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第94話 カッコいいは理屈じゃなくて

 あれから、数日が経った。


 森の中。


「……ふっ!」


 セトが拳を突き出す。


 その拳の周囲で、小さく渦を巻いていた風が、一気に前方へ放たれた。


 ドンッ!


 拳の届かない位置にあった木が、大きく揺れる。


 幹には、既にいくつもの傷がついていた。


「……よし!」


「おお、いいねぇ。」


 少し離れた場所で、シュウが拍手する。


「だいぶ安定してきたじゃん。」


「へへっ。まあな!」


 セトは嬉しそうに拳を握り直した。


 初めて圧風拳を成功させた日から、何度も何度も繰り返してきた。


 風を集める。


 圧縮する。


 拳と一緒に放つ。


 最初は一度成功させるだけでも大変だったが、今ではほとんど失敗しなくなっていた。


 もちろん、まだシュウほどの威力も精度もない。


 それでも、確実に上達している。


「いやー、覚えるの早いねぇ。」


「そうか?」


「うん。普通はもうちょっと時間かかると思うよ。」


「へへっ。シュウの教え方がいいんだろ!」


「あはは。そう言ってもらえると嬉しいね。」


 シュウが笑う。


「じゃあ、そろそろ次の技もやってみようか。」


「……お?」


 セトが顔を上げた。


「次の技!?」


「うん。圧風拳もだいぶ形になったしね。」


「おお! 何やんだ!?」


「そうだなぁ……。」


 シュウは少し考えた。


「セトって、蹴りも得意?」


「おう! 拳ほどじゃねーけど、結構やるぜ!」


「じゃあ、ちょうどいいかな。」


 そう言って、シュウは近くの木へ向き直った。


「ちょっと離れててね。」


「おう。」


 セトが数歩下がる。


 シュウは片足を軽く引き、構えた。


 その脚の周囲に、風が集まっていく。


「……お。」


 セトが目を細める。


 圧風拳と似ている。


 だが、拳ではなく脚に風を纏わせていた。


「いくよー。」


 シュウが片足を振り抜いた。


 ひゅんっ!


 鋭い風切り音。


 次の瞬間。


 ザシュッ!


 離れた場所にある木の枝が、切り落とされた。


「…………。」


 セトが目を見開く。


 今、シュウの脚は木に届いていない。


 それどころか、かなり距離があった。


 だというのに。


 枝が、斬られた。


「……おお。」


「これが、飛風蹴り。」


「…………。」


「ひふうげり、ね。」


「…………。」


 セトは切り落とされた枝を見つめていた。


「……セト?」


「……すげぇ。」


「ん?」


「すげぇ!!」


 セトが勢いよくシュウへ振り向く。


「今の、蹴りが飛んだのか!?」


「あはは。正確には、蹴りに合わせて風の刃を飛ばしてるんだけどね。」


「風の刃……!」


「うん。圧風拳は衝撃を叩きつける技だけど、こっちは斬る技だね。」


「……おおお。」


 セトは再び木を見る。


 切り落とされた枝。


 綺麗な切断面。


 それを見ているうちに、ある光景が頭に浮かんだ。


     ◇


 以前、カインたちと共に魔物と戦ったときのこと。


 カインは、ウェルから借りた【的当】を使っていた。


 刀を振る。


 その斬撃が、離れた魔物へ飛んでいく。


 そして、確かに命中する。


 あのとき。


 セトは、内心かなり興奮していた。


 何故か。


 そんなものは決まっている。


 飛ぶ斬撃なんて、格好いいに決まっているからだ。


 刀を振ったら、離れた敵が斬れる。


 拳や蹴りが届かない相手にも攻撃できる。


 そんなの、格好いいに決まっている。


 それがもしかしたら、自分にもできるかもしれない。


     ◇


「……シュウ!」


「ん?」


「それ、俺にもできる!?」


「もちろん。風魔法が使えるなら、練習すればできると思うよ。」


「マジか!!」


「うん。セトは格闘技の基礎もあるし、相性いいんじゃないかな。」


「……っしゃあ!」


 セトが拳を握る。


「絶対教えてくれ!!」


「あはは。もちろんいいよ。」


「よっしゃ!」


「そんなに気に入った?」


「おう! めちゃくちゃ格好いい!」


「でしょー?」


 シュウが嬉しそうに頷く。


「飛風蹴りって名前も、いいよねぇ。」


「…………。」


 セトが少しだけ黙る。


「……まあ、技は最高だな。」


「うんうん。」


 シュウは満足そうだった。


 セトは、それ以上何も言わなかった。


 名前については……今は置いておこう。


     ◇


「……そういや、シュウ。」


「ん?」


「他にも技ってあんの?」


「もちろん。」


「おお!」


 セトが目を輝かせる。


「どんなの!?」


「んー。風魔法の技もまだあるけど、他の属性にも色々あるよ。」


「そういや、シュウって全部の属性使えるんだっけ?」


「うん。まあ、魔力量が少ないから、大きな魔法は苦手なんだけどね。」


 シュウが苦笑する。


「だから、少ない魔力でも使えるように、色々工夫してるんだ。」


「なるほどなぁ。」


「せっかくだし、いくつか見せようか。」


「マジで!? 頼む!」


「じゃあ、まずは土魔法から。」


 シュウが地面へ目を向ける。


 そして、軽く足を上げた。


 ドンッ。


 地面を踏みつける。


 その瞬間。


 シュウの足を中心に、浅く地面が割れた。


「……おお!」


「地割足。」


「…………。」


 セトが地面を見る。


 足元を崩す技。


 相手の体勢を崩したり、動きを止めたりするのに使えそうだ。


 なかなか便利そうである。


「……じわりあし。」


「うん。」


「……なるほど。」


「次は水魔法ね。」


 シュウが手を伸ばす。


 その手の周りに水が集まり、手刀に沿うように薄く形を変えていく。


「お?」


「これは、こうやって……。」


 シュウが腕を振り抜いた。


 シュッ!


 近くの細い枝が、すぱりと切れた。


「おおっ!」


「水包丁。」


「…………。」


 セトが切れた枝を見る。


 今のは、かなり鋭かった。


 水であれだけの切れ味を出せるのか。


 感心しながら、シュウへ視線を戻す。


「……みずぼうちょう。」


「うん。便利でしょ?」


「……おう。」


 便利だ、それは間違いない。


 名前については、まあ……今更である。


「じゃあ、次は火魔法。」


「おう!」


 シュウが拳を握る。


 その拳に、小さな炎が灯った。


「おお……。」


「火魔法は、こうやって拳に纏わせて……。」


 シュウが腰を落とす。


 そして。


「ふっ!」


 拳を下から突き上げた。


 炎が、勢いよく上へ伸びる。


「おおっ!」


「焔ッパー。」


「…………。」


 セトが固まった。


「…………。」


「どう?」


「…………。」


 ……待て。


 今、何て言った?


 いや、聞き間違いじゃない。


 多分、聞き間違いじゃない。


 地割足。


 水包丁。


 そして。


 焔ッパー。


 ……急に、何かが変わった。


 何が変わったのかは、上手く説明できない。


 だが。


 明らかに、何かがおかしい。


「……セト?」


「…………。」


 セトは、ゆっくりと息を吐いた。


「……いや、すげぇな。」


「あはは。ありがとう。」


「…………。」


 耐えた。


 何とか、耐えた。


「……他には?」


「んー。そうだねぇ。」


 シュウが少し考える。


「あ、雷魔法もあるよ。」


「おお! 雷!」


「うん。これは結構気に入ってるんだ。」


 シュウが軽く構える。


 その脚に、青白い雷が走った。


 ぱちぱちと、小さな音が響く。


「……おお。」


 セトが目を輝かせる。


 シュウはそのまま、鋭く脚を振り抜いた。


 バチンッ!


 空気が弾ける。


 蹴りの軌道に沿って雷光が走り、離れた地面へ小さな火花が散った。


「……すっげぇ!」


「雷砲脚。」


「…………。」


 セトが固まった。


「……らいほうきゃく?」


「うん。」


「…………。」


 雷砲脚。


 雷を纏った蹴り。


 雷砲脚。


 ……格好いい。


 普通に、格好いい。


「……シュウ。」


「ん?」


「急にちゃんとカッコいいの出してくんな!!」


「えっ!?」


 シュウが目を丸くする。


「いや、全部格好いいと思うけど……。」


「雷砲脚は格好いいんだよ!」


「でしょ?」


「他が!!」


「他も格好いいでしょ?」


「…………。」


 セトは頭を抱えた。


 駄目だ。


 この人、本当に全部格好いいと思っている。


 しかも、技そのものは全部ちゃんと格好いい。


 だから余計に困る。


「……はぁ。」


 セトはため息をついた。


 そして、ふとシュウの脚を見る。


「……なあ、シュウ。」


「ん?」


「俺、雷魔法の適性ないんだよなぁ。」


「セトは風魔法適性高いけど、他は微妙だったねー。」


「…………。」


 セトが少しだけ悔しそうな顔をする。


「……くっそ。ちょっと使いてぇ。」


「あはは! 風魔法にも格好いい技はいっぱいあるよ?」


「……おう。」


「圧風拳とか、飛風蹴りとか。」


「……おう。」


「ね? 格好いいでしょ?」


「…………。」


 セトは、自分の拳を見た。


 そして、シュウを見る。


「……シュウ。」


「ん?」


「技は格好いいんだよ。」


「うん?」


「技は。」


「……?」


 シュウが首を傾げる。


 セトは、もう何も言わなかった。


 シュウ式魔格闘技。


 技術は、本当に素晴らしい。


 教え方も上手い。


 師匠として、心から尊敬できる。


 ただ。


 ただ、一つだけ。


 どうしても、納得できないものがあった。

シュウ式魔格闘技(笑)に出てきそうな技名は、随時募集しています。

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