第88話 与えられた力、託された力
「……俺が戦う。」
カインの言葉に、セトが顔を向けた。
「お前、一人でか?」
「うん。」
「いや、待てって。相手、相当強いぞ?」
「わかってる。」
カインは、少し離れた場所に立つ少女を見る。
ミカ。
女神によって召喚された、新たな英雄。
先ほど見せた魔法は、カインがこれまでに見てきたものと比べても、明らかに規模が違っていた。
まともに受ければ、ただでは済まない。
それでも。
「俺が、あの人たちを守るって決めたから。」
カインは背後へ目を向ける。
そこには、魔王軍の兵士たちがいた。
突然現れた英雄に襲われ、今も戸惑いを隠せずにいる。
「だから、俺が戦いたい。」
「……カインさん。」
リムが、不安そうに声を上げた。
「私も、一緒に……。」
「リムは、あの人たちを守っててほしい。」
「……っ。」
「ミカの魔法の範囲、すごく広いから。俺が全部防げるとは思えない。」
カインは、兵士たちを見る。
「リムが守ってくれてたら、安心して戦える。」
「…………。」
リムは何かを言いかけて、口を閉じた。
自分が【隔帳】を使えば、兵士たちは守れる。
けれど、その間はカインに力を貸せない。
それが、わかってしまった。
「……無茶は、しないでください。」
「うん。」
「……絶対、ですよ。」
「わかった。」
カインが頷く。
その返事に、リムは少しだけ眉を下げた。
セトが頭を掻く。
「……ったく。こういう時のお前、頑固だよなぁ。」
「ごめん。」
「謝んなって。」
セトは拳を握り、カインの前へ差し出した。
「使えよ。」
「……うん。ありがとう。」
「絶対負けんなよ。」
「頑張る。」
「そこは勝つって言えよ!」
エイルが小さく笑った。
「ま、カインらしいけどねー。」
そう言って、カインの肩を軽く叩く。
「おねーさんのも、好きに使っていいから。」
「ありがとう、エイル。」
「ただし。」
エイルは、少しだけ真面目な顔になる。
「危なくなったら、ちゃんと逃げること。いい?」
「……うん。」
「今ちょっと考えたでしょ。」
「……少し。」
「もー。」
呆れたように笑いながら、エイルはカインの背中を押した。
「行っておいで。」
カインは頷き、前へ歩き出す。
その先で、ミカが腕を組んで待っていた。
「……話、終わった?」
「うん。待たせてごめん。」
「いや、別にいーけど。」
ミカはカインの後ろを覗き込む。
「で? 結局ウチと一人でやるん?」
「そう。」
「ふーん。」
ミカは、少しだけ首を傾げた。
「……ウチの魔法、見たよね?」
「見た。」
「それでも?」
「うん。」
「…………。」
しばらくカインを見つめてから、ミカは肩をすくめた。
「ま、いっか。」
その手に、光が集まり始める。
「じゃ、行くよ?」
「うん。」
カインが刀を構えた。
次の瞬間。
光が、放たれた。
一直線に迫る、炎の塊。
先ほど兵士たちへ向けられたものより、ずっと小さい。
けれど、凝縮された熱量は、決して低くない。
カインは刀を握り直した。
「抜刀、【打破】。」
思い描く。
魔法を、斬る刃。
かつて、大鴉の防御魔法を断ち切った時の感覚。
あの時は、ただ必死だった。
けれど、今は違う。
迫る炎を見据え、一歩踏み込む。
振り下ろした刀が、炎を捉えた。
――斬る。
炎の塊が、二つに割れた。
分かたれた炎はカインの左右を通り過ぎ、背後の地面へ落ちる。
「……は?」
ミカが、目を丸くした。
「え、ちょっと待って。」
カインは刀を構え直す。
「……何したん?」
「斬った。」
「いや、それは見たけど!」
ミカは、自分の手を見る。
魔法を斬る。
そんなことが、できるのか。
「……じゃあ、これは?」
今度は、青白い光。
雷が走る。
炎よりも速い。
カインは、その光を目で追った。
速い――けれど、見える。
刀を振る。
鋭い音とともに、雷が弾けた。
「……っ!」
ミカの表情が変わる。
炎。
雷。
次は、水。
さらに、土。
次々と放たれる魔法を、カインは刀で迎え撃った。
斬る。
避ける。
踏み込む。
再び、斬る。
すべてが同じではない。
炎は斬っても熱が残る。
雷は速く、わずかな判断の遅れが命取りになる。
土の塊は、斬ったところで重さまで消えるわけではない。
だから、必要な分だけ斬る。
斬る必要のないものは避ける。
その判断を、繰り返す。
「……なんなん、ほんと。」
ミカが、眉を寄せた。
魔法が、当たらない。
いや。
当たる前に、斬られる。
「剣って、そんな便利なもんだっけ?」
「……普通は、違うと思う。」
「だよね!?」
カインは答えながら、呼吸を整えた。
簡単ではない。
一つ一つの魔法が、十分な威力を持っている。
受け損ねれば、それだけで戦いが終わりかねない。
けれど。
まだ、対応できる。
これまで何度も、魔物の攻撃を見てきた。
速いものも。
重いものも。
予想しない方向から飛んでくるものも。
それらを見て、考え、刀を振ってきた。
だから。
今も、振れる。
「…………。」
ミカが、ふと動きを止めた。
カインを見つめる。
そして、何かを思いついたように口元を上げた。
「……そっか。」
両手を広げる。
「斬れるならさ。」
周囲に、いくつもの光が浮かんだ。
「斬りきれないくらい撃てばよくない?」
「……っ!」
カインが動くより早く、光が広がる。
前から。
横から。
頭上から。
幾つもの魔法が、同時に迫った。
一つなら、斬れる。
二つでも、どうにかなる。
けれど。
これだけの数を、すべて斬ることはできない。
カインは、地面を蹴った。
魔法の間を抜ける。
肩を掠めた熱に、顔をしかめる。
背後で爆発が起きた。
振り返る。
兵士たちの前には、半透明の壁が広がっていた。
リムの【隔帳】。
魔法が壁にぶつかり、光となって散る。
「……よかった。」
小さく呟き、カインは前を向いた。
守ってくれている。
なら、自分がやるべきことは一つ。
「抜刀、【鏡面】。」
刀身が、増えた。
一本。
二本。
幾重にも重なる刃。
カインは、そのままミカへ踏み込んだ。
「……えっ!?」
ミカが、慌てて後ろへ下がる。
振り下ろされる刀。
それに重なる、複数の刃。
「ちょ、近っ!」
咄嗟に、防御魔法が展開された。
刀が光の壁へぶつかり止まる。
――だが。
「抜刀、【打破】。」
重なっていた刃が消えた。
一本の刀が、光の壁へ食い込む。
「……うそっ!」
防御魔法が、裂けた。
ミカが大きく後ろへ跳ぶ。
その目前を、刀が通り過ぎる。
カインは追う。
「抜刀、【鏡面】。」
再び、刃が増えた。
「ちょっと待ってって!」
ミカは叫びながら、横へ飛ぶ。
だが、カインも止まらない。
踏み込み。
振り下ろし。
横薙ぎ。
次々と迫る刃に、ミカは防御魔法を展開する。
そのたびに。
「抜刀、【打破】。」
光の壁が、斬られる。
「……っ!」
ミカの顔から、余裕が消え始めた。
魔法を撃とうにも、目の前に刀がある。
距離を取ろうにも、すぐに詰められる。
防ごうとすれば、壁を斬られる。
「……ほんっと、何それ!」
ミカが強引に魔力を放った。
衝撃が広がる。
カインは咄嗟に腕を上げ、後ろへ跳んだ。
足が地面を滑る。
腕が、痛む。
だが、止まらない。
もう一度、踏み込み刀を振る。
複数の刃が、ミカへ迫った。
けれど。
――同じだ。
カインは、ふと思った。
増えた刀身は、基本的に自分の刀と同じように動いている。
それでは、攻撃の方向も似通う。
エイルはどうしていた?
あの人の【鏡面】は、自分自身を増やす。
増えたエイルは、それぞれ別の方向から攻撃できる。
ならきっと、刀だって。
「…………。」
カインは、もう一度刀を振った。
その途中で、刃を増やす。
「……っ!?」
ミカの目が動いた。
さっきまでなかった位置に、刀身が現れた。
慌てて防御する。
カインは、それを見ていた。
――できた。
なら、次は。
右へ振る刀。
その途中で生まれた刃を、別の方向へ。
違う軌道。
違う角度。
違う場所へ。
本来なら右へ流れるはずの刃が、左からミカへ迫った。
「……え?」
ミカが、目を見開いた。
右から迫る刀。
それを避けようとした先に、もう一本。
さらに、その後ろから。
「ちょ、待っ……!」
防御魔法が、次々と展開される。
カインは、その動きを見ていた。
どこに壁を張る。
どちらへ逃げる。
次は、何を撃つ。
考える。
考える。
考える。
刀を振る。
刃を増やす。
軌道を変える。
防御魔法を斬る。
再び、増やす。
――次。
――次は。
――その次。
頭の奥が、熱い。
呼吸が、浅くなる。
それでも。
止まれば、魔法が来る。
自分だけではない。
後ろにいる兵士たちへ。
だから。
止まれない。
「……っ、もう!」
ミカが、歯を食いしばった。
こんなはずではなかった。
魔法なら、負けない。
実際、これまで相手にしてきた魔物は、ほとんどが魔法で倒せた。
大きなものも。
速いものも。
硬いものも。
魔法を使えば、どうにかなった。
なのに。
目の前の少年は、倒れない。
魔法を斬る。
距離を詰める。
攻撃を重ねる。
こちらが考えたことに、次々と対応してくる。
「……なんで!」
ミカが、さらに魔力を込める。
強い光が、周囲に広がった。
カインは目を細めた。
広い。
この距離では、避けきれない。
なら。
もう一歩。
踏み込む。
「抜刀、【打破】!」
振り抜いた刀が、光を裂く。
だが、すべては斬れない。
衝撃が、身体を打った。
「……ぐっ!」
足が止まる。
膝が、わずかに折れた。
痛い。
息が、苦しい。
頭が、痛む。
それでも。
カインは、顔を上げた。
ミカが、こちらを見ている。
その手に、再び光が集まろうとしていた。
――まだ。
まだ、終わっていない。
刀を構える。
踏み込む準備をする。
ミカが、手を突き出した。
「……これで!」
その瞬間。
何も、起こらなかった。
「…………。」
ミカが、自分の手を見る。
もう一度、魔力を込めようとする。
けれど。
光は、現れない。
「…………え?」
カインは刀を構えたまま、動かなかった。
ミカもまた、自分の手を見つめている。
もう、魔法は出ない。
先ほどまで当たり前のように使えていた力が、尽きていた。
「……え?」
ミカが、もう一度呟く。
その声だけが、静かになった戦場に落ちた。
流石のミカもガス欠。




