようになっている。
もちろん、まだシュウのように自在に扱えるわけではない。
それでも、確かな手応えがあった。
「じゃ、次はこっちだな!」
セトは少し距離を取り、構えを変える。
地面を蹴り、身体を回転させながら脚を振り抜いた。
「っらぁ!」
蹴りと同時に、風が放たれる。
鋭く伸びた風が木の枝を揺らし、その先の葉を何枚か散らした。
「おお、今のはよかった。」
「おっ、マジで?」
「うん。ただ、まだ風が少し散ってるかな。もう少し絞れると、もっと威力が出るね。」
「なるほどなぁ……。」
セトは自分の脚を見下ろした。
飛風蹴り。
シュウから教わった、蹴りによって風の刃を飛ばす技だ。
圧風拳に比べれば、まだまだ安定していない。
それでも、何度かに一度は狙った方向へ飛ばせるようになっていた。
「ま、こっちはまだ練習必要だな!」
「そうだねぇ。でも、セトは覚えるの早いよ。」
「へへっ、そうか?」
「うん。ちゃんと努力してるし。」
シュウが笑う。
セトもつられて笑った。
「……よし!」
そして、拳を握り直す。
「俺、そろそろあいつらんとこ戻るわ!」
「あれ、もういいの?」
シュウが少し目を丸くする。
「おう! 圧風拳も使えるようになったし、飛風蹴りもなんとなく掴めたしな!」
「うんうん。」
「まだ覚えたい技はいっぱいあるけどさ。いつまでもあいつら待たせるわけにもいかねぇし」
「そっかぁ。」
シュウは空を見上げた。
いつの間にか、太陽は随分と傾いている。
「じゃあ、今日はもうゆっくりして、明日の朝に出発しなよ。」
「いいのか?」
「もちろん。もう日も暮れるし。」
「助かる! ありがとな、シュウ!」
「ん、どういたしまして。」
シュウはいつもの調子で笑った。
その日の修行は、そこで終わりとなった。
◇
夜。
焚き火が、ぱちぱちと音を立てていた。
セトとシュウは、火を挟んで向かい合うように座っている。
「いやぁ、しかし結構覚えたなぁ!」
セトが満足そうに笑った。
「圧風拳に飛風蹴りだろ? あと、風を身体に纏わせるやつも、ちょっとできるようになったし!」
「うん。なかなか頑張ったと思う。」
「シュウの教え方が上手かったんだよ!」
「おや、嬉しいこと言ってくれるじゃん。」
「いや、マジで!」
セトは笑いながら、焚き火へ小枝を一本放り込んだ。
火の粉が小さく舞い上がる。
「……そういえばさ。」
「ん?」
シュウが、ふと思い出したように口を開いた。
「セトって、なんでそんなに強くなりたいの?」
「んー?」
「いや、セトってそもそも弱い訳じゃないじゃん? 何か理由でもあるのかなぁって」
「あー……」
セトは少し考えた。
それから、顔を上げる。
「俺と一緒にいた……黒髪の、刀持ったやつ覚えてるか?」
「んー……。」
シュウが首を傾げる。
「いたような……。」
「まぁ、そいつなんだけどさ。生まれた時からの幼馴染で、ずっとダチなんだよ」
「へぇ、そうなんだ。」
「おう。名前はカインってんだけど。」
セトは、何でもないことのように続けた。
「あと、イサナさんの息子なんだわ。」
「……え?」
シュウが瞬きをする。
「イサナって、あの英雄の?」
「おう。」
「えっ、マジか。すごいな。」
「だよなぁ!」
セトが笑った。
「やっぱその反応になるんだよなぁ。」
「いやぁ、そりゃ驚くよ。英雄の息子なんて、そうそう会えるものじゃないし。」
「まぁな。」
セトは頷く。
「でもさ、あいつ、ずっとそんな感じなんだよ。」
「そんな感じ?」
「どこ行っても、イサナさんの息子だって言われんの。」
「ああ……なるほど。」
「俺らがガキの頃からそうだったし。多分、これからもずっとそうなんだろうな。」
セトは焚き火を見つめた。
「でさ。あいつ、めちゃくちゃ努力してんだよ。」
「ほう?」
「昔っからずっと。走って、身体鍛えて、イサナさんと剣の訓練もして……たまに俺も一緒にやってたけど、あいつ本当に毎日やってんの。」
「へぇ。」
「イサナさんがすげぇのは、そりゃそうなんだけどさ。」
セトは少し笑った。
「カインも、すげぇやつなんだよな。」
シュウは何も言わずに聞いていた。
「で、十五になって、スキルわかって……。」
「うん」
「そっから一緒に狩人になったんだけどな。」
セトが、焚き火へ目を向けたまま笑う。
「あいつ、どんどん強くなってんだよ。」
「へぇ。」
「最初は俺ら、二人で魔物一匹倒すのにも結構苦労してたんだぜ?」
「そうなんだ?」
「おう。それが今じゃ、結構とんでもねぇやつとも戦えるようになってさ。」
セトの頭に、これまでの戦いが浮かぶ。
鎧猪。
狂狼。
岩熊。
それよりもずっと強かった魔物たち。
そして、ジェイドとの戦い。
新しい英雄、ミカとの戦いもあった。
何度も危ない目に遭った。
何度も、もう駄目かと思った。
それでも。
「……あいつ、すげぇんだよなぁ。」
セトは、もう一度そう言った。
シュウが小さく笑う。
「本当に、そのカインってやつの事好きなんだな。」
「おう! 最高のダチだからな!」
「ははっ、そっかそっか。」
シュウは少しだけ火を見つめた。
「じゃあ、カインに追いつきたいってこと?」
「んー……。」
セトは首を傾げた。
「いや、ちょっと違うかなぁ……そりゃ、同じくらい強くなれたら嬉しいけどさ」
セトは自分の拳を見る。
「正直、あいつと同じくらいまで強くなれるかは、わかんねぇんだよな。」
「……うん。」
「でもさー。」
拳を握る。
「俺、あいつとずっと狩人やってたいんだよ。」
焚き火が、小さく音を立てた。
「ガキの頃からずっと一緒でさ。狩人になるって決めたのも一緒で。」
「うん。」
「これからも、色んなとこ行って、色んな魔物倒して、色んなもん見てさー。」
セトが笑う。
「そういうの、ずっと一緒にやってたいんだよな。」
シュウは静かに頷いた。
「でも、あいつはこれからも強くなるだろうし……俺だけ弱いまんまだったら、足手まといになるだろ?」
「……なるほど。」
「だから、強くなりてぇんだ。」
セトは、いつものように笑った。
「別に、あいつより強くなりたいわけじゃねぇんだよ。」
「うん。」
「ただ、これからも肩並べて、ダチやってたいんだよな。」
シュウは、しばらくセトを見ていた。
そして、ふっと笑う。
「……そっか。」
「おう!」
「いいねぇ、そういうの。」
「だろ?」
セトは嬉しそうに頷いた。
「それにさ。」
「ん?」
「……あいつ、ほっといたら地味に危なっかしいしなぁ。」
「……そうなの?」
「おう。なんつーか……誰かが困ってたら、すぐ首突っ込むんだよ。」
「へぇ。」
「しかも、相手が自分より強かろうが、あんま関係ねぇんだよなぁ。」
セトが苦笑する。
「だから、俺も強くなっとかねぇと。」
「……なるほどね。」
「ま、そういうこと!」
セトは両手を頭の後ろで組んだ。
「だからシュウには、マジで感謝してる! これで、あいつらとまた一緒に戦えるしな!」
シュウは、そんなセトを見つめた。
それから、静かに笑う。
「……いい友達だなー。」
「おう!」
セトは即答した。
「最高のダチだぜ!」
焚き火の火が、ぱちりと弾けた。
◇
翌朝。
「んじゃシュウ、世話になった!」
荷物を背負ったセトが、大きく手を振った。
「あいよ、気をつけてね。」
「おう!」
「圧風拳も飛風蹴りも、ちゃんと練習続けるんだよ?」
「もちろん!」
「それと、魔力の使いすぎには気をつける事。」
「わかってるって!」
「身体が動くからって、無理しすぎないようにね。」
「……シュウ、なんか母ちゃんみてぇだな」
「……実は初めての弟子だからね、心配もするさ。」
二人は笑った。
「ま、また来いよって言ってくれるなら、いつでも来るぜ!」
「もちろん。セトならいつでも歓迎だよ。」
「次はもっとすげぇ技、教えてくれよ!」
「じゃあ、次までに新しい技の名前も考えておかないと。」
「……あー」
セトの表情が、少しだけ曇った。
「名前は俺が考えてもいいか?」
「えっ?」
「いや、技はめちゃくちゃカッコいいんだけどさ……」
「名前もカッコよくない?」
「…………。」
セトは少し考えた。
そして、笑う。
「……まぁ、また今度な!」
「えぇ……。」
「んじゃ、行ってくる!」
「うん。いってらっしゃい。」
シュウが手を振る。
セトは大きく手を振り返すと、街へ向かって歩き始めた。
しばらく進んでから、ふと拳を握る。
風が、小さくその周りを渦巻いた。
「……へへっ。」
思わず笑みがこぼれる。
新しく手に入れた力。
まだまだ、使いこなせているとは言えない。
それでも、以前の自分より確実に強くなった。
「待ってろよ、カイン!」
セトは顔を上げた。
「すぐ戻るからな!」
そう言って、足を速める。
いつものように。
幼馴染の隣へ戻るために。
セトの原点というか根幹、あまりにセト。




