第91話 求めた力
六人になった。
カイン、セト、エイル、リム、ミカ、ファント。
改めて顔を見合わせてみると、随分と賑やかになったものだ。
「で、これからどうすんの?」
セトが尋ねる。
「どうしようか。」
「いや、考えてなかったのかよ。」
「とりあえず、ミカとファントが一緒に来ることになったし。」
「うんうん。」
ミカが楽しそうに頷く。
「ウチ、まだこの辺全然知らないし。色々見て回りたいかも。」
「観光に来た訳じゃないのですが……。」
ファントが小さく呟いた。
「えー、いいじゃん。せっかくだし。」
「まあ、街を見るのも悪くないけどさ。」
エイルが笑う。
「その前に、ちょっと現実的な問題があるかなー。」
「現実的な問題?」
カインが首を傾げる。
「お金。」
「ああ。」
「今まで四人だったのが六人になったんだからねー。宿代も食費も増えるよ?」
「確かに。」
カインは納得したように頷いた。
「じゃあ、仕事しようか。」
「切り替え早いな、お前。」
「お金ないと食事の量減るよ?」
「死活問題だな。」
セトも頷く。
狩人の仕事なら、人数が増えた分、受けられる依頼の幅も広がる。
もちろん、報酬を分ける人数も増えるのだが。
「ミカとファントは、狩人の仕事って初めてだよね?」
「魔物討伐はしてたけどねー。そもそも狩人って何する人なん?」
「魔物の討伐もだし、護衛とか、色々だよ。」
「へー。冒険者みたいな感じ?」
「冒険者?」
「あー、こっちにはないんだ。」
ミカは一人で納得したように頷いた。
「まあ、似たようなもんだと思う。」
セトが答える。
「じゃ、行ってみよっか。」
エイルの言葉に、六人は歩き出した。
◇
狩人の依頼を扱う建物には、今日も多くの人が集まっていた。
壁には様々な依頼が掲示されている。
魔物の討伐。
街道の護衛。
素材の採取。
ミカはそれらを興味深そうに眺めていた。
「へー、色々あるんだ。」
「危険な依頼ほど報酬が高い傾向にありますね。」
ファントが掲示された紙を見ながら言う。
「まあ、危ない仕事だからな。」
セトも隣で依頼を眺めていた。
何か手頃なものはないか。
そう考えながら視線を動かしていた、その時。
「…………。」
ある依頼に目が止まった。
――雷虎の討伐。
「……雷虎かぁ。」
思わず呟く。
以前、カインたちと戦った魔物。
雷を纏い、凄まじい速度で襲いかかってきた、あの虎。
強かった。
それ以上に、厄介だった。
拳を当てようにも、触れれば雷が流れてくる。
近づくことすら難しい。
あの時は仲間たちと協力して倒したが、自分の拳では、まともに戦えなかった。
「セト?」
カインが声をかける。
「ん? ああ、なんでもねぇ。」
「雷虎?」
「ああ。前に戦っただろ。」
「うん。強かったね。」
「……そうだな。」
セトはもう一度、依頼を見た。
……今ならどうだろう。
格闘技を学び、以前よりも身体の使い方は上手くなった。
それでも。
あの雷を纏った身体に、どうやって拳を届かせればいいのか。
――答えは、まだ見つかっていなかった。
「お、それ受けようと思ってたんだけど。」
不意に、横から声がした。
「ん?」
振り向く。
そこに立っていたのは、一人の男だった。
背が高い。
長い黒髪を後ろでまとめ、鍛えられた身体をしている。
年齢は二十代の後半くらいだろうか。
どこか気の抜けたような、穏やかな笑みを浮かべていた。
「雷虎の依頼?」
「ん、ちょうど暇だったし、報酬もいいしな。」
「……一人で?」
「基本一人でやってるからな。」
男は当たり前のように頷いた。
セトは思わず、その姿を見直す。
剣も、槍も、弓もない。
腰に短剣すら下げていない。
「……武器は?」
「持ってないよ。」
「持ってない?」
「うん。」
「雷虎だぞ?」
「そうだね。」
「……素手で?」
「まあ、そうなるかな。」
「マジかよ。」
男は不思議そうに首を傾げた。
「そんなに変か?」
「変だろ。」
セトは即答した。
少なくとも、自分の知っている雷虎は、素手で戦うような相手ではない。
「魔法で戦うのか?」
「んー。」
男は少し考えてから、笑った。
「半分正解かなー。」
「……半分?」
「見た方が早いかもね。」
そう言って、男は依頼の紙を手に取った。
「じゃ、行ってくるよ。」
「……待ってくれ!」
気づけば、セトは声を上げていた。
「ん?」
「その討伐、見に行ってもいいか?」
男が目を瞬かせる。
それから、にっと笑った。
「いいよー。」
◇
街から少し離れた森。
雷虎が目撃されたという場所へ、セトは男とともに来ていた。
カインたちには事情を話し、先に依頼を探してもらっている。
「そういや、名前聞いてなかったな。」
「ああ、そうだった。」
男が振り返る。
「シュウ。よろしくね。」
「俺はセト。」
「セトね。よろしく。」
軽い調子で挨拶を交わす。
「で、シュウさん。」
「シュウでいいよ。」
「じゃあシュウ。ほんとに武器なしで戦うのか?」
「うん。」
「雷虎って、身体に雷纏ってるんだぞ。」
「知ってるよ。」
「殴ったら感電するだろ。」
「そうだね。」
「……大丈夫なのか?」
「まあ、見てなって。」
シュウは笑った。
その時。
森の奥から、低い唸り声が聞こえた。
「……来た。」
セトが身構える。
木々の間から現れたのは、大きな虎だった。
黄色い毛並み。
全身を走る、青白い雷。
間違いない、雷虎だ。
「おー、いたいた。」
シュウは気楽な声を上げた。
そして、ゆっくりと歩き出す。
「おい、シュウ!」
「んー?」
「雷、出てるぞ!」
「出てるねー。」
「だから!」
セトが言い終えるより早く、雷虎が動いた。
地面を蹴る。
一瞬で距離を詰め、その爪を振り下ろす。
速い。
――だが。
「よっ。」
シュウは、僅かに身体をずらした。
爪が空を切る。
そのまま、右足を踏み込む。
腰が回る。
拳が突き出される。
「馬鹿、触ったら――!」
セトが叫ぶ。
しかし、シュウの拳は雷虎に触れなかった。
ほんの僅か。
拳一つにも満たない距離を残して、止まる。
直後。
――ドンッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
雷虎の巨体が、横へ吹き飛ぶ。
「…………は?」
セトは呆然とした。
何が起きたのか。
今のは、拳だった。
間違いなく、拳を突き出した。
なのに触れていない。
雷虎が地面を転がり、すぐさま起き上がる。
唸り声を上げ、再び雷を強めた。
「お、結構頑丈だね。」
シュウが呟く。
雷虎が跳ぶ。
シュウはその動きを見切り、今度は身体を沈めた。
鋭い踏み込み。
再び、拳が走る。
今度は下から。
雷虎の顎が跳ね上がった。
やはり、触れていない。
「……なんだ、あれ。」
セトは目を見開いた。
格闘技だ。
足運びも、体重移動も、拳の打ち方も。
自分が学んできたものと、確かに通じるところがある。
だが、違う。
拳の先に、何かがある。
目には見えない。
けれど、確かに。
何かが、雷虎を打っている。
雷虎が着地する。
その身体がぐらりと揺れた。
シュウは一歩踏み込んだ。
今度は短く、右の拳を突き出す。
再び、衝撃が走った。
雷虎の巨体が地面を滑り、木の幹に激突する。
大きな音が響いた。
そして……雷虎は、動かなくなった。
「よし。」
シュウが軽く息を吐く。
「終わり終わり。」
「…………。」
セトは、その場から動けなかった。
強い。
それは、見ればわかる。
だがそれ以上に、今の戦い方は。
自分が、ずっと欲しかったものだった。
「……シュウ。」
「ん?」
「今の、何したんだ?」
「ああ、あれ?」
シュウは自分の拳を見た。
「風魔法だよ。」
「風?」
「うん。拳の先に風を圧縮して、打ち出してるんだ。」
「……風を?」
「そう。直接殴らなくても、衝撃を伝えられる。」
セトは息を呑んだ。
魔法。
苦手意識からずっと避けていた。
だが、魔法と格闘技を組み合わせれば……触れなくても、殴れる。
「……すげぇ。」
思わず声が漏れた。
「ん?」
「すげぇよ、それ!」
セトはシュウに詰め寄った。
「俺、前に雷虎と戦ったことがあるんだ!」
「へー。」
「でも、雷が邪魔でまともに殴れなくてさ! 格闘技を覚えても、どうすりゃいいかわかんなかった!」
「なるほどねー。」
「でも、今のなら!」
拳を握る。
胸の奥が熱くなっていた。
こんな方法があったのか。
魔法を、拳に。
自分が学んだ技術に、風を。
「……なあ、シュウ。」
「ん?」
「今の技、なんていうんだ?」
「ああ。」
シュウは嬉しそうに笑った。
「圧風拳。」
「…………なんて?」
「あっぷうけん。」
「…………。」
セトは、しばらく黙った。
「……あっぷうけん?」
「うん。風を圧縮する拳だから。」
「…………。」
「どう? 格好いいでしょ。」
「……よし。」
「ん?」
「聞こえなかったことにする。」
「えー?」
シュウが不満そうな顔をした。
だが。
セトにとっては、そんなことはどうでもよかった。
――いや、どうでもよくはないが。
今は、それ以上に大事なことがある。
「シュウ!」
「はいはい。」
「俺に、その技を教えてくれ!」
シュウが目を瞬かせる。
「……俺、もっと強くなりたいんだ。」
セトは真っ直ぐにシュウを見た。
「頼む!」
シュウは少しだけ考えた。
それから、笑った。
「……いいよ。」
「マジで!?」
「うん。ただし。」
シュウが人差し指を立てる。
「結構、厳しいよ?」
セトは笑った。
「望むところだ!」
こうしてセトは、新たな師匠と出会った。
自分が求めていた力を持つ男。
そして。
その力に、どうしようもなく微妙な名前をつける男と。
ネーミングセンス以外ほぼ完璧な男




