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第93話 才能と感性と努力

 森の中。


「よし。じゃあ今日は、昨日の続きからやっていこうか。」


「おう!」


 シュウの言葉に、セトが元気よく答える。


 昨日、セトは初めてまともに風魔法を使うことができた。


 それまで苦手だと思っていた魔法。


 だが、シュウに教わってみれば、驚くほどあっさりと使えてしまった。


 もちろん、まだ自由自在とはいかない。


 それでも、自分にも魔法が使えるのだと知れたことは、セトにとって大きかった。


「昨日は風を出すところまでやったからね。今日は、それを拳に集めてみよう。」


「拳に?」


「うん。ちょっと見ててなー。」


 シュウが右手を握る。


 その拳の周囲で、空気が小さく渦を巻いた。


 風が集まり、次第にその範囲を狭めていく。


「……おお。」


「ただ風を出すだけなら、昨日ので十分。でも、圧風拳にするには、もう一つ必要なことがあるんだ。」


「圧縮、だっけ?」


「そうそう。」


 シュウが頷く。


「風を集めて、小さく押し固める。それを拳と一緒に相手へ叩きつけるんだよ。」


「なるほどな。」


「で、これが意外と難しい。」


 シュウが拳を開いた。


 集まっていた風が、ふっと散る。


「風って、放っておくと広がっちゃうからね。集めたまま維持するのにも、ちゃんと制御が必要なんだ。」


「……よし。やってみる!」


 セトは早速、右拳を握った。


 昨日教わった感覚を思い出す。


 拳の周りに、風を集める。


「……お。」


 小さな風が生まれた。


 そのまま、もっと集める。


 もっと、小さく。


「…………。」


 ふわり。


「あ。」


 風が散った。


「……むっず。」


「あはは。最初はそんなもんだよ。」


 シュウが笑う。


「今のは、集めようとしたときに力みすぎたかな。」


「力みすぎ?」


「うん。風を無理やり押さえつけようとしなくていいんだ。まずは、そこに留めておくことを考えてみて。」


「……留める。」


「そう。手の中に何かを持ってるような感じ。」


「おっけー。」


 セトは再び拳を握る。


 風が集まる。


 今度は、無理に押し固めようとせず、拳の周りに留めてみる。


「…………。」


 少しだけ、風が残った。


「お?」


「そうそう。その感じ。」


「……おお!」


 嬉しくなって、思わず拳を動かす。


 途端に風が散った。


「……あ。」


「動かすと崩れちゃうね。」


「くっそー!」


 セトは笑いながら、もう一度拳を握った。


     ◇


 それから、しばらく。


「…………。」


 セトの拳の周りで、風が渦を巻いていた。


 最初はすぐに散っていた風も、今では少しずつ形を保てるようになっている。


「よし……!」


「いいね。だいぶ安定してきた。」


「へへっ。」


「じゃあ、次はそのまま拳を出してみようか。」


「おう!」


 セトは近くの木に向き直った。


 足を開き、構える。


 拳に風を集める。


 そして。


「ふっ!」


 拳を突き出した。


 風が、横へ散った。


「……あれ?」


「うん。今のは拳を出すのが少し早かったかな。」


「早い?」


「風を維持したまま動かすことに慣れてないからね。まずはゆっくり動かしてみよう。」


「なるほど。」


 再び、風を集める。


 今度はゆっくりと拳を前へ出す。


 風が揺らぐ。


「……おっと。」


「そうそう。崩れそうになったら、また集め直して。」


「…………。」


 少しずつ。


 少しずつ。


 セトは拳を動かした。


 やがて、腕を伸ばしきる。


「……できた!」


「うん。いい感じ。」


「よっしゃ!」


「じゃあ、今度は少し速く。」


「おう!」


 セトが拳を引く。


 風を集める。


 そして、勢いよく突き出した。


 ぱしゅっ。


 拳の先で風が弾けた。


「…………。」


「…………。」


「……今の、どうだ?」


「うーん。惜しい。」


「惜しいかぁ!」


「風を放つことはできたけど、まだ散ってるね。これだと相手にまとまった衝撃を与えられない。」


「なるほどなぁ。」


 セトが拳を見つめる。


 風を集める。


 維持する。


 拳を動かす。


 そして、放つ。


 一つ一つなら、少しずつできるようになってきた。


 だが、それを同時に行うとなると、途端に難しくなる。


「……よし。もう一回!」


 セトは拳を握った。


     ◇


「……ふぅ。」


 何度目かの失敗。


 セトが額の汗を拭う。


 風を集めることには、かなり慣れた。


 拳を動かしても、以前ほど簡単には散らなくなった。


 それでも、最後の一撃が上手くいかない。


「……くっそ。あとちょっとな気がするんだけどなぁ。」


「そうだね。だいぶ近づいてると思うよ。」


 シュウは近くの木にもたれながら、セトの様子を見ていた。


「ただ、少し休もうか。」


「ん? なんで?」


「結構な時間やってるからね。身体も疲れてるでしょ?」


「いや、まだまだいけるぜ?」


「…………。」


 シュウが首を傾げる。


「……セトって、体力あるねぇ。」


「へへっ。まあな!」


「いや、そういう話じゃなくて。」


「ん?」


 シュウが木から背を離した。


「さっきから、明らかに疲れてるよね?」


「……まあ、疲れてはいるけど。」


「でも、動きがほとんど落ちてない。」


「そうか?」


「うん。」


 シュウが少し考える。


「……そういえば、セトのスキルって何だっけ?」


「【打破】ってやつ。」


「打破……。」


「おう。壁を打ち破るスキル、って感じ。」


「壁を打ち破る……。」


「そうそう。なんつーか、『超えてやる』って思えば、普段以上の力を出す……みたいな?」


「……なるほど。」


 シュウはしばらく黙っていた。


 そして。


「……セト。」


「ん?」


「やっぱ、休憩しようか。」


「へ? 大丈夫だって!」


「んー……多分、なんだけどね。」


 シュウが少し真面目な顔をして続ける。


「セトは今、無意識に『体力の限界』を打破してる。」


「そうなのか?」


「多分ね、圧風拳を早く習得したい、みたいな気持ちからだと思うけど。」


「……まあ、早く出来るようにはなりてーけど。」


「その気持ち自体は、悪い事じゃないんだけどね。」


 シュウはほんの少し嬉しそうに笑う。


「けどね。」


 そう言って、シュウは再び真面目な顔に戻った。


「限界を超えられることと、身体に負担がかからないことは別だから。」


「……なるほど?」


 セトは首を傾げる。


「……で、魔力はちゃんと減ってるだろうし。」


「んー……よくわかんねーけど、減ってる気はする。」


「なら、なおさらだね。身体が動くからって、魔法まで使い続けられるわけじゃない。」


「なるほどなぁ。」


「まあ、でも。」


 シュウがセトの拳を見る。


「格闘家としては、すごく恵まれたスキルだと思うよ。」


「……おお。」


「普通なら身体がついてこなくなるところでも、セトは戦い続けられるんだから。」


「……へへっ。」


 セトが笑う。


「だろ?」


「うん。でも、修行中に無理しすぎるのはなしね。」


「……おう。」


「ちゃんと休むのも、強くなるためには大事だから。」


「わかった!」


 セトは素直に頷いた。


 そして、少し休んでから。


「……よし!」


 再び立ち上がった。


     ◇


「……もう一回!」


 セトが拳を握る。


 風を集める。


 圧縮する。


 拳を出す。


 散る。


「……もう一回!」


 また、集める。


 また、拳を出す。


 今度は風が前へ飛んだ。


 だが、木に届く前に散ってしまう。


「……くっそ!」


「今の、かなり良かったよ。」


「マジか!」


「うん。あとは、放つ瞬間かな。」


 シュウが隣に立つ。


「セト。ちょっと拳を出してみて。」


「おう。」


 セトが拳を突き出す。


 シュウはその動きを見て、頷いた。


「うん。格闘技の動き自体は綺麗なんだよね。」


「へへっ。そっちは結構やってきたからな。」


「だよね。」


 シュウが笑う。


「だから、拳の動きを変える必要はないと思う。」


「……ん?」


「今まで通り殴ればいいんだよ。」


「……今まで通り?」


「うん。」


 シュウが拳を握る。


「風を集めて、維持して、放つ。そこまでを全部別々に考えると、どうしても動きが遅れる。」


「……ああ。」


「だから、最後は殴ることだけ考えてみて。」


「殴ることだけ?」


「そう。風は、拳についてくるものだと思えばいい。」


「…………。」


 セトは自分の拳を見る。


 風を集める。


 維持する。


 圧縮する。


 それらを意識するあまり、拳を振ることまで考えすぎていた。


 だが拳を振ることなら、これまで何度だってやってきた。


「……なるほどな。」


 セトが笑う。


「ちょっと、わかった気がする。」


「お、いいね。」


 シュウが一歩下がる。


 セトは木に向き直った。


 拳を握る。


 風が集まる。


 渦を巻き、小さくまとまっていく。


「…………。」


 風を逃がさない。


 だが、意識しすぎない。


 ただ。


 目の前の木を殴る。


「……ふっ!」


 拳が突き出された。


 その瞬間。


 ドンッ!


「……っ!」


 拳の届かない位置にあった木が、大きく揺れた。


 葉が舞い落ちる。


 幹には、浅いながらも確かな傷が残っていた。


「…………。」


 セトが拳を見る。


 そして、木を見る。


「…………。」


「……おお!」


 シュウが声を上げた。


「できたじゃん、セト!」


「…………。」


「今の、ちゃんと圧風拳になってたよ!」


「……マジか。」


「うん!」


 セトは、もう一度木を見た。


 自分の拳は、届いていない。


 それなのに。


 確かに、殴った。


「…………。」


 ゆっくりと、拳を握り直す。


「……っしゃあ!!」


 森の中に、セトの声が響いた。


「できた!!」


「あはは! おめでとう!」


「すげぇ! マジですげぇな、これ!」


「でしょ?」


 シュウが嬉しそうに笑う。


「まだまだ威力も安定してないけど、基本は掴めたと思うよ。」


「おう!」


「ここから練習していけば、もっと強くなる。」


「……へへっ。」


 セトは拳を見つめた。


 魔法は、苦手だった。


 自分には向いていないのだと思っていた。


 だが、違った。


 知らなかっただけだ。


 自分に合った使い方を。


 そして。


 まだまだ、強くなれる。


「……シュウ!」


「ん?」


「もう一回やっていいか!?」


「もちろん。でも、無理はしないでね。」


「おう!」


 セトは再び構えた。


 拳の周りに、風が集まっていく。


 その様子を、シュウは楽しそうに眺めていた。


「いやー、よかったねぇ。」


「おう!」


「圧風拳、格好いいでしょ?」


「……おう!」


「名前もいいでしょ?」


「…………。」


 セトの拳から、風が散った。


「……シュウ。」


「ん?」


「今、集中してるから。」


「あ、ごめんごめん。」


 シュウが笑う。


 セトは小さく息を吐き、再び拳を握った。


 技は、本当に格好いい。


 それだけは、間違いなかった。

本当ネーミングセンスだけなんだよなぁ。

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