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第92話 先入観

 翌朝。


「てな訳で、俺、しばらくシュウと修行してくるわ!」


「おっけー。」


「頑張ってねー。」


「お気をつけて。」


「……え?」


「…………え?」


 セトの宣言に、カイン、エイル、リムの三人はあっさりと頷いた。


 一方、ミカとファントは揃って固まっている。


「いやいやいや、ちょっと待てし。」


「どうした?」


「どうした、じゃなくて! 昨日ウチら仲間になったばっかじゃん!?」


「そうだな!」


「そうだな、じゃないんだけど!?」


 ミカが思わず声を上げる。


 隣ではファントも困惑した表情を浮かべていた。


「あの……皆さん、本当によろしいんですか?」


「何が?」


「いえ、セトさんが修行のために離れるという話です。」


「うん。」


「…………。」


 カインは不思議そうに首を傾げた。


「セトがやりたいなら、いいんじゃない?」


「いや、そういう問題なんでしょうか……。」


「まあ、セトだしねー。」


 エイルも特に気にした様子はない。


 リムも小さく頷いている。


「セトさんなら、きっと大丈夫です。」


「おう! 任せとけ!」


「……なんかウチらがおかしい感じ?」


「僕もそう思い始めました……。」


 ミカとファントは顔を見合わせた。


 もっとも、カインたちにとっては珍しい話でもなかった。


 セトが強くなるために何かを始める。


 それ自体は、今に始まったことではない。


「で、どのくらい修行するの?」


「んー、まだわかんねぇ。シュウと相談してみるわ。」


「そっか。」


 カインは少し考える。


「じゃあ、俺たちはルークさんのところに行こうかな。」


「あー、いいかもね。」


 エイルが頷いた。


「危険地帯から離れた街でも被害が出てるのか、確認したいしねー。」


「うん。」


 魔物の凶暴化。


 原因はまだわかっていない。


 今いる街だけでなく、他の地域でも同じようなことが起きている可能性は十分にあった。


「ルークさんのところなら、しばらく滞在してもいいし。」


「じゃあ、そこで合流だな!」


「うん。途中で追いついてもいいよ。」


「おう!」


 話がまとまりかけた、その時だった。


「……あの。」


 ファントがおずおずと手を上げる。


「今、ルークさんと仰いましたか?」


「うん。」


「それは、その……。」


 ファントは少し言葉を詰まらせた。


「かつて英雄イサナ様と共に旅をされた、あのルーク様でしょうか?」


「そうだよ。」


「…………。」


「ファント?」


「ルーク様に、お会いできるんですか!?」


「うわっ!?」


 突然の大声に、ミカが飛び上がった。


「な、何!?」


「あっ、すみません!」


 ファントは慌てて頭を下げる。


 しかし、その表情には興奮が隠しきれていなかった。


「僕、ずっとルーク様に憧れていて……!」


「そうなんだ。」


「はい! 僧侶として、本当に尊敬している方なんです!」


「そっか。じゃあ、会えるの楽しみだね。」


「はい!」


 ファントは満面の笑みで頷いた。


「……なんか、急に元気になったね。」


「わかりやすいねー。」


 ミカとエイルが小さく笑う。


 そんな二人を横目に、セトは大きく伸びをした。


「よっし! じゃあ俺も頑張ってくるわ!」


「うん。頑張って。」


「またねー。」


「お怪我には気をつけてくださいね。」


「おう!」


 セトは笑って手を振った。


 こうして、六人になったばかりの一行は、早くも一時的に五人となった。


     ◇


 街から少し離れた森の中。


「さて、と。」


 シュウは周囲を見回してから、セトへ向き直った。


「じゃあ、始めようか。」


「おう!」


「まず確認したいんだけど、セトって魔法はどのくらい使える?」


「……あー。」


 セトは少し顔をしかめた。


「正直、苦手なんだよな。」


「へぇ、そうなの?」


「学校で習ったことはあるんだけどよ。」


「うんうん。」


「魔力を感じろとか、流れを意識しろとか、色々言われてもよくわかんなくてさ。」


「あー、なるほどね。」


 シュウは納得したように頷いた。


「じゃあ、あんまり使ってこなかった感じ?」


「そうだな。殴ったり蹴ったりする方が性に合ってるし。」


「ふむふむ。」


 シュウは少し考える。


 それから、あっさりと言った。


「難しく考えすぎなんじゃない?」


「……は?」


「いや、魔法って別に、そんな難しく考えなくても使えるからさ。」


「……そうなのか?」


「うん。まあ、人によるけどね。」


 シュウは自分の拳を握ってみせた。


「セトさ、拳を握る時って何か考えてる?」


「……いや?」


「筋肉をこう動かして、指をこう曲げて、とか。」


「そんなこと考えねぇよ。」


「でしょ?」


 シュウは笑った。


「魔法も似たようなものなんだよ。」


「……似たようなもの?」


「そう。じゃあ、ちょっとやってみようか。」


 シュウはセトの拳を指さした。


「まず、拳を握って。」


「おう。」


「で、その拳の周りに風が集まるところを想像してみて。」


「……風が?」


「そうそう。難しいことは考えなくていいから。」


「…………。」


 セトは自分の拳を見る。


 拳の周りに風が集まる。


 それだけを想像する。


 すると。


「……お?」


 拳の周囲で、小さな風が渦を巻いた。


 セトは目を丸くする。


「……え?」


「お、できたね。」


「…………。」


「うんうん。いい感じ。」


「……マジか?」


「マジマジ。」


 シュウは楽しそうに笑った。


「セト、案外風魔法の適性高いね。」


「……俺が?」


「うん。最初からそれだけできるなら、結構向いてると思うよ。」


「…………。」


 セトは自分の拳を見つめた。


 風はまだ、小さく渦を巻いている。


「……こんな簡単でよかったのか?」


「まあ、学校で教わったことも間違いじゃないんだけどね。」


 シュウは肩をすくめる。


「人によって、わかりやすい教え方って違うからさ。」


「……なるほどな。」


「セトは身体を動かす方が得意そうだし、こういう覚え方の方が合ってるんじゃない?」


「…………。」


 セトはもう一度、拳に意識を向けた。


 風が少し強くなる。


「おお……!」


 思わず声が漏れた。


「シュウ! これ、もっと集められるのか!?」


「もちろん。」


「マジか!」


「ただ、集めるだけじゃなくて、それを維持したり、狙った方向に放ったりする練習も必要だけどね。」


「なるほど!」


 セトは拳を握り直した。


 今まで、魔法は自分に向いていないものだと思っていた。


 学校で習っても、どうにも上手くできなかった。


 だから、使わなかった。


 それだけのことだった。


 しかし。


「……魔法って、面白ぇな。」


 自然と、そんな言葉が口から出た。


「でしょ?」


 シュウは嬉しそうに笑った。


「じゃあ、少しずつ練習していこうか。」


「おう!」


     ◇


 しばらくして。


「……ふぅ。」


 セトは額の汗を拭った。


 拳の周りに風を集めることは、少しずつできるようになってきた。


 しかし、集めた風をそのまま維持するのは思った以上に難しい。


 気を抜けばすぐに散ってしまう。


「まあ、最初はそんなもんだよ。」


「そうか?」


「うん。焦らずやっていこう。」


 シュウは近くの木に寄りかかった。


「それに、セトは格闘技の基礎ができてるからね。魔法の扱いに慣れれば、結構早いと思うよ。」


「おお、マジか!」


「マジマジ。」


 セトは嬉しそうに笑った。


 そして、ふと思い出す。


「そういやシュウ。」


「んー?」


「昨日、雷虎と戦ってた時、雷も使ってたよな?」


「使ってたねー。」


「風だけじゃねぇのか?」


「うん。俺、一応全部の属性使えるよ。」


「……全部!?」


「そうそう。」


「マジかよ……。」


 セトは改めてシュウを見た。


 格闘技の腕は間違いない。


 魔法も全属性扱える。


 しかも、教え方まで上手い。


「……すげぇな、シュウ。」


「そう? ありがと。」


「でも、なんでそんなに魔法を格闘技に組み合わせてんだ?」


「あー、それね。」


 シュウは少し笑った。


「俺、魔力量が少ないんだよ。」


「……そうなのか?」


「うん。だから、大きな魔法を何発も撃つような戦い方は向いてなくてさ。」


「へぇ……。」


「だったら、少ない魔力でもちゃんと威力が出る使い方を考えようかなって。」


 シュウは拳を握る。


「で、元々やってた格闘技と組み合わせてみたら、案外いい感じだったんだよね。」


「なるほどな……。」


 セトは感心したように頷いた。


 自分にできないことを嘆くのではなく、できることを活かして戦う。


 その結果が、昨日見た圧倒的な強さなのだろう。


「……そういやさ。」


「ん?」


「そういう戦い方って、何か流派とかあるのか?」


「ああ、あるよ。」


「お、やっぱり!」


 セトが身を乗り出す。


 シュウは少し得意げに胸を張った。


「シュウ式魔格闘技。」


「……なんて?」


「シュウ式魔格闘技。」


「…………。」


「俺が考えたんだよね。」


「…………。」


 セトはしばらく黙った。


「……なるほど。」


「うん。」


「…………。」


「どうした?」


「……いや、なんでもねぇ。」


 セトは静かに首を振った。


 強い。


 間違いなく強い。


 格闘技も魔法も、教え方も素晴らしい。


 尊敬できる相手だ。


 それは間違いない。


 ただ。


「じゃあ、明日からはもう少し本格的にやっていこうか。」


「……おう!」


 セトは元気よく返事をした。


 少なくとも、技術については何一つ疑う必要がない。


 そう自分に言い聞かせながら。


 ――セトの新しい修行が、始まった。

シュウはいたって真面目に考えてるし、シュウ式魔格闘技も、あっぷうけんも最高にカッコいいと思ってる。

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