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第90話 改めまして

 目を覚ますと、見慣れない天井があった。


「…………。」


 カインはしばらく天井を眺めていた。


 ――確か、ミカと戦って、勝負が終わって。


 ……リムに怒られて。


「……あれ?」


 そこから先の記憶が、少し曖昧だった。


 身体を起こす。


 多少の疲労は残っているものの、痛みはほとんどない。


 どうやら、随分と回復させてもらったらしい。


「……よし。」


 寝台から降り、部屋を出る。


 廊下を歩いて階段を下りると、宿の食堂から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「だから、俺は反対したんだって。」


「えー、でも本人がいいって言ったじゃん。」


「その本人、まともに意識なかっただろ!」


「返事はしてたし。」


「そういう問題じゃねぇ!」


 ……何か揉めている。


 カインが食堂を覗くと、セトとミカが向かい合っていた。


 その隣では、エイルが楽しそうに笑っている。


 リムとファントも、同じ卓についていた。


「あ、カイン。」


 最初に気づいたのはエイルだった。


「おはよー。よく寝てたね。」


「うん。おはよう。」


「カインさん!」


 リムが勢いよく立ち上がる。


「もう、お身体は大丈夫なんですか?」


「うん。ちょっと疲れてるくらい。」


「本当ですか?」


「本当だよ。」


「……無理は、しないでくださいね。」


「うん。」


 リムはまだ何か言いたそうだったが、ひとまず席に戻った。


「お、起きたか。」


「うん。」


 セトに答え、カインは空いている椅子に腰掛ける。


 そして、向かいに座る二人を見た。


「……あれ?」


「なに?」


 ミカが首を傾げる。


「なんでミカたちいるの?」


「はぁ!?」


 ミカが声を上げた。


「ウチも一緒に行くって言ったじゃん!」


「……そうだっけ?」


「言ったし! カインもいいって言ったし!」


「……あー。」


 カインは少し考えた。


「言った気がする。」


「ほら!」


「ほら、じゃねぇよ。」


 セトが呆れた顔をする。


「お前、あの時ほとんど意識なかっただろ。」


「うん。あんまり覚えてない。」


「だろうな!」


「でも、いいんじゃない?」


「……お前なぁ。」


 セトが深くため息をつく。


 エイルは隣で笑っていた。


「ま、いいじゃん。人数増えた方が賑やかだし。」


「そういう問題か?」


「そういう問題じゃない?」


「エイルさん適当すぎんだろ……。」


 ミカはそんなやり取りを眺めていた。


「……なんか、ほんと普通だね。」


「何が?」


「いや、色々。」


 昨日まで本気で戦っていた相手と、こうして同じ卓についている。


 自分でも不思議な気分だった。


「それで、ファントさんも一緒に来るの?」


 カインが尋ねる。


「はい。私はミカさんに同行する役目ですので。」


「そっか。よろしく。」


「……はい。よろしくお願いします。」


 ファントは少し戸惑いながらも、頭を下げた。


 どうやら、六人での旅が始まるらしい。


 もっとも。


 その六人が互いについてどれほど知っているかといえば、随分と怪しいものだった。


「……一つ、聞いてもよろしいでしょうか。」


 ファントが口を開いた。


「ん?」


「魔物の凶暴化についてです。」


 その言葉に、皆の視線が集まる。


「私たちは、凶暴化した魔物を討伐するために動いていました。」


「うん。」


「ですが、そもそも……魔物が凶暴化しているのは、魔王の仕業ではないのですか?」


「……え?」


 リムが目を丸くした。


 ファントは続ける。


「魔物の異常な行動が増え始めた頃から、魔王の関与が疑われていました。私も、その可能性が高いと教わっています。」


「……違います。」


 リムが静かに答えた。


「アベル様は、そのようなことはなさいません。」


「……アベル様?」


「はい。」


 リムは頷く。


「それに、魔物の凶暴化は魔族の領域でも起きています。被害も出ていますし、原因についても調査を続けています。」


「……魔族の領域でも?」


「はい。」


 ファントが考え込む。


 ミカも不思議そうな顔をしていた。


「え、でもさ。魔王って、魔物を操ってるんじゃないの?」


「いいえ。少なくとも、今回の凶暴化についてアベル様は関与していません。」


「……そうなんだ。」


 ミカは腕を組んだ。


「ウチ、魔王倒せば魔物も大人しくなるって聞いてたんだけど。」


「誰に?」


 カインが尋ねる。


「教会の人たち。」


「ふーん。」


「……ふーん、って。」


 ミカが少し呆れる。


「結構大事な話じゃない?」


「うん。だから、ちゃんと調べないとね。」


「…………。」


 あまりにも自然に返されて、ミカは言葉に詰まった。


 ファントは、改めてリムを見る。


「……失礼ですが、リムさん。」


「は、はい。」


「随分と魔王について詳しいのですね。」


「えっと……。」


 リムが言葉を探す。


 その隣で、セトが何でもないことのように口を開いた。


「そりゃお前、リムは一応魔王軍四天王だし。」


「…………。」


「…………。」


 ミカとファントが固まった。


「……え?」


 先に声を出したのはミカだった。


「四天王?」


「うん。」


 カインが頷く。


「リム、四天王だよ。」


「…………。」


 ミカはリムを見る。


 リムは申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。


「……はい。」


「いや、はい、じゃなくて!」


 ミカが卓に身を乗り出す。


「四天王って、魔王のすぐ下にいる、めっちゃ偉い人たちじゃないの!?」


「一応……立場的には……。」


「え、マジ!?」


「……はい。」


 リムがますます小さくなる。


「……なんか、ごめんなさい。」


「いや、なんで謝るの!?」


 エイルが吹き出した。


「あはは! リムち、別に悪いことしてないでしょ。」


「そ、そうですけど……。」


「……ちょっと待ってください。」


 ファントが額に手を当てた。


「では、皆さんは魔王軍四天王と知った上で、リムさんと一緒に旅をしているのですか?」


「うん。」


 カインが答える。


「……なぜ?」


「一緒にいたいから?」


「…………。」


 ファントは返す言葉を失った。


「ま、カインはそういう奴だからな。」


 セトが笑う。


「おねーさんもリムち好きだしねー。」


 エイルがリムの肩を抱く。


「エ、エイルさん……。」


「かわいいし。」


「そ、それは関係ないです……!」


 ミカはそんな様子を見ながら、何とも言えない顔をしていた。


 魔族は敵、そう教わった。


 だというのに、目の前の四天王は、どう見ても恐ろしい存在には見えない。


 むしろ、少し困っているように見える。


「……あの。」


 ファントが、今度はエイルに視線を向けた。


「エイルさん、とおっしゃいましたよね。」


「んー?」


「……もしかして、以前、英雄イサナ様と共に旅をされたエイル様でしょうか。」


「おねーさんはおねーさんだよ?」


「……いえ、そうではなく。」


「あ、うん。そだよー。」


「…………。」


 ファントが再び固まった。


「……本当に?」


「うん。」


「……あの、ルーク様とも?」


「そうそう。ルークとも一緒だったよ。」


「…………!」


 ファントが勢いよく立ち上がった。


「ほ、本当にあのルーク様と!?」


「うん?」


「私、ルーク様に憧れて僧侶になったんです!」


「へぇー!」


「英雄イサナ様と共に旅をされ、多くの人々を救った偉大な僧侶で……!」


「うんうん。」


「そのルーク様と共に戦われたエイル様が、今、目の前に……!」


「おねーさん、そんな大したもんじゃないけどねー。」


「そんなことはありません!」


 ファントが力強く否定した。


 エイルは少し困ったように笑う。


「いやぁ、そんなに褒められると照れるなぁ。」


「……エイルさん、嬉しそうだね。」


 カインが言う。


「そりゃ褒められたら嬉しいでしょー。」


「……なんか、イメージと違う。」


 ミカが呟いた。


「ん? 何が?」


「いや、もっとこう……伝説の人って感じかと思ってた。」


「おねーさん、普通のおねーさんだよ?」


「普通のおねーさんは伝説になってないと思うんだけど。」


「あはは!」


 エイルは楽しそうに笑った。


 そんな二人を見ていたセトが、ふと思い出したように口を開く。


「んな事言ったら、カインはイサナさんの息子だぞ?」


「…………。」


「…………。」


 また、沈黙が訪れた。


「……は?」


 ミカがカインを見る。


「……はい?」


 ファントもカインを見る。


「うん?」


 カインが首を傾げた。


「……え、待って。」


 ミカが額を押さえる。


「カインのお父さんって、あの英雄イサナ?」


「うん。」


「……マジで?」


「うん。」


「……なんで普通にしてんの!?」


「え?」


「え? じゃなくて!」


 ミカは椅子に座り直した。


「……ちょっと情報量多いってー。」


「私もです……。」


 ファントが疲れたように呟く。


 魔王軍四天王。


 かつての英雄の仲間。


 そして、英雄の息子。


 何気なく同行することになった一行が、想像以上にとんでもない顔ぶれだった。


「…………。」


 ファントはゆっくりとセトに目を向けた。


「……もしや、セトさんも何かあります……?」


「俺?」


「はい。」


「俺はカインのダチ。」


「…………。」


 ファントが瞬きをする。


「……普通に?」


「普通に。」


「…………。」


 しばらく、誰も何も言わなかった。


 やがて。


「……ぷっ。」


 ミカが吹き出した。


「あはははは!」


「なんだよ!」


「いや、ごめん! なんか、最後だけ普通すぎて!」


「悪かったな普通で!」


「いやいや、そういう意味じゃなくて!」


 エイルも笑い始める。


「いやぁ、セトはセトだよねー。」


「エイルさんまで!」


「でも、そういうとこ好きだよー。」


「……そりゃどうも。」


 セトは呆れたように肩をすくめた。


 カインはそんな様子を見ながら、笑っていた。


「でも、セトはすごいよ。」


「……お前まで何だよ。」


「いや、普通に。」


「普通にって言うな!」


 また、笑い声が上がった。


 リムも小さく笑っている。


 ファントはそんな一行を眺めながら、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


 教会で教わったこと。


 これまで信じてきたこと。


 それらと、目の前にいる人たちの姿は、どうにも一致しない。


 けれど。


 少なくとも、この人たちが互いを信頼していることだけは、よくわかった。


「……改めまして。」


 ファントが姿勢を正す。


「これから、よろしくお願いいたします。」


「うん。よろしく。」


 カインが笑って答える。


「ウチもよろしくねー!」


 ミカが手を振る。


「よろしくお願いします。」


 リムが丁寧に頭を下げた。


「ま、仲良くやろうぜ。」


「そだねー。」


 セトとエイルも笑う。


 こうして、随分と変わった六人の旅が始まることになった。

よく考えたら凄いメンツなカインパーティ、セトは普通。

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